第23話 キャラぶれ
祭り当日。
残暑も少しだけ引いてきた夏の終わり。祭りは夕方からで、今はまだ準備の時間と言ったところ。僕と手貝はテントの設営を行っていた。
「壮馬、今日は残念だったな」
「何がだよ」
「だってよ。ジャージ集合だったじゃねえかよ。つまり折角の祭りなのに、女子の浴衣姿を見れない! これに悲しまなくてどうするんだ!」
「どうもしないよ。というか、後々、浴衣姿の客もいっぱい来るだろ」
この前も手貝は浴衣に拘ってたな。
僕だってな、本音を言えば美乃梨の浴衣姿が見たいよ。見たいけど、浴衣借りるのにも金がかかるし、引きこもりだから着付けもできないし。そもそも着てくてくれるのだろうか。
でも、折角だしどっかで美乃梨の浴衣を見たい。
それはそれとして、折角の祭りなのに、美乃梨と分けられてしまったのは不安だ。
近くにいないとすぐにカバーしに行けない。
「な~に、そんなにスマホをチラチラ見てるんだ?」
「な、なんでもないよ」
美乃梨からヘルプが来るか来ないかドキドキしている。
それからいくつかの出店の設営も手伝ったが、特に美乃梨から連絡が来ることはなかった。
一仕事を終えた僕と手貝の前に永田さんがやって来た。
「お疲れ様~。ほい、冷たいコーラ」
「ありがとうございます」
「そういえば、水野さんと牧瀬は何をやってるんですか?」
手貝がもらったコーラを飲みながら聞いた。
僕も渇いた喉に炭酸を流し込んだ。ちょっと温いけど、それでも肉体労働した後の冷たい飲み物は美味しさが格別だ。
「彼女らには今は来場者のパンフレットを配ってもらっています。ほら、人も増えて来たし」
「確かに、賑わってきましたね」
まばらだが、少しずつ人の数が増え始めている。
まだ、祭りの音楽とか踊りもやっていないので雰囲気自体はないが。
「さて、君たちには休憩が終わったら店番をやってもらおうかなと思ってます」
テントの組み立てよりはテンションの上がる祭りっぽい仕事だった。
「何の屋台のですか?」
「かき氷だよ。じゃあ、後で担当の人が来るからよろしくね」
そんなわけで休憩を終えた僕たちはかき氷を作ることになった。
最初はどれくらい削ればいいのか、どれくらいシロップをかければいいのか迷って作っていたが、やっているうちに慣れた。
そもそも、明らかに学生がやっている店より、ちゃんとした大人がやっている店の方に人が集まるので客もまばらだった。
これだったら――。
「手貝。ちょっと美乃梨の様子を見に行って来ていいか?」
「おーっ! 過保護だなあ。どうせ暇だし、トイレ行くふりして探して来いよ」
「助かる。行ってくる」
僕が抜け出した後に手貝が大きな声で客と話しているのが聞こえた。
折角、暇そうだから抜け出したのに……罪悪感が。
だが、許可をくれた手貝の気持ちも無視出来ない。それに、美乃梨がどうしているのかは気になるので会場内をぶらぶらすることにした。
割と会場端にあったかき氷の屋台とは違って中心部は人でごった返していた。賑やかな音楽も聞こえてきて、この熱気と楽しさに満ちた情景が、祭りに来ていることを感じさせた。
しかし、日陰で座り込んでいる体調の悪そうな人を見つけた。
一応、運営側である僕には救護する義務があるはず。そう思って近づいてみる。
よく見ると、その人はうちの学校の指定のジャージを着ていた。この場でその格好をしている人は四人しかいない。
でも、そいつは僕のことを毛嫌いしているはずなので、声をかけるのに少し躊躇した。さりとて、放っておけるわけもなく。
「だ、大丈夫か、牧瀬?」
「ほへ……徳永、だ、だいじょうび……よ」
何も大丈夫そうでは無かった。受け答えがハッキリしてないし、暑さで脳みそが解けてしまっているように見えた。
「今、運営の人を呼んで来るから、ちょっと待ってて」
「そ、ぞれは、大丈夫。とにかく何か、のいものを」
牧瀬の言葉を聞き、僕は一旦飲み物を売っている屋台へと走り、スポーツドリンクと小さい缶飲料を購入する。ついでにうちわを配っている人もいたので、それも頂くことに。
なるべく早く牧瀬の元へと戻って来た僕は、今のヘロヘロな彼女には開けられそうにないペットボトルの蓋を開けてあげる。
「ほら、頑張って飲んで」
ごくごくと喉を鳴らした牧瀬の身体に、スポーツドリンクが吸収されていく。
「どう体調は?」
「……ちょっとは良くなった」
「だったら良かった。あとこれ、首筋とかに当てておくと体温下がるから」
ついでに買って来た缶飲料を手渡す。
受け取った牧瀬は僕から言われた通りに首筋を冷やしていた。
「気が利くわね……」
更に牧瀬の隣に座り込んでうちわで扇いでやる。
「あ~多少はマシ~」
「そこはお世辞でも涼しいと言ってくれよ……」
しばし無言の時間が流れていく。
牧瀬は体調が悪くて、僕もそんな彼女に声をかけずらいという構図はある。
けど、それ以上に、僕から話しかけづらいのは牧瀬に嫌われているという確信があるからだ。それがとてもやりづらい。
「……やっぱり、私、あんたのことがよく分からないわ」
沈黙を破ったのは牧瀬の方だった。
「だってそもそもあんまり話したことないからね」
「……そういうこと、ではなくて。一学期はどこにでもいる大人しめの男子だと思ってた。目立たないし」
「そりゃ何もなければ目立つようなことはしないって……」
「……へー、何かあれば目立つようなことをするのね」
当たり前のことを言ったまでだけど、これは失言だった。
牧瀬自身も上げ足を取ったのが分かっているのか、ちょっとにこやかだった。
「どちらにせよ。二学期からのあんたは色々とおかしかった。机と椅子はぶっ壊すは、授業中にスマホを使うは。それにキモいほど水野さんのことを見てるし……」
「…………」
キモいは余計だろ! キモいは!
「夏の暑さで気でもおかしくなったのか思ってたわ……でも、こうやって他人を心配する優しさは残っている。意味がわからない」
「……基本、他人なんて意味わからないだろ」
「それでも人格ってもんがあるでしょ。二学期になってからのあんたは、それが悪い意味安定してないのよ」
僕と美乃梨の関係を一切知らない人からの評価としては妥当過ぎた。
「否定できない……」
「もしかして、夏休みとか二学期になって何かあった? さっきは助けてくれたし、私でよければ話聞くよ?」
ちょっと冗談めかした言い方。
でも、美乃梨が言うように彼女が本当に面倒見がいい人なら……。
美乃梨のことを告げても良いかもしれない。
そんな風に思い始めたとき、僕のスマホが鳴った。
「あっ、ちょっとごめん」
急いで通話に出る。
通話相手は美乃梨(ホンモノ)だからだ。
『盗撮してたやつが分かった』
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