第27話 二人の線香花火
マッチから火を貰って線香花火を着火する。
隣に来た美乃梨は、更に、僕の持つ花火から火を受け取った。
純粋に手貝や牧瀬が帰ったからか、もう夜も遅い時間だからか、お互いに声を出さずにパチパチと火花を散らす線香花火を見つめていた。
謝るべきだと思った。
僕のエゴで美乃梨に危険な真似をさせたこと、させてしまったくせにその成果を失くしてしまったこと。
でも、それ以外のことを考えている自分がいる。そんな風に思ってしまっているのに、心からの謝罪ができない時点で謝る意味はあるのか。
互いの一本目が落ちると、辺りが月光だけの優しい闇に包まれる。
次どうすると、聞くためだったが、美乃梨と目が合った。
口を開いたのは彼女が先だった。
「……今日、楽しかった」
どこか愛おしそうな顔をしていた。今日の賑やかな、この庭での出来事でも脳裏に浮かべているのだろうか。
「そっか。でも、ごめん、僕のせいでこんなことになって」
「謝らないで。アタシだって、牧瀬さんに叱られてちょっと悪いなって思ったから。お互いに及ばないところがあった。それでいい」
まさかの美乃梨が赤の他人である牧瀬の言うことを認めた。
永田に尻尾を出させるためのやり方で下手をした彼女、その後で下手をした僕。互いに謝ってもしょうがない。
「わかった」
美乃梨が新しい線香花火を袋から取り出した。そして、僕に着火点を向けた。応えるように新しい火を起こして、点火。膨らみ始める線香花火。
「今日は新鮮な気分だった。まさかアタシがリスクを冒して、壮馬以外の人間を自宅……の庭に招くなんて」
自嘲気味に言う美乃梨。
線香花火はパチパチと鳴り出していた。
「僕への助け舟だよね……?」
「そう。そうだけど、それだけじゃない。アタシは赤の他人……いや、彼女らはアタシの中ではもう只の他人では無いのか。牧瀬さんや、手貝くんのためなら、悪くないと思ってしまった……」
美乃梨は、それから小さく、フフと笑っていた。
笑っているけど、楽しそうなわけではない。
「人間となんてマークⅡというロボットを通して、適当に付き合えば良いと思っていた。けど、ここに来て、それをもったいなく感じてしまった」
「だったら…………」
「だったら、何? 今更正体を明かして登校でもしろと? マークⅡとしてのアタシが好かれているのは、演技をしているから。こんな引きこもりで人間不信の出来損ないを見せたところで誰もついてこない」
火種が落ち、暗さがまた僕たちを包み込む。
美乃梨は僕の言いたいことを勘違いしていた。
僕だって、今の美乃梨の地位があるのは演技があってこそなのは分かっている。生身を晒して、本心を晒して生きていけなんて、今の彼女には言えない。
「違う。そうじゃないよ。マークⅡを操縦したままでも僕は良いと思っている。それを知り合い全員にバラせなんて言わない。ただ、信頼できる人だけには、君の正体を明かしても良いと思うんだ」
「信頼できる人だけ……」
「人間なんて、良い奴悪い奴がいる。だから、美乃梨自身がそれを見極めて、言いたい人だけに言えば良いんだ」
「でも、そんなこと言ったってお母さんお父さんみたいに、信じていたけど、醜い奴だったら……」
俯く彼女の言葉には悲痛さが込められていた。
もしかしたら、彼女の人間不信の根幹の一つかもしれない。
でも、それでも僕は無責任で希望的なことを言うしかないのだ。
「まだ高校生活は始まったばっかりだろ。時間はあるから、ゆっくり行こうぜ」
「誤魔化すな! それでも、騙されたら……」
顔をくしゃくしゃにした美乃梨の頬を涙が伝っていった。
僕はそんな風に泣く彼女の手を取る。
「その時は僕が何とかする。絶対に、約束する」
「…………」
美乃梨は無言で僕のTシャツの裾で涙を拭いた。
「…………壮馬のことは信じるよ。もう一本、花火やろ」
最後の一本の線香花火は一番長く火花を散らしていた。
◆ ◆ ◆
祭りのあった週開け。僕は中瀬先生に呼び出されていた。
職員室ではなく、空き教室だ。
どうやらがっちりと叱られるらしい。
「徳永くん、やっぱり大丈夫? 脅されたりしてない?」
真面目に心配そうだった。そしてこの前よりも深刻さが増していた。
「それ何回聞くんですか?」
「いやだって、流石に殴るのは……」
「僕もそう思います」
冷静にそう言ったら、ため息を出された。
僕も先生の立場ならそういう反応をすると思う。
「……一番聞きたい事はなんで殴った理由についてよ。ここが分からないと先生は叱ったらいいのか、庇ったらいいのか分からないわ。でも、何にしろ、手を出すのはNGだけどね」
中瀬先生が優しすぎる。
普通、生徒が大人を殴ったら、生徒側に問題があると思うのが普通だろうに。
「理由、他の奴から聞いていないんですか?」
「聞いたわ。その上であなたにも聞きます」
真っ直ぐと僕のことを見つめる中瀬先生。
他の奴からも話を聞いてるからということもあるが、こちらを疑っていないように感じた。
「他の奴が話した通りです。水野さんと牧瀬さんが盗撮被害に遭い、更に水野さんがセクハラを受けていたため、思わずカッとなってやってしまいました」
「……やっぱり話だけ聞いていると、君たちに味方したくなるわね。盗撮にセクハラなんて、ただの犯罪者よ。殴られても仕方ない、と思うわ」
「ですよね! 分かってくれて良かった~」
「でも、正直もっと早く相談してくれればこんな事態にもならなかったとも思うのよね~」
ちょっと意地悪な言い方をする。僕がそういう言い方をした意趣返しだろう。
「水野さんが言うには証拠のカメラもあるらしいし、どうして相談してくれなかったのかしらね~」
美乃梨が大して被害意識を持ってなかったというのもある。まだ、当初は誰がやったのか分からないため、カメラだけでは犯人特定が難しいと思ったからだ。
「それは……すいませんでした」
「まあ、いいわ。高校生だもの。警察に行くのは大事だと思ってしまうわよね」
中瀬先生はそれからいくつか僕に質問をして、お叱りは終了した。
空き教室を出る前に先生は僕に言った。
「先生としては君たちに味方するから。多分、学校からは何のお沙汰もないよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
これで後は警察の捜査結果を待つだけ。
そう思っていけれど、僕は停学を一か月受けることになった。
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