第34話 事を起こす朝


 美乃梨が学校の制服を着ている。

 マークⅡがではなく水野美乃梨本人が制服を着ているのだ。


 マークⅡの方が身長が低いからか、ちょっと制服がキツイ感じは否めない。だが、その分、美乃梨の身体の輪郭が見えてくる。そして、スカートも普段より短く感じるからか、足が良く見える。


「……なんか目線がキモいな」


「キモくない! やっぱりマークⅡなんかよりも可愛いって僕の目に狂いはなかった。小学生の頃よりも可愛く、綺麗になった美乃梨が良すぎるから仕方ないって」


 寝起きだったせいか、今思っていたことをぶちまけてしまった。


「そ、そうかな。ちょっと頑張ったから、褒めてくれたなら嬉しい」


 髪を触って、そわそわしている美乃梨。どうやら、喜んでいるようだ。

 しかし僕は目が覚めてきて、自分が言ったことを再認識した。冷静に考えて、キモかったと思う。


「こんな朝早くから何しに来たの?」


「だから学校に行くんだって」


 折角、本物の美乃梨が制服を着てきて、僕と一緒に登校をしてくれようとしている。それは非常に喜ばしいことに間違いないが、申し訳ないことに。


「いや、まだ停学期間なんだけど……」

 

「それを覆す術を見つけた。だから、壮馬にもついてきて欲しい。ていうか拒否させない」


 突然窓が開く音が聞こえた。

 そちらを向くと、僕の部屋の窓からマークⅡが顔を覗かせていた。


 美乃梨は今、コントローラーを握っていない。ということは。


「これ誰が操作してるの?」


「香蓮に頼んでみた。ちょっとマークⅡの操作には癖があるから、もしかしたら壮馬の家の壁傷つけちゃったかもしれないけど」


 マークⅡの隣から窓の下を覗き込むと地上には牧瀬もいた。

 こちらに手を振っている。


 元から逃げようだなんて思っていないが、マークⅡが出てきた以上、僕が学校に行かないという選択肢は無くなった。


「というわけで、早く着替えなさい」


「なんで美乃梨の前で着替えないといけないの……?」


 でも着替えないと自室のドアから通してくれそうにもなかったので、クローゼットを開いて制服を取り出す。


 そして寝間着を脱ぎだしたところ、美乃梨がハッと息を呑む音が聞こえた。

 チラチラとこちらを見たり、視線を離したりしている。


「考えていたよりも刺激が強い……、壮馬の恥ずかしいところなんて、昔にいくらでも見たはずなのに」


「……ムッツリ美乃梨さん?」


「ムッツリじゃない!」


 それだけ言い残して、美乃梨は部屋から出て行った。

 ちょっとだけ頬を赤らめていたのを僕は見逃さなかった。

 

 着替えを終えてリビングに出ると、母さんの置手紙が置いてあった。

 それと、いつもより手の込んだ朝食たち。


――――

 今日の朝ごはんは美乃梨ちゃんが作るらしいです! じゃ!

――――

 

「これ美乃梨が作ったの?」


「そうよ。前に作ってくれた時のお返し」


 ご飯とみそ汁は多分、昨日のうちの晩御飯の余りだ。

 だが、主菜と言わんばかりに置かれた、綺麗な色をした完璧な形の卵焼き。美乃梨が作ったのはこれなのだろう。


「いただきます」


 一口、彼女が作った卵焼きを食べる。

 ちょうどよい火入れが生み出すふわふわの触感、朝食に相応しい控えめな味付け。


「おいしい……!」


「でしょ! 壮馬が前に作ってくれたものを参考に作り直した」


 ということは、あれだけ練習して作った僕の卵焼きの完全上位互換。

 内心ショックだ。


「おいしさにひれ伏すのは良いけど、とっとと学校行くよ」


 折角の美乃梨が作ってくれた朝食をかき込んで家を出た。


◆ ◆ ◆

 

「じゃあね。美乃梨ちゃん、ここから徳永くんについて行ってもらって」


「う、うん。また」


 学校の裏口で牧瀬とは別れた。

 彼女はマークⅡをどこかに置いてくるらしく、ここで一旦、お別れとのことだ。


 学校の正門に来ると、沢山の生徒が美乃梨に釘付けになっていた。

 

 それを彼女も分かっているのだろう。

 呼吸が乱れている。


 僕は美乃梨の手を取った。

 そうすると、彼女も握り返してくれた。

 好奇の視線を潜り抜けながら、玄関へと辿り着く。


 やはり美乃梨はまだ外の世界が怖いのだ。

 それなのに、僕のためにこうやって動いてくれる。

 嬉しいけど、情けない気分だ。だからせめても、彼女を励ますことができるように手を強く握る。


 そのまま教室へと行こうと思ったが、美乃梨に引っ張られた。


「そっちじゃない、こっち」

 

 そうやって彼女に手を引かれるまま、誘導されていく。連れて来られた部屋のネームプレートには校長室と書いてあった。


 美乃梨はその前で深呼吸を何回かした。

 さっきまでと彼女の雰囲気が変わる。

 眼つきが鋭くなって、表情も硬くなっている。


「行くよ。壮馬。ちゃんと見といてね」


「ああ、うん。ってどこに?」


 そう言われたときには手を引っ張られて校長室の中に入っていた。

 

 音楽室のように沢山のデカい写真が並んだ室内の中には、新聞を読んでいるおじさんが一人いた。その表情は驚きで満ちていた。


「ノックもしないで、何だね君たちは……ッ!」


「初めまして校長先生。一応この学校の生徒ということになっております。水野美乃梨です。今後ともよろしくお願いします」


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