第5話 迷いなき嘘

 美乃梨(マークⅡ)が座ったことで椅子がぶっ壊れた。

 折れたのが前足だったのか、そのまま姿勢を崩し、机へとぶっ倒れる。

 そして、机がその重さに耐えらえず(?)、真っ二つに折れている。


 教室内にいる人間の反応は様々だった。

 一つ、牧瀬たちが美乃梨を心配する様子。


「だ、大丈夫!? 水野さん?」

 

「机の破片刺さったりしてない!?」


 遠巻きに眺めて、そのまま昼食を食べるのを続行している人もいる。

 我関せずと言った様子をしているが、恐らく興味自体はあるだろう。仮に僕が、美乃梨のことを何とも思ってなかったら、その立ち位置だった。


 で、問題なのが、この異常事態を写真で撮っている奴らだ。

 確かに、机が真っ二つに割れるなんて起こり得ない事象ではあるし、取った写真にはかなりの迫力が生まれるに違いない。SNSに上げればバズりそうだ。


 迷っている暇は無かった。

 美乃梨の協力者として、動かなければ。


 何かから注意を逸らしたいなら、自分が注目の的になればいい。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 そういうことをしていた人を僕は知っていた。だからこそ、今からすることに躊躇はなかった。


 考えついたときにはもう体が動き出している。

 女子たちの合間を抜けて、美乃梨の前に立ち、手を差し伸べる。そして、昼食を食べる前に使う予定だった除菌シートを差し出した。


「いやーごめんごめん。水野さん、大丈夫? これで顔でも拭いて」


「あ、ありがとう、徳永くん」


 カメラ越しの美乃梨は僕と演技を合わせてくれた。

 普段なら僕は彼女のことを『水野さん』とは呼ばない。そこから、とりあえずただのクラスメイトという関係性で演じると分かったのだろう。


「あー、あとこの席、稲目さんの席だったっけ?」


 近くにいた牧瀬に向かって尋ねた。

 牧瀬は今それを聞かれる意味が分かっていないようだった。彼女からすれば、美乃梨の手当ての方が優先順位が高いのだろう。

 

「そうだけど、それが?」


「いや実はさあ……昨日の放課後、イライラしてて、稲目さんの机、思いっきり蹴り飛ばしちゃって。真っ二つに割れたの、それが原因かもしれないからさ」


 勿論、嘘だ。

 だけど、嘘だとは悟られないように、ちゃらちゃらとそんな理由を語ってみせる。

 この教室にいる人たちに、僕が、徳永壮馬がやったと誤認させるのだ。


 で、そんなことを言ってしまえば、もう。


「徳永! あんた何やってんの!」


「イラついたらって人の机蹴るとか、小学生かよ」


「弁償しろよ、もっとちゃんと謝れよ!」


 怒り出す人たち。

 机を破壊された当人の稲目さんは教室にはいないが、彼女の友人たち。美乃梨と昼食を食べようとしていた牧瀬たちが僕を責め立てる。


 一方で、熱くなっている方々とは対照的に、遠巻きに僕を批判する人たちもいる。


「キモすぎる……」


「頭オカシイだろ……」


 とてつもなく真っ当な反応で良かったと、僕は胸をなでおろす。


 そして更になるべく軽薄な形で、周りからの声も聞こえていないかのように、飄々としながら、美乃梨の手を取った。


「と、いうわけでね。ちょびっと、悪気を感じてるから、水野さんを保健室に連れて行こうと思っているんだけど。行こうか水野さん?」


 一瞬だけ、美乃梨と目が合った。

 マークⅡは悲しそうな表情をしていた。

 でもすぐに、不快感を露わにして、怯えたような顔を作った。


「え、遠慮します。一人で行きますので!」


 僕の手を振りほどいて美乃梨は教室から消えてしまった。

 牧瀬たちが美乃梨を追いかけて行ったが、マークⅡの性能なら追いつかれることはないだろう。


 後に残ったのは、ぶっ壊れた机と椅子。

 そして、どうしようもない、僕への嫌悪感にまみれた空気だけ。


 この空気を受け止められないことはないが、僕がいない方が平和な空間になるだろうと思い、荷物を持って教室から出た。


 途中で手貝とすれ違った。

 どうやら、昼食を買いに近くの牛丼屋まで行っていたようだ。

 彼がいなくて良かった。適当さと自由さが売りだが、割と友人思いなので、居たのなら、また一波乱起こっていた。


 校門を出たあたりで、僕のスマホが震えた。

 呼び出し人は【水野美乃梨(ホンモノ)】だった。


『今から屋上に来なさい。拒否権はなし』


『へいへい』


 二言で会話が済んでしまった。

 マークⅡと私的に会うのもだし、そもそも屋上というのがリスクしかない。

 

 やっぱり大天才とは言っても、どこか抜けているところがあるのが水野美乃梨という元カノだった。


 自分のクラスと職員室を避けて、屋上への扉がある階段を上っていく。

 

 見下すような形で美乃梨(マークⅡ)は立っていた。

 屋上の扉から太陽光が入ってきているせいか、妙に神々しかった。マークⅡの造形は綺麗すぎるから、こういうシチュエーションだと人間味がない。そもそも人間ではないから当然ではあるが。


「遅かったじゃん」


「そんなに遅くはないけど~」


「いや、昨日密かに壮馬のリュックにあるレーダーを見てたら、何か妙な動きをしてたから」


 妙な動き……。

 もしかして同じクラスの奴と廊下で鉢合わせそうになった時の回避行動を言っているのだろうか。

 いや、そんなことより。


「勝手に発信機付けないで!」


「壮馬のプライベートなんて今更気にならないし、変なことに使ったりしないから。いいでしょ?」


 平然と言うことじゃない。


 けど、気にならない相手に発信機をつけるか?

 それともやっぱり僕のことを信頼していないからなのだろうか。


「屋上のカギは開けてある。だから、ほら」


「へいへい」


 美乃梨に手で招かれて、屋上へと出た。

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