第35話 憧れの幼馴染

 校長先生は美乃梨の顔を見て、血相を変えた。


「あ、あなたが水野美乃梨さん!? た、大変優秀な生徒だと、担任の中瀬先生から聞いていますよ」


 妙に畏まっているし、なぜか美乃梨のことを持ち上げる。

 さっきまでは明らかに不機嫌そうだったのに、美乃梨の顔を見た途端に対応を変えてきた。一体何なんだ。


「あっ、どうぞどうぞ、こちらに座ってください」


 そしてまさか校長自ら立ち上がり、美乃梨をソファの方へと導いた。美乃梨も導かれるがままに座る。


「そちらの君もささっ、どうぞ」


 僕も座っていいのか迷っていたが、校長の指示通りにソファに座ることにした。


「それで、水野さんは何用でこちらに……」


「謝罪したいことと、お頼みしたいことが」


 美乃梨の方を見ると顔を伏せて申し訳なさそうにしていた。だけど、彼女が本当に校長に謝りたいことがあるかは謎だ。寧ろ毛嫌いしていてもおかしくない。


「わが校の大事な生徒である水野さんから謝罪なんて……」


 やはり校長は下手に出る。

 何十歳も下の少女にへこへこしている姿は正直変だ。


「もしかしたらご存知かもしれませんが、私はマークⅡというロボットを使って替え玉登校をしておりました。これを咎められる校則は存在しませんが、責任を取って、学校を中退したいと思っております」


「中退だなんて! 水野さんはこれからのわが校を支えていく大切な生徒です。だから、辞めるなんて言わないでください!」


 昔、替え玉登校で退学処分になったというニュースを見たことがある。でも、わざわざそれを校長先生に謝罪しに行くほど、美乃梨は殊勝な人ではない。


 それにしても、校長は美乃梨に止めてもらったら困るのだろうか。あそこまで必死の形相をしている大人を見る機会はあまりない。


「辞めてほしくないと……校長先生がそう仰るなら」


「是非是非、三年間わが校で学んで行ってください」


 美乃梨がそれから安心したような表情を見せた後に、冷たい顔つきに変わった。


「さて、次はお願い事ですが……こちらの生徒、徳永壮馬くんの停学処分、取り消していただけませんか?」


 美乃梨がいきなりぶっこんで来たことにびっくりした。

 それにしても、【事を起こす】ってこれのことか……?


「ん? 徳永壮馬? ああ、あれか。地域奉仕で暴力沙汰を起こしたっていう」


「そうです。彼の停学処分を取り消してください」


「君たちが仲良さそうだという報告は無かったんだけど、そういう関係だったか。だけど、暴力沙汰を起こした生徒を何の処罰も無しというのもね。こちらの体裁に関わるんだよ。だから、その頼み事は受けられないね。申し訳ない」


 校長先生なりに丁寧に僕を停学処分にした理由を語ったのだろう。

 だけど、それを美乃梨は鼻で笑った。


「体裁! 良い言葉ですね。言い忘れてましたけど、徳永壮馬の停学処分を取りやめないなら、私は学校を辞めさせていただきます」


「……いやいや、それは困るよ」


「困る? そうでしょうね。だって、今世間で話題の天才少女が、突然通っていた学校を退学する。そうすれば、様々なメディアがこの学校に悪い意味で注目するでしょうからね?」


 凄い悪そうで楽しそうな顔をしている美乃梨。

 その隣にいる僕は彼女がどうして記者会見を開いたのか、何となく分かり始めた。


「でも、君にこの学校を辞める正当な理由なんて……ッ」


「そこまで言って気がつきました? 私が辞められる正当な理由は先ほどお話した通りあるんですよ。ま、メディアにはいくらでもこの学校の悪いことをお伝えしますけどね~」


 校長は何も言えなくなって黙ってしまった。

 

「さあ、校長先生。選んでください。社会からの体裁を取るか? 地域の祭り関係者との体裁を保つか? あなたの選べる保身は二つに一つです。よく考えてください」


 美乃梨は僕の手を取って、ソファから立ち上がった。

 そして、ドアを半分開けて、校長に向けて言った。


「こ・れ・か・ら・も、この学校に通えることを期待してますよ。校長先生?」


 校長室から出た美乃梨は明らかにテンションが上がっていた。

 でも、その反動か、へたり込んでしまった。


「よし! よし! 言ってやったぞ」


「大丈夫? 僕のために動いてくれるのは嬉しいけど……」


「ま、まだ、終わってない。まだあと一人、文句を言わなきゃいけない奴がいる。壮馬、アタシに肩を貸して」


「言われなくとも」


 彼女を引っ張り上げて、そのままおぶった。


「こ、こんなの他の生徒に見られたら恥ずかしい……」


「疲れてるんだろ? せめてこのくらいはさせてくれよ」


「……分かった。じゃあ次の行先は――」


 僕は美乃梨をおぶりながら、移動した。


◆ ◆ ◆


 そして、美乃梨に連れられてやって来たのは。

 

「酒屋……?」


 僕たち未成年には関係がない、というか関係を持ったら困る場所。

 なのだが、美乃梨は特に気にせず僕の背中から降りて、入って行った。

 僕も慌ててついて行く。


「どうしたんだい、高校生が……ってあの時の暴力少年!」


 そこで僕たちを出迎えたのは、永田だった。

 ここに来たのは彼に会うためなのだろう。


「暴力少年? 元は言えば、あなたが盗撮なんて真似をするからでは?」


「……と、盗撮? 何を言ってるの? ボクはそんなことしないけど」


 美乃梨がまた臨戦態勢に入った。

 一方の永田は白を切るつもりらしい。


「ていうか、あなた。アタシのことを見て何とも思わないんだ」


「……? 君は、昨日テレビに出てたような?」


「正解! あなたがセクハラしたロボット、マークⅡの制作者の水野美乃梨」


 美乃梨がセクハラという言葉を言った途端に永田の顔が青ざめた。

 どうやら、こちらに関しては明確な加害意識があるようだけど……。


「どう? 昨日テレビを見て、焦ったんじゃない? セクハラした少女がテレビに出てるって?」


「だから、ボクはセクハラなんて……」


「こっちのマークⅡには触られた、卑猥な言葉を言われたっていう記録が残ってる」


 永田はがたがたと怯えだした。

 そんなになるくらいなら、犯罪何て最初からしなければいいのに。


「だが、ロボットにセクハラしたって現状では犯罪には成り得ない。だけど、その音声を公開すれば、お前は終わる。つまり、手綱はこっちが握ってるんだよ」


 そのまま、美乃梨は永田を殴る素振を見せた。永田の顔の一寸前で拳は止まった。

 そもそも、余りにも力が入っていないので迫力が出ていない。


 だが、永田はすっころんでしまった。

 

「二度と被害者面して、学校に苦情入れるな! そんなことしたら、どうなるのか、分かってるよな? とりあえずまずは、謝れよ」


「ひいいい、分かりました! 盗撮、セクハラもすいませんでした!」


 それだけ聞いた美乃梨は満足そうに頷いて酒屋を出た。僕も後を追う。

 外は秋晴れが僕らを照らしていた。


「よし! これで盗撮の自白も取れた。証拠足り得るかは分からないが、警察に相談してみよ」


 実は録音をしていたらしいスマホを確認していた。

 

 何にせよ、僕を取り巻く問題が一日にして解決してしまった。

 思わず、僕の口から言葉が漏れる。


「美乃梨。ありがとう。僕のために。でもどうしてこんなやり方を?」


 美乃梨は僕の為にわざわざマークⅡを世間に公表して、こうやって動き回り、言葉で相手をねじ伏せた。外の世界が、人間が怖いにも関わらず。それが気になった。


「壮馬が言った。【自分を変えれば、世界が変わって見える】って。それを試してみようと思った。アタシは引きこもりを止めて外に出た。その結果として、校長や永田を打ち負かすことができた。壮馬のお陰」


 そう言って美乃梨はニコッと笑ってみせた。

 この一仕事を終えて満足そうな顔を見て、気づく。


 数年で美乃梨は綺麗で可愛くなったのは事実だ。

 だけど、幼い頃に僕が憧れた彼女のカッコよさが帰ってきたのだ。


 再開してから一番の魅力を幼馴染の元カノは放っていた。


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