第24話 賢くない僕

 美乃梨との通話を続ける前に、とりあえず牧瀬から離れることにした。

 会話的に僕の口からも、盗撮に関する言葉が出てしまうかもしれないからだ。


『で、その人は誰なの?』


『火原祭りの実行委員の永田。もう敬称はいらない』


『永田さんが……』


『そんなショックを受けるようなことじゃない。人間なんてゴミばっかりなんだし』


 最近、温かさを取り戻しつつあった美乃梨の声が一気に冷え込んでいた。

 美乃梨が心を開きつつあったのに、どうしてこうなるのか。


 とにかくこの状況を作り出してしまった永田さんへの怒りが湧き出ていた。


『分かった理由なんだけど……まあ、単純なことだよ。あのスタジオにカメラを設置できるのはあの人しかいなかった』


『もっと詳しい説明を……』


『経緯から話す。スタジオの人に更衣室の清掃状況について、難癖つけてフォームから質問をしてみた。そしたら、開店前に毎朝清掃してるって返事が来た』


 難癖つけずに普通に聞いても答えてくれるんじゃないかと思った。


『そしてアタシがカメラを発見した位置的は、常識的に考えれば清掃が行き届く位置だった。つまり、清掃前に仕掛けられていたものではない』


『となると、清掃後に仕掛けた人物しかあり得ない』


『そして、アタシ達の撮影は朝一だった。つまりそれよりスタジオの開店後にアタシたちより早く来ていた人物、永田しかないってわけ』


 話を整理すると、美乃梨が清掃について聞いたのはスタジオ側の内部犯行かを確かめるためだろう。そして、内部犯行でないなら、犯行が可能な永野さんしか考えられないということだろう。


『永田さんが犯人ってことは分かった。僕はあいつを警察に突き出すために、何をしたらいい?』


 美乃梨の心を傷つける奴だ。

 コーラを貰ったりしたが、そんなことはもう関係ない。一秒でも早く美乃梨の前から立ち去ってもらう。


『……そこまでやる気はなかったんだけど。なぜ?』


『犯罪者をわざわざ社会に放っておく意味ないし……何しろ、美乃梨を傷つけたことが僕にとっては許せない』


『別にアタシは傷ついていないけど』


 自身が傷ついていることに気づいていないだけだ。

 マークⅡが盗撮されたことは何とも思っていないだろう。けど、そうやって心の汚い奴が彼女の側にいたことで、また彼女に【人間は嫌い】なんて思い直して欲しくない。それを当たり前だと思って欲しくない。


 だから僕は永田さんを許すわけには絶対にいかない。


『いや、ぼく個人が絶対に許したくないから』


『……そこまで言うなら、マークⅡを囮にセクハラさせる。そこを壮馬が写真に収める、それで行こう』


『…………』


『壮馬?』


 賑やかな音楽の中沢山の人が僕の横を通り過ぎていく。

 そこで一人、立ち止まり迷う。

 確かにマークⅡが色気仕掛け? すれば、そういう人間は手を出してくるだろう。 

 確実なやり方で永田さんを逮捕するにはそれが手っ取り早いのも分かる。けど、それを僕がやらせていいのか。


『ま、いいや、決行は十分後、実行委員の本部でやるから』


 そして、美乃梨は通話を切ってしまった。


 この流れはやるしかないのか……?


 取り敢えずやらなくてはいけないのは、牧瀬を本部へと連れて行って……。でも、本部には盗撮魔の永田がいる。


 一旦かき氷屋に連れて行こう。


 急いで牧瀬のところに戻って来た。


「いやあ、ごめんごめん、ちょっと急な電話が来ちゃって」


「……そういうところが嫌われる原因なんじゃないの」


「ごもっともだけど、事情があるんだよ」


「事情ねえ……彼女からの電話とか?」


 唾を誤嚥しそうになった。

 当の本人は適当に言ったつもりのようだが、僕の反応を見て唖然としていた。


「ほ、ほんとに、彼女なんだ……それはしょうがなかったかも」


「い、いや、違うから! えっと、その……元カノだから!」


 必死に否定しようとして口から飛び出したのはただの事実だった。


「へー、わざわざ元カノからの通話に出てあげるんだ……未練とかあったり?」


 中々どうして鋭いところを突いてくる。

 もうこれ以上話すとボロが出そうなので黙ることに決めた。


「その話はもういいから、休めるところに行くよ」


「……何一つ良くない! もっと詳しく聞かせろって言いたいけど……まあ、その話はまた今度だね」


「……する必要性が出てきたらしなくもない」


「ほんと! よし、じゃあ頑張って歩くわ!」


 どうしてか、さきほどより元気になった牧瀬を連れてかき氷屋へと到着。


「あり? まさか、牧瀬と一緒に来るなんて」


「ちょっと熱中症っぽいから、かき氷作ってやってくれ」


「味は何がいい?」


「レモン」


「かしこまり」


 手貝はスムーズに氷を削り、蛍光塗料みたいな色合いをしたレモンシロップをかける。僕がいない間、一人で回していたからか、さっきよりも手慣れていた。


「おおっ、美味しそう! いただきます」


 そうやってかき氷を食べて解けたような顔をしている牧瀬を横目に。


「手貝。ちょっとまた行くべきところができたから、店番を頼む」


「分かった。その言い方だと、あの子のためだな?」


「おい、ここには牧瀬もいるんだから、その言い方は止めろ」


 牧瀬がこちらに食いついて来そうだったので、それだけ言って、足早にかき氷屋から去っていった。


◆ ◆ ◆


 本部までやってくると美乃梨と永田さんが並んで喋っていた。

 それにしても、よくあれだけの下心を隠せるわけだ。


 時間までは隠れながら待機していようと思っていた。

 しかし、時を待つまでもなく、永田さんが動きだした。

 

 美乃梨に何かを囁きながら、彼女の尻を触り始めたのだ。マークⅡは上手く嫌そうな表情を作っている。演技だし、マークⅡだし、美乃梨本人ではないことは分かっているが見ていて、我慢ならなくなってきた。


 急いでスマホのカメラを回して、犯行現場の撮影に成功する。


 後は、美乃梨にこのことを警察と学校に知らせて終わり……。

 それでことは済んだはずだった。

 けど、僕は何故か永田の方へと歩いて行ってしまった。


 そのことに気づいた永田がピシッとした表情に切り替えた。

 

「ど、どうしたのか、とくなが――」


 何かを言う前に僕は永田さんを殴っていた。


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