第13話 偽名と偽体

「こんな感じで良い?」


「良いと思う。完全無欠の優等生っぽいよ」


 美乃梨は天才なのでバンバンと知識を吸収する。

 一回の説明と、一度の実戦があれば彼女にできないことはほぼない。

 

「それで、その勉強会は、いつどこでやるの?」


「アプリに回ってきた情報によると、週末。学校の最寄り駅の近くにファミレスの近くでやるみたい。くっ」


「くっ?」


 何に悔しがっているのだろうか。

 それとも、ただの聞き間違いかもしれない。


「アタシ、ファミレス行ったことない。だからちょっと勝手が分からないから、困ったりする……?」


「いや、別に不安がらなくて良いと思うけどな」


 美乃梨がファミレスに行ったことがないのは意外では無かった。

 彼女のお母さんは料理上手で下手な飲食店より美味しいものを作れる。在りし日の水野家にお邪魔したときに食べさせてもらったが、滅茶苦茶美味しかった。


 あれ、となると今の美乃梨は何を食べてるんだろう?


「それでも、万全を期すために視察に行った方が良い気がする」


 十分、その場の流れに任していればどうにでもなると思うんだけどな。

 だけど、今の美乃梨のご飯事情を探ることができるかも。


「じゃあ、一緒に行くか?」


「それ、どっちの意味?」


 美乃梨の言っていることが分からなかったが、ちょっと嫌そうな顔をしていたから気が付いた。

 引きこもっている人間に軽く外に出ようと誘ってしまった。彼女は人間が嫌いだからこそ、こうやって生きているのは知っていたのに。


 でも、敢えて退かないで前に出てみることにした。


「美乃梨と一緒でも、マークⅡが一緒でも、どっちでも良いよ。それは美乃梨が決めてくれ」


「嫌な聞き方……」


 美乃梨はリビングから出て行ってしまった。

 数十分待つと、部屋に戻って来た。


 ただし、本当の彼女ではなく、マークⅡが。


「おまたせ。マークⅡは服を着せるのが面倒なの」


 ただのエゴでしかないけど。

 カメラから見る景色、センサーから数値化される指標。それよりも自分の体で感じ取った方が良い物はいっぱいある。


 だから、いつか、彼女がお日様の元に出て来てくれると嬉しい。

 そんな気持ちを押し込んだ。


「じゃあ、行くか」


◆ ◆ ◆ 


 やって来たのは近所にあるファミレス。

 

「……ここがファミレス。随分と賑やかだ」


 夕方ごろだからか。人が並んでいた。

 がやがやとした空間。店員さんは忙しく行ったり来たりしている。


「基本は喋る場所だからね」


「喋る場所で勉強を!? つくづく凡人が何を考えているのか分からない……」


 確かに美乃梨の意見は一理ある。

 ファミレスに一人でも多人数でも勉強しに来たら、周りの雰囲気に呑まれて、いつの間にか勉強に手がつかなくなることはあるあるだからだ。


「それで、そこに貼ってある紙を見ると、あそこに名前を書くらしいけど……せっかくだからアタシが書いてくる」


 マークⅡが記名用紙に歩いて行った。

 流石にもうペンを折ったりはしないだろうと思っていたが、動きが止まっていた。


「どうした?」


「壮馬。これを見なさいよ」


――――――

 ・

 ・

 中村

 金子

 フリーザ

 成田

 孫悟空

 ・

 ・

――――――


 順番待ちの記入票にドラ〇ンボールのキャラが普通の名前に紛れて鎮座している。

 中高生がやりがちなアレだ。


 どう考えても偶然で同一作品のキャラが並んでいるのは、少し、いや割と面白くはあるが、その手のギャグを無視しそうな美乃梨がどうしてこれに触れるのか。


「……フリーザと孫悟空って偽名でしょ」


「寧ろ偽名じゃなければなんなの……?」


「これを見て考えた。一般人は何かしらの理由で偽名を使う、一方のアタシは名前は偽らずに別の身体を使う……今更、自分が異質過ぎることに気づいて、何を書こうか迷っていた」


 美乃梨にしか抱けない悩みだった。

 義体の名前『マークⅡ』を書くと、本当の自分とは乖離する。逆に『水野』と書けば義体とは違う名前だから偽名を使っているわけになる。


 たぶん、そういうことなのだろう。


「そんな深く考えなくて。『水野』でいいよ。ロボットを使っていても美乃梨は美乃梨であることに変わりはないんだし」


「壮馬にとっての回答はそうなるのか……」


 少し時間経って席へと案内される。

 座る際に辺りを一応見渡す。


「……なんできょろきょろしてるの?」


「うちの学校の人間がいたら嫌だからだよ。クラスでは僕と美乃梨は、そんなに仲良くしてないし、ただでさえ机と椅子破壊で微妙な関係になってるはずなんだから」


「言われてみればその通りね。あんまりこのボディを駆使していると、周囲の目には頓着が無くなってしまうから。少し気をつける」


「是非ともそうして欲しい」


 美乃梨はそれからメニュー表を開いて料理を見ていた。

 実際に食べられるわけではないだろうが、何があるのかを一応確認しているのだろうか。


「そう言えばこのマークⅡって普通に昼飯とか食べてるよな。どうなってんの?」


 最近の美乃梨は学校で牧瀬らと昼食を食べている。

 その際もパンなどを食べていて、食品を避けている気配は無かった。


「まず、口に入れれば、取り付けた味覚を感知する極小のセンサーが味を数値化する。その後は、腹の中で水分と食品を分離して、後々、それを排出している。これ、食品の方はトイレに流せないから少し面倒なのが欠点だけど」


「排出の方は詳しく聞かないけど……マークⅡが食べ物を取れば味は分かるってことでいいの?」


「厳密に言えば分からないから、この数値ならこういう味だろうから、感想はこうなるみたいなAIを一応搭載している。味を聞かれても一応困らないように」


「おお、すげえ!」


 特に美乃梨は自慢するでもなく、ただ淡々と機能を説明しているようだった。

 ただ、僕には気になることがあった。


「家にいる美乃梨は何を食べてるの?」


「面倒だから、カップ麺とか冷凍食品ばっか」


 良くねえ~、健全な十代が取るような食品ではない。

 美乃梨のことだから、糖分さえ取れれば何でもいいと思っていそうだ。


「こういうファミレスのメニューとか見て、食べたいとかは思わない?」


 美乃梨が明らかに、マイクの向こうから唾を飲む音が聞こえた。


「正直、食べたい……けど、母親の料理には敵わないだろうなと考えてしまう」


 食へのこだわり故の、食への興味のなさ。

 もう二度と良い物を食べれないから、腹さえ膨らませれば良いと思っている。


「だったら、さ、今度、僕が――」


 視界に入り込んで来た人影に思わず、声が出なくなってしまった。


「……どうした?」


「いや、何でも」


 どうして、手貝がここにいるんだ!?

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