第6話 別れてからの幼馴染

 屋上に出ると、ギラギラとした夏の陽射しが僕を襲った。

 地上よりも風が吹いており、ちょっと涼しいかもと思ったけど、生温い風が強風で当たるだけでしかなかった。


 前を歩くマークⅡは、屋上を取り囲むフェンスから地上を眺めているようだった。

 人目のない場所に来たからか、僕と二人っきりだからか、転校生の水野美乃梨としての風格は消え去っていた。動きから繊細さが消えている。


 ふと、思った。

 美乃梨は恐らく今、エアコンの効いた部屋でマークⅡを操作しているはずだ。

 ちょっと嫌味を含んだように、何気なく言ってみる。


「ここ、暑くない……?」


「そうっぽいね。マークⅡの計測機器によると、外気温は34度らしい。暑くて当然だ」


 僕は事実を聞いているわけではないんだけど……。

 と、思いもよらず拗ねたように唇を尖らせた。

 そんなことをしても、そのカメラは僕のことを捉えていないのは分かっている。


「僕は美乃梨と違って、汗を流してるって言いたいんだよ」


「ああ、そういうこと。もう二年くらいは外に出てないから、あんまり外気の暑さ、寒さを考えたこと無かったな」


 そう言ったマークⅡは僕の方へと向き合った。

 こっちからしてみれば衝撃的な事実だと言うのに、表情も声のトーンも変えずに言ってくるから、僕の理解には一瞬の間があった。


 そして、襲ってくる罪悪感。

 理性では言わない方が良いと分かっているのに、思わず本音がまろび出る。


「……僕のせい、だよね」


「いや、違う。確かに壮馬と付き合っていた時期にも色々あったが、中学の頃も色々あったからだ……でも、壮馬を憎んだことなんて一度もない」


 真っ直ぐとそう言い切ってくれた美乃梨は優しい笑顔をしていた。

 今の美乃梨は、人の心をそこまで考えられるような人ではない。じゃなきゃ、人の記憶を消そうだなんて言わないだろう。


 だから、それが美乃梨の本心なのだったら――。

 自分が彼女を傷つけなかったという安堵感、所詮あの頃の自分は彼女に守られる存在でしかなかったという悔しさ。


「そっか。だから、『高校デビュー』ってわけなんだ」


 何て答えるべきか迷うのも、良くないと思って、話題を変えた。


「そういうことだな」


 ちょっと照れ臭そうだった。明らかに声が上ずっていた。

 一般的な高校デビューとはずいぶんと違う形ではあると思うが、高校デビューを他人から指摘されるのは、まあ、恥ずかしいだろう。


 ただ、恥ずかしそうに頬を赤らめているのは、それだけが理由ではないようで。


「それと、今日は、助けてくれて感謝してる。ありがとう」


 ちょっと言い方に尊大なところはあるけど、彼女なりにちゃんと『ありがとう』と言ってくれたのが嬉しかった。


「協力者として当然の真似をしただけだよ」


「それでも、だ。報酬として、このマークⅡの胸を触ってもいい」


 自信満々に胸を見せつけるように、僕の方へと近づいて来た。


「いや! 駄目だろ!」


「だってそれ、たかがロボットだから」


 そういう問題じゃない。倫理観というか、常識というか、とにかく良くないものは良くない。ということで、視線を逸らしに逸らした。


「……そうか、ダメか。壮馬ではマークⅡに性的魅力を抱かないか。これはもっと改良がいるかもしれない」


「いや、いいから……」


 何か真面目に僕の気持ちを分析しているようだが、全くはずれていた。

 男の子の純情を弄ばないで欲しい。


「それで、どうしてあの事故は起きたんだ?」


「そうだそうだ。その話をしなくては。壮馬の性欲を使って実験をするより、そちらを優先しなければ」


 マークⅡはスマホを取り出して、僕に画面を見せてくる。

 見て見ろ、ということだ。

 

 画面には複雑な設計図らしきものが書かれていた。恐らくはマークⅡの設計図だ。

 そして、その図面の一部を美乃梨(ホンモノ)が編集して、分かりやすくする。

 

 何を言いたいか分かったときに、壮馬は驚いてしまった。


「総重量150キロ!?」


「そういうわけだ。色々と中身を詰め込んだせいで、コイツはめちゃくちゃ重い。理想的な女子高生という体系をしているが、重さは力士並というわけ」


 軽々しくぴょんぴょんと飛んで見せてみるが、見た目だけだと全く分からない。

 ただ意識的に聞いていると、屋上の床が普通よりもドシンドシン鳴っているような気がしなくもない。


「ここまで話せば、壮馬にも分かったとも思うが、椅子が壊れたのはマークⅡの重さのせいだと推測できる」


 流石に言われるまでもなく察していた。

 学校の椅子は家庭用の椅子なんかよりはるかに頑丈だろうとは思う。けど、150キロには耐えられなかったのか。

 だけど、自分の考えと美乃梨の答えに少し疑問を抱く。

 

「ん? でもそれだと、普段の椅子はどうして壊れないんだ?」


「……ああ、それは簡単な理由がある。自分が座る椅子には重さに耐えられるような細工をしてあるから、だ」


 当たり前すぎる質問らしく、美乃梨はちょっとだけ面倒くさそうに話した。

 自分でもそりゃそうかと、思ってしまったので申し訳なさが。


「話を戻すけどさ、机が真っ二つになったのも、重さが原因?」


 何故か美乃梨と僕の間で沈黙が流れる。

 厳密に言えばセミがミンミンと鳴いているから、静かなわけではないが。


 刹那の間のあと、意を決したように美乃梨が口を開いた。


「……机に倒れ込んだのは、椅子の前足が折れたからなんだけど。その後は、アタシが操作をミスして、より強く机に激突したから……」


「……焦ってミスしたってこと? 焦ってミスしたってこと?」


 わざと二回言ってあげた。

 そうすると美乃梨はみるみるうちに顔を真っ赤にして、大きな声を出した。


「はい、そうです! 焦ってミスしました! あ~もうイヤ!! ていうか、わざわざ二回も言うな」

 

 美乃梨が自身の失敗で悶える姿を見たときに、小学生の頃の記憶が蘇った。

 そういえば、美乃梨はゲームの類が下手くそだったのだ。

 大天才だってのにCPUにすら、敵わない。


 そういう変なところが変わっていないのだと、ちょっと安心した。


 「ごめんごめん」と言うと、気を取り戻したのか、落ち着いたようだ。


「で、これはアタシのミスだから人力なりAIの補助なりを使ってどうにかする」


 自信ありげだが、果たして上手くいくのだろうか。ちょっと心配だ。

 これで一応、マークⅡによる椅子机破壊の話は終わったかに思えたが。


「そして、椅子が壊れる問題の解決に協力して欲しくて、あなたを呼んだの」



 

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