第15話 勉強会

 やってきた週末。

 勉強会へと挑む準備は済ました。

 

 本当は僕も勉強会に行きたかった。けど、机と椅子を蹴った(蹴ってない)件から嫌われてしまっていて、やんわりと断られた。そんな僕のことを察してか、手貝が勉強会に飛び入り参加したらしい。助かる。


 そんなこんなで身近でサポートすることができなくなってしまった僕は、朝から美乃梨の家に来ている。


 今は、マークⅡを送り出そうとしているところだ。


「財布は持った?」「持った」

「筆記用具は持った?」「持った」

「ハンカチは――」「持った」


 ここまでやり取りをした後に、美乃梨が二階から玄関まで降りて来た。


「過保護な母親か!」


「いや、違う……ただちょっと心配でさ」


「その心配が過保護な母親っぽいって言ってんの!」


 どうやら子ども扱いされたと思ってご立腹……いや、恥ずかしいのかもしれない。

 

「……何回も確認したから大丈夫」


 美乃梨はそのまま、手に持っていたコントローラーを操作してマークⅡを家から出してしまった。


「壮馬、今日は何か困ったことがあればバンバン頼るから」


「任せてほしい」


 今日は美乃梨がマークⅡを操作する傍らで、彼女の言動をアドバイスするのが、今日の役目だった。


 美乃梨と一緒に階段を上がり、彼女の部屋へと入る。

 

 美乃梨は部屋にあったバカでかいコンピューターとVR機器、コントローラー、マイク、ヘッドセットを接続し、手にはモーションキャプチャーを嵌めている。

 モニターの画面にはマークⅡの見ている景色が表示されている。ほぼ現実、いや、現実よりもキレイな世界が見える。その画面の端々には環境情報や機体情報などが表示されていた。


「美乃梨。僕は勉強会が始まるまで、美乃梨の部屋の掃除をしているから、何かあったら言ってくれ」


 美乃梨はマイクをミュートするのが面倒なのか、頷くだけ頷いた。


 どうせ、学校の近くの駅につくまでは歩いて四十分程度はある。

 そこまで誰とも会わないだろうから、僕が手伝うべきことはない。


 黙々と掃除を進めていくと時間が余った。

 僕は後々の仕込みのために、美乃梨の部屋を出てリビングで作業をしていた。


 リビングに取り付けられた数十分ズレている時計を見ると、所定の時間になっていたので、美乃梨の部屋へと戻る。


「美乃梨そっちはもう待ち合わせ場所に着いた?」


 マイクをミュートにして美乃梨が声を出す。


「着いたわ。アタシが一番乗りみたい――あっ」


 僕との会話を切り上げて、美乃梨が誰かと話し始める。


『おはようございます。手貝さん』


『おはよう。水野さん、まだ俺たちだけ?』


『そうみたいです』


 第一発見者は手貝か。

 手貝の奴、何か余計なこと言わなきゃいいけど。


『水野さんって、普段、休日は何してる?』


『勉強……してます』


 勉強……というか何かの研究だろうが、素直に真実を語れば自身のキャラが崩れかねないからそう言ったのだろう。


 いかにも完全無欠の優等生っぽい答えにも、手貝は興味を失くそうとしなかった。


『俺も良く勉強するよ。中三の妹がいてさ、そいつに教えるために、中学の頃のノート見返したりしてる』


 妹がいるのは知ってたけど、そんなことをしていたとは。

 手貝とは友人だが、遊びに行くことは少なかったりする。向こうが用事あることが多いのだが、それは妹に勉強を教えるためだったのか。


『じゃあ今日は手貝さんも、勉強を教える側に立ってくれたりしますか?』


『俺に出来る問題だったらね、いくらでも協力するよ』


 そんな話をしていると、他の人達も続々と集合して来た。

 話に聞いていた通りの八人。

 手貝ともう三人の男子と、牧瀬らのグループが今日のメンツらしい。

 

『それじゃあ、行きましょう』


 牧瀬が先頭に立って皆を案内していく。


 美乃梨から聞いた話だと、学校の最寄り駅のファミレスにバイトをしている奴がいるらしく、そいつのお陰で席が確保されているという。


 男女入り混じるように席が分かれ、勉強会が始まっていく。


 一時間半ごとに、英数国をローテーションして勉強を回していくようだ。


 各々で問題集を解き、分からない奴は分かる奴に質問を飛ばす。

 勿論、この前の英語の小テストで頭の良いことが知れ渡っていた美乃梨には沢山の質問が集まっていた。


『ねえ、ここの問題が分かからないんだけど……』


『その問題はあの公式を使って……』 


『ここは……』


『この古文は……』


 など、教え方をマスターしており、とにかく相手に分かりやすい様に、基礎から説明していった。


 しかし、ここで美乃梨にとって答えずらい質問が襲い掛かる。


『この前やった数学の小テストなんだけど、未だによく分からなくて』


『あっ、それは』


 美乃梨は何を言うべきか迷っていた。

 その問題がマークⅡの視界に映った時に、美乃梨が言い淀んだ意味が分かった。


 その日は美乃梨が欠席した日に出された小テストだった。

 マークⅡの調整があったからと聞いていたけど。

 

 だから、美乃梨はその問題を見た覚えがなかったのだ。だけど、彼女の手にかかれば一瞬で解ける。それをやっていいのか悩んだのだ。


 僕は順当に答えを見してもらうことを提案しようとしたのだが、それよりも早く、隣の席から助け船が出された。


『屋形くん。その小テストの日、水野さんいなかったから、私が答えるよ』


『え、そうだったっけ? ごめんごめん』


 そして、牧瀬からの教えを受けて、屋形の疑問は解決した。

 勉強を続けるふりをして、美乃梨はマイクをミュートした。


「美乃梨、後で、牧瀬さんにお礼言っておけよ」


「分かってる。それにしても、牧瀬さんは結構、アタシが困っていると助けてくれるんだ。人を良く見てるというか、世話焼きというか」


「良い友達だな」


 素直に思ったことを口にしたのだが、美乃梨は少し不機嫌さを露わにした。

 そして、一言呟いたのだ。


「良い友達ね……」


 人間不信と、ずっと偽り続けている彼女自身の在り方。

 そういうものが積み重なって出た諦めの言葉だった。


◆ ◆ ◆


 勉強会は佳境を迎えていた。

 悪い意味で。


 やはりファミレスというざわざわした空間が悪いのか、雑談へと流れが変わりつつあった。

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