第14話 良い奴

「どうした?」


 顔に動揺が浮き出ている僕を見て、美乃梨が心配そうな声を上げた。

 

 やばいやばいやばい。

 どうしてわからないけど、手貝を見落としてしまっていた。


 そういえば、彼はトイレの方から歩いて来ていた。トイレにいたからだろう、辺りを見回しても気が付かなかったのだ。


 それにしてもなんで、うちの近所のファミレスに……。

 運勢が終わっている。


 彼の歩いている方向的にこちらに来るのは必然。


 美乃梨にも状況をとりあえず伝えないと。


「……やばい、クラスメイトがいる。しかもこっちに歩いて来てる」


「え!? どうする……?」


「ちょっと、考えがあるから従ってくれ」


 そして、僕は美乃梨に意見を言って、彼女もそれに同意した。

 時間がないから子細なんて詰められないけど、とにかくやるしかない。


 十分、手貝が接近してきたところで僕は作戦を発動させるアイコンタクトを美乃梨へと送った。彼女は了解と言いたげなウィンクをした。


「いやー頼むよ。水野さん、連絡先交換しようよ」


「い、嫌ですよ。というか、私はここで人を待っているだけなので」


 流石に僕のやり方が胡散臭すぎる。

 それに対して美乃梨は上手い。僕を傷つけないようにほんのりと断ろうとしているのが伝わって来る。迷惑そうだけど、体裁を気にしている感じが上手い。


「そう言わずにさ、水野さん、まだ学校に慣れてないでしょ? 僕なら色々と情報を知ってるしさ」


「他の友達がいるので大丈夫ですから……」


「じゃあさ、デートだけ、デートだけでいいから」


「い、嫌です。そもそもなんで机を蹴るような人と……」


 僕が完全に忘れかけていたことを出してきた。

 当人同士が通じている嘘だから、ほぼ頭に残ってなかった。


 だんだんと不快感が増して行く、こちらへの嫌悪感を徐々に示していくような言い方がとてもうまい美乃梨。


 なんか段々とチャラ男をナンパされる女性のやり取りが楽しくなってきた。

 この二人で人を騙そうとしている感覚が心地よかった。

 まるで小さい頃にしたいたずらのような。


 ちょっと賑やかな攻防を繰り返していると、ターゲットが近くにやって来た。


「よっ! 壮馬。こんなところで珍しいな。水野さん、ちょっと悪いけど、コイツと話があるから、連れて行っていい?」


 美乃梨はパッと表情を輝かせた。


「は、はい! お願いします」


 助け船が来てくれたことを表現するためか、ちょっと声が大きくなっていた。


 一方の僕は渋々と言った様子で立ち上がり、手貝について行く。

 彼も友人と来ているようだったが、彼らと別れて、僕を店外へと連れ出した。


「それで、何の用なんだよ。手貝、せっかく水野さんを落とせるかもしれないいいチャンスだったのに……」


「…………」

 

 黙って僕のことを見つめてくる手貝。まるで間違い探しをやっているような、何かと確認するように。


「……やっぱお前は壮馬だよなあ。俺の目は狂ってないと思うんだけど」


「そりゃそうだよ。だって僕は徳永壮馬その人だし」


 その答えを聞いても納得がいっていない様子の手貝。

 

「どうも、最近のお前は俺の知る壮馬っぽくないなってずっと思ってたんだよな。壮馬が日々、水野さんを追っているような気持ち悪い目で見つめれば、何か分かるかもと思ったけど、そうもいかなかった」


 流石に入学当初からつるんでいた手貝には、今の僕がおかしいように見えているらしい。確かにこんな問題児では無かったと自分でも思う。


「手貝が知らないだけで、元々こうなのかもしれないぞ」


「確かにな。でも、何の気なしに人に害するようなことをする奴では無かったはずなんだよなあ」


 その信用はどこから来るのか……。

 ただ、彼なりに僕を心配しているのかもしれない。


 そう思うとちょっと申し訳なくなってくる。


「そんなに今の僕は変か?」


「いや、変ではないと思うけど、変だ」


「どっちだよ」


「水野さんを見る目は純粋だからな、そこまで下心があるように思えない。だけど、行動が釣り合っていない」


 言われてみればそうかもしれない。

 これだから、美乃梨の秘密を守る上で、友人と言う存在は厄介なのだ。

 手貝以外にも友人はいるが、机を蹴った件以降、僕とどう接すればいいのか、分からなくなっている節がある。


 美乃梨と友人、どっちを取るかなんて話ではないけど。

 ちょっと心が痛い。


「行動か……」


「気になる相手? に嫌われるようなことをするほど、壮馬が馬鹿だとは思ってない。うちの学校はそれなりに偏差値高いしな」


「偏差値で人格は図れないだろ」


「それはそう……とでも言うと思ったか! 中学の頃を馬鹿も天才もごったまぜのサラダボウルを思い出してみろよ」


 壮馬は中学の頃の経験を思い出す。

 地域の中学校は手貝の言う通りに、いろんな奴のごったまぜのサラダボウルだ。

 

 で、比較的な傾向だが、馬鹿な方が荒れている奴らが多かった。

 その反対で優等生は基本、頭がいい方だった。


「……地味に説得力あるのを出して来るなよ」


「だろ~。ま、でも、兎に角俺が言いたいのは、壮馬は悪い奴ではないはず、ってことだ。もし意図があって、学校だったりここで、ああいうキャラをしてるなら言ってくれると助かるんだよな」


 全幅の信頼を寄せられている。

 手貝、基本的に良い奴だから、友だち多いんだよな。


 良い奴か、だったら――。


「仕方ない。手貝には事情を話してやるよ。ただし、他の人には厳禁で頼むぞ」


「おっしゃあ! 面白い話だと助かる~」


「まあまあ面白いと思うぞ」


 それから僕は手貝にある程度の事情を説明した。

 美乃梨が幼馴染だと言うこと。

 彼女が高校デビューだということ。

 それがバレないように裏から支えていること。


「へえ~。あんなに可愛い子が高校デビューだとはなあ。意外や意外だな」


「だから見た目が違ったってことを聞かされた時はびっくりしたよ」


「あ、それで同性同名なのに容姿が違ったのか! まあ、そりゃそうだよな。同性同名で同年齢の知り合いとか偶発的にそうそう起こらないって」


 あれ、でもコイツ、前は容姿が違うから別人だろと僕のことをからかってきた気がする。気のせいだろうか。


「なんか他に聞きたい事はある?」


「だいたいわかったからオッケー」


 声が全く違う話とかもあるけど、突っ込んでこないのか。

 分かっているのか、気づいていないのかは分からない。


「さっきも言った通りに誰にもばらすなよ。ばらしたら記憶消される」


「記憶消されるって何だよ……」


 本当に消されます。

 俺だけじゃなくて、多分手貝の記憶も消されます。


「ま、話してくれてありがとう。何かあれば、俺も協力するぜ?」


「その時は頼む」


 そして僕と手貝は別れた。

 

 秘密の一端を話してしまったことは悪いとは思ってる。

 けど、決してこれが美乃梨のためにならないなんて思ってはいない。


 彼女にとって心が許せる人間を増やすことの第一歩になれば、後々、このことがバレて記憶が消されたって構いやしないのだ。

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