第26話 線香花火
「スマホ落としたら……証拠は?」
「……無くなった?」
「え、何やってんの、どこで落としたとかは?」
「……分からない」
街灯がチカチカと点滅していた。
微妙な空気が僕と牧瀬の間に佇む。
事件はあったが、掴んだ証拠を学校と警察に提出して終わりにできるはずだった。
そのはずなのに、何にもならないまま、僕が永田を殴って逃げてきただけ。
「え? 何このどんよりした空気。まあ、ミスは誰でもあるから。ドンマイ!」
手貝が少しでも場を明るくしようとしてくれる。
だけど、内心は苦しかった。美乃梨を悪意に晒しておきながら、証拠を失くしたのはやってはいけないミスだった。
「ミスくらい私でもしますよ。だからそんなに落ち込まないでください」
この件で一番頑張っていた美乃梨からの優しい励ましの言葉。
彼女が僕のことを気遣ってくれて嬉しい気持ちはある。だけど、それよりも申し訳なさだったり、情けなさが止まらなかった。
「そ、そこまで落ち込む? もしかして私、責め過ぎた……? ごめんなさい」
まさかの牧瀬が僕に謝罪。
彼女が悪気を感じているのが言葉の端端から伝わって来る。
悪いのは僕なのに……。
そんな時、マークⅡがスマホを僕に見せてきた。
『壮馬。贖罪のチャンスを上げる。マークⅡを操作しているアタシ、手貝くん、牧瀬さんを楽しませなさい』
本物の美乃梨から提案。
そうだ、僕にはここまで皆を連れて来てしまった責任がある。
だったらせめて楽しく解散させる方が良いのでは?
「…………花火しよう」
「唐突だなあ」
「え、今から花火? なんで?」
「良いと思いますよ、花火。是非やりましょう!」
手貝と牧瀬が戸惑う中で、一人だけ大賛成を示したのが美乃梨だった。
今の彼女は嘘をつける。
多分、花火には何とも思っていない。けど、僕が出した【楽しませる】ための提案を通してくれようとしている。
紛れもない、水野美乃梨の優しさだった。
「水野さんもやるなら、私もやるよ」
牧瀬も乗り気になってくれた。
手貝はそもそも戸惑っていただけのようで、すでに前向きだった。
「でも、花火どこでやるよ?」
提案しただけの自分には案が無かった。公園と言っても、花火をやっていいところと悪いところがあるだろうし。
「では、わたしの家の庭はどうでしょうか? 親は帰って来ませんし、面倒ごとにもなりませんよ」
まさかの美乃梨が自宅へと皆を誘った。
自身の正体がバレるリスクまで犯すなんて。僕の為か、それとも二人にならバレてもどうにかなると判断したのか。
どちらにせよ、美乃梨を強固に固めていた人間不信が剥がれようとしている。
「でも、こんな時間から迷惑じゃないの?」
「庭をお貸しするだけなので、大丈夫ですよ」
「水野さんがそういうなら、ありがたく……でも、今度お礼するね」
「俺もお邪魔していいのか?」
「勿論ですよ……徳永さんもそれでよろしいでしょうか?」
唯一何も答えなかった僕に美乃梨が確認を取ってくる。
ちょっとホッとしていたからか、牧瀬から怪訝な目を向けられている。
「本当にいいの?」
「はい。大丈夫ですよ」
ニコニコとした笑顔で言ってくれる。作り笑顔かもしれないが、信頼する以外に、他無かった。
「ほんとうにありがとう。助かるよ」
画面の向こうの君に、このありがとうが通じていることを願った。
◆ ◆ ◆
美乃梨の家に着く前にスーパーに寄って花火とマッチを買って、ついでに飲み物や菓子類、総菜などを買った。
「わあ、ここが水野さんの家かあ。広い庭だね」
「お邪魔しまーす」
広い庭だと言われるのは嬉しい。
実際今の水野家の庭は広々としている。最初に来たときの草ぼうぼうの雑然とした庭ではない。何もないから、綺麗には見えるはずだ。
毎度、美乃梨の家に来たときには必ずと言っていいほど雑草取りをしていた。その成果が思わぬ形で出た。
美乃梨が持って来た折り畳み式の机の上に買って来た食べ物と飲み物を並べる。
フライドポテトだったり、からあげだったり、コロッケ、菓子類に、暑いからとアイスなども並んでいる。
僕は皆の前に並んだコップに冷たいサイダーを注いだ。
ちょっとお詫びの気持ちを込めてやった。しかし、それから誰も総菜を食べようとしなかった。
「徳永。あんたのせいでこうやって集まってるんだから、何か言いなさいよ」
「そうだぞ。折角だから、一言!」
美乃梨もコクコクと頷いていた。
皆、反発の面から言っているのか、冗談で言っているのか分からない。どっちもありそうだからこわい。
「ご迷惑おかけしました! 乾杯!」
「締まらねえけど、楽しもうぜ!」
「どうせもうこうなったら、ヤケよ! 乾杯」
「もうみんな、怒ってないですよ」
各々が手に取った飲料を飲みだした。
飲んだことのある味なのは間違いないけど、この前だったら一緒になるようなこともないメンツで集まっているのが、不思議だった。
「そうだな、ヤケヤケ、今は楽しもう」
みんなで話しながら、買ってきたものを食べたり飲んだりした。
そして、お楽しみの花火なのだが……。
「あれ、線香花火しかないの?」
「これしか置いてなかったんだ」
手元にあるのは一袋の線香花火のみ。
【花火をする】と言い切った本人として、三人とは別行動で走って周辺のコンビニを手当たり次第に探してきたが、それしかなかった。もう九月も末、置いていなくても当然だった。
僕は人数分しかない線香花火を皆に手渡して、マッチで火を点けようとした。
「待って。せっかくだから競争しましょうよ」
「おっ、いいねえ。じゃあ、負けたやつは今日使った金のおごりで」
不敵な笑みで牧瀬と手貝が盛り上がっている。競争したがる気持ちは理解できるけど、どうしてそんなに自信ありげなのか。
「そ、それはいいですね。賛成です」
その場の雰囲気を読んだのか美乃梨も便乗してきた。果たして二年間、引きこもっていた彼女が上手くできるのか。
「じゃあ、やろうか!」
僕の火種に皆の花火が集まって、丸い火を並べる。
静かな集中が場を包む。
だんだんとパチパチと火花が出始めていく、ほぼ同タイミングで。いい勝負が続きそうだったが。
「あ、落ちました……」
美乃梨の線香花火が最初に落ちた。
「じゃあ、水野さんがおごり確定ね! あっ」
それに気を釣られた牧瀬のも落ちた。
火種を落としてしまった二人はパチパチと弾ける、男性陣の花火を見つめていた。
「壮馬のを落としてやる!」
手貝が身を乗り出してきたが、そのせいで火種が落ちてしまった。このときの、虚しい表情は見ものだった。
「はい、僕の勝ち!」
で、勝ち誇ったら僕のも落ちた。
「…………皆さん、互いに煽り合っているから落ちましたね」
その美乃梨の何の捻りもない事実だけが場に響いた。
それを聞いてみんな笑った。
花火終了後お開きになった。
手貝や牧瀬は怒られることが確定しているので帰るのが嫌そうだった。
「そうだ、手貝。牧瀬のことを送って行ってくれよ。ほら、さっきまで熱中症ぎみだったからさ」
「……あ~、なるほど、そういうことか。分かった」
どうして一瞬で分かったのか。
手貝と牧瀬は、先に帰って行った。牧瀬は片付けを手伝うと言っていたが、手貝が説得した。
「徳永! ちゃんと水野さんのこと手伝うのよ」
ああは言っているが、別に牧瀬は僕のことを睨んではいなかった。
それだけ言って、大人しく牧瀬は帰って行った。
「……もうみんな帰ったみたいだがら、出て来てよ。美乃梨」
玄関が開いて、僕だけが知る本当の水野美乃梨が家から出てきた。
「実はさ、線香花火、皆には隠していたけど、もう一セットあるんだよ。よかったら、一緒にやらない?」
「……やる」
皆がいなくなった後の庭で、二人だけで線香花火を楽しむことに。
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