第11話 天才の泣きどころ
美乃梨から『ヘルプ』を受けてすぐさまに、僕はメッセージアプリで通話を試みることに決めた。
数コール後に美乃梨は電話に出てくれた。
『大丈夫か! 美乃梨』
『うわ。うっさい! もうちょっと静かに喋れ』
心配したから通話という手段を取ったのに、どうして僕が怒られているのか。
でも、急を要するような事態じゃなくて良かった。
『いやこっちは、ヘルプって送られて来たから、すぐに折り返しだけなのに……』
『確かに送ったけど、そこまで緊急でもないから』
ヘルプの三文字からそれを読み取るのは無理がある。
けど、美乃梨に緊急事態が起きれば、もう少ししっかりとした文面で送ってきてもおかしくない。
『それで、何があったんだ?』
『英語の先生……名前はなんて言ったか。いいや。あの人の小テストで満点を取ったからか、牧瀬さん達から勉強を教えて欲しいって言われた』
中瀬先生、担任なのに、覚えられていないの可愛いそう。
それはさておき、そういう流れになってしまったのか。
恐らく、僕が放課後すぐに職員室に向かった後の話だろう。
確か、授業中にも、美乃梨に問題の解説を求めている女子もいたし。
『で、その話は受けることにしたの?』
『流石に断れないから、笑顔で承諾した。けど――』
美乃梨の冷静さが崩れるような音が聞こえた気がする。
そう、何故なら彼女は天才だが……。
『二年も引きこもって奴に勉強なんて教えられるわけない!』
とのことで、喚きだした。
学校での優等生らしさなど、そこには一切感じなかった。あるがままの、感情をぶつけてきている。
『それもそうだし、そもそも美乃梨が人に勉強を教えられるイメージがないよな。君は間違いなく天才だけど、感覚肌な部分も多いし……』
『そうなの! 凡人が何を難しいと思っているかなんて分からない!』
でしょうね。
十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人。ということわざがあるけど、美乃梨はもっと別格だ。この間拉致されたときは、英語の本だけじゃなくて、中国語とかアラビア文字が背表紙に書かれている本があったのも知っている。
『しかも、アタシにとって、英語はもうほとんど感覚レベルで身についてしまっているから、教えるのは相当難しい』
『だからと言って、小学生の頃みたいに【天才過ぎて、凡人の悩みなんて分からない】とか言えるような仲でもないしね』
これは実際に美乃梨が僕に言った言葉だ。
小学校の算数の問題を美乃梨に聞いたら、答えだけ教えられた。
どうやって解いたの? と聞けば、暗算と言われ、果てに出たのが上記の台詞だ。
全てが全てそうやってあしらわれたわけではないが、美乃梨にとって余りにも簡単過ぎることは、教えるのが無理らしい。
「そうなんだよ。ああ、人間に紛れて生きるのって面倒くさいこと極まりない」
そう思いながらも、人と関わることを選択したのが美乃梨だ。
人に愛想を尽かしながらも、社会でもがく。
少しでもそんな彼女の役に立てていれば幸いなんだけど……。
『天才にこの世は辛いね』
『そうそう……それは良いんだが、壮馬に頼みたいことがある』
『流石にここまで言われれば分かるよ。勉強の教え方を教えて欲しいんでしょ?』
『その通り』
『分かった。後で、美乃梨の家に行く。そこでどうするか、詳しく考えよう』
『了解。また後で』
そうして美乃梨との通話は終了した。
しかし、どうしたものか。
教室に置いて行った荷物を取りに帰るりながら、考える。
天才に勉強を教える。勉強の教え方を教える。
参考書とか、問題集の解説とかを参考にした教え方をしても良いけど……。
正直できない人のやり方では、美乃梨には会わないだろうし。
……だったらできる人のやり方でやるとか?
この場合のできる人って誰になるんだろう。
美乃梨レベルで勉強が、しかもあの中瀬先生の常軌を逸した小テストで高得点を取れるような人が他にいるのか?
他学年ならいるかもしれないけど……。
それにしても探すのは困難極まりない。
考えていたら、教室についてしまった。
と、他のクラスメイトの机に日直の日誌が置きっぱなしになっていった。
本来なら、中瀬先生に渡さなくてはいけないものだけど……。
届けに行ってあげ……閃いた。
再び職員室に戻った僕は中瀬先生の机へと向かった。
「先生。日直の人が忘れてたので、届けに来ました」
「ありがとうね。助かるわ」
ただ、日誌を渡しても去らない僕に中瀬先生は戸惑っているようだった。
「先生さっき『ちゃんと相談してね』と言ってましたよね?」
「え、ええ、やっぱり何かあったのね」
何か勘違いしているのか、先生は真面目に僕と向かい合った。
「先生に勉強の教え方を教えて欲しいんです!」
「……授業の内容では無くて、勉強の教え方? 学習指導についてってことでいいのかしら?」
学習指導。
大学とかの教育の専門機関で出てきそうな単語が飛び出したが、そんなに畏まらなくても良かった。
「そこまで大層なものでは無くてですね……。今度、友人と勉強会をすることになって、そこで英語を教えて欲しいと言われまして。どうしたものかと思って」
「ふうん。それって少人数に教えるのよね」
「はい。そうだと思います?」
「まるでどのくらいが集まるのか分からないような言い方ね」
そういう風に考えられてもおかしくないような言い方になっていた。
自分事じゃないように捉えられるのは良くないけど、今から誤魔化すのも。
「なんか、友人の友人も来るかもしれないって言われて」
「なるほどね。でも、来る人が分からないと、その人の理解度が分からないからちょっと厄介ね」
「そうなんですか?」
「ええ。うちの学校も二年時からは理解度でクラスを分けるつもりだしね」
そうなのか。確かに現在でもクラスには定期考査で赤点ぎりぎりを取る人もいれば、満点近くを取る人もいるから。
「ごめんなさい。話が逸れたわ。具体的に教え方を教えるから、スマホかなんかにメモすると良いわよ」
「ありがとうございます」
それから教え方の要点を中瀬先生から教えてもらった。
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