第25話 自分大事に
「ちょ、壮馬! 何やってんの!」
「あ、ごめん! 思わずムカついてやってしまった」
殴られた永田はぶっ倒れたが、すぐに起き上がって来た。
ノーガードでいきなり殴られたにしては、タフだと思った。怒ってはいたが、大怪我させるわけにもいかないと無意識に手加減をしてしまったのだろう。
「いきなり何しやがんだ!!」
鼻血を拭いながらも、僕に怒声を飛ばす永田。
余りの怒りに頬がぴくぴく動いていて、額に太い青筋が浮き出ていた。
「こっちが本性か……」
「壮馬。アタシでもいきなり殴られたら、怖がるか、怒るかの二択だ」
永田が大きい声を出したからか、辺りの人が集まって来た。
火原祭りの他の運営の人は、永田にティッシュを貸していた。そして、僕に向かって詰め寄って来た。
「ねえ、なんでいきなり殴ったの? うちの永田が何かした?」
何かしたかと言われれば全く持ってその通りだった。
素直に言うか悩んだ。ここで言ってしまえば、話し合いで蹴りがついてしまうかもしれないからだ。確実に牢にぶち込むために撮った写真が意味を為さなくなる。
僕は結局話さないことを決めた。
「美乃梨……ここから逃げよう!」
僕は彼女の手を引いて雑踏を駆けだした。
その様子をただ運営の人が見守ってくれるわけもないだろう。
後ろ走りをしていた美乃梨が言った。
「当たり前だけど追いかけてくる。どうすんの、これ?」
「取り敢えず今は逃げよう! とは言っても……」
だけど、僕は祭りの出口に向かっていたわけでは無かった。
来たのは、手貝と牧瀬がいるはずのかき氷屋。
「おおっ、そんな急いでどうした!?」
「またなんかやらかしたの?」
「ちょっと話してる暇ないから、ついて来てほしい!」
「そうは言っても店番あるからなあ……ってもしかして運営のおじさんたちがこっち走って来てるけど、関係ある?」
「大あり!」
「はあ、しょうがねえなあ。俺まで怒られる羽目だろ、これ」
そして、手貝がやれやれと言った様子でこちら側に来た。
「残っても残らなくても面倒過ぎる!! 徳永! 後であんた覚悟しておきなさい」
そう言って立ち上がった牧瀬だが、フラフラしていた。
この感じでは運営の人達からは逃げきれない。
「牧瀬。走れないようなら、おぶるよ」
僕は彼女が乗っかかり易いように、かがんだ。
でも、躊躇があるようですぐには、僕の背中に乗ってはくれなかった。
「遠慮しなくて大丈夫だから」
「え、遠慮じゃない! 重いとか思われたくないだけだから」
そう言って牧瀬は僕に渋々といったようで体重を預けてきた。
「それじゃあ、行こうぜ!」
手貝が僕らにそう告げた。
それから僕らは走って祭りから離脱した。走っている最中にジャージのポケットから何か落ちたようだが、気のせいだろう。
◆ ◆ ◆
「はあ、はあ、つ、疲れた……」
手貝は息を切らして辛そうにしていた。
一方で僕や美乃梨は息を切らしていなかった。美乃梨に至っては汗すらかいていない様子だ。ロボットだから当然だけど。
「徳永も水野さんも体力すごいね……それよりも、早く降ろしなさいよ」
言われるがままに牧瀬を地面に降ろした。
二十分程度おぶっていらからだろう。彼女は平衡感覚が乱れているらしく、壁を支えにしながら立っていた。
「で、これからどうするよ? 学校と親に連絡行ってるよなあ」
手貝がわなわなと震えながら言った。それでも僕に文句を言わないのは、お人好しが過ぎる彼らしい。
「これからどうするの前に! 何があったかを話しなさい。じゃなきゃ、私は不良の仲間入りになっちゃうじゃない!」
一方の牧瀬は明らかに動揺していた。確かに彼女目線から見れば何が何だか意味が分からないはずだ。
しかし、盗撮というセンシティブなことを僕から告げるのも……。
アイコンタクトが通じるかは分からないが、美乃梨に視線を飛ばす。
「…………」
「何か言いなさいよ!」
やっぱり伝わらなかった。僕と牧瀬のやり取りを静観しているだけだ。
本人もマークⅡを操作している時は、視線への対処が疎かになりがちみたいなこと言ってたし。
「み、水野さん、ちょっと事情を牧瀬に説明してもらっていい?」
マークⅡは一瞬戸惑っていたが、すぐに納得したように首を縦に振って。
「分かりました。浴衣着た動画撮影のときに――」
美乃梨もあんまり人に聞かせるような話題でないと分かっているのか、盗撮の部分だけだけは僕と手貝に聞こえないように話した。
牧瀬が一瞬だけ誰が見ても分かるくらいに、気持ち悪がっている表情が見えた。
「だから、犯人を捜していたんです。でも決定的な証拠が無かったので、永田さんがボロを出すまで待っていました。それを徳永くんに撮影してもらおうと思ったのですが……、徳永君が怒って永田さんを殴ったのが、騒動の顛末です」
事実を聞いた牧瀬は身体を震わしていた。これは永田を恐れているとか、彼に怒りを感じているとかではないだろう。自分もそうだったからだ。
「……ボロを出すって具体的に何のこと?」
「そうですね。尻や胸を触る等などの分かりやすいセクハラです」
「…………駄目だよそんなこと! どうしてそんな危ないことをしたの? もっと自分を大切にしてよ!」
怒られた美乃梨は眼を見開いて驚いていた。
「いや、それは……ごめんなさい」
牧瀬は自分の身を削るようなやり方をした美乃梨に真剣に怒っていた。
多分美乃梨は、自身のことを心配して叱られるなんて思ってもいなかったはずだ。
この光景を見ていると、ちゃんと提案されたときに止めなかった自分が情けない。
いくらここにいる水野美乃梨がロボットだとしても悩まずに止めるべきだった。
「で、徳永は結局、写真取れたの」
「あ、ああ。勿論、撮ったよ。撮ってたから怒りが込み上がって来ちゃったんだけ……?」
「どうしたの?」
いくらポケットを漁っても、そもそも漁るスペースなど無いけど、足掻きを止めることは出来なかった。
「…………スマホ、どっかに落として来ちゃった」
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