第10話 美乃梨からのヘルプ

 美乃梨が転校して一週間が経った。

 椅子と机を破壊した事件以来、大した問題は起きていない。


 美乃梨は牧瀬のグループで上手くやっているようだ。


 一方の僕はクラスの中で少し浮いている。

 そういう風にして事件を収めたから、しょうがないのだが。


 今は英語の授業の最中。

 美乃梨が転校してきてすぐの頃に抜き打ちの小テストがあった。

 英語の先生であり担任の中瀬先生は、一か月に一度、英語の長文を読ませる。


 これが授業の範囲外の単語や文法があって激ムズなのだ。

 

 それが返されているのだが、クラスメイト達は死屍累々だった。

 僕も帰って来た答案を見たが十点満点中、三点だった。普段クラスメイト達の平均点は二点だから、これでも僕は優秀な方だ。

 

 成績には影響しないからと中瀬先生は言っているが、心臓に悪い事この上ない。

 

 そんな時、中瀬先生にありえないくらい褒められている奴がいた。


「凄いわね! 水野さん! この小テスト五年くらいやってるけど、満点を取ったのはあなたが初めてよ」


 僕の元カノ、大天才の美乃梨だった。

 褒められている美乃梨は楽しそうに中瀬先生と喋っている。実際は大して嬉しくないだろうが、天才を気取っていると思われないように演じているのだ。


 で、そんな彼女が机に帰って来ると、周りの生徒が群がってきた。

 どこかでボロを出しそうな気もしなくもないので、ちゃんと聞き耳を立てておく。


「おめでとう! 中瀬先生の小テストって超難しいんだよ」

「水野さんってもしかしなくても滅茶苦茶頭良い?」

「ほんとうに満点だ……」

「くっ、この前は俺が一番点数高かったのに!」


 周りから色々と言われているが、美乃梨は焦った様子もなく、はにかんでいた。


「私もこんなに難しいテスト受けたこと無かったから、満点取れて嬉しい!」


 僕から見ればあからさまな嘘をテンション高めで言っていた。

 投げかけられる言葉から、普通の人にとって、このテストはかなり難しいことを推測したのだろう。


 で、周りの人間に嫌味なく言う姿がアレだと言うわけだ。


「満点取った水野さんに聞きたいんだけど、ここの問題ってどういう風に解いた?」


「ちょっと見せて……ええと、ここは、ね?」


 美乃梨は言われた問題を見て、明らかに何を言うべきか迷っていた。


 ここは助け舟を出すべきだが、どうしたらいいのか。

 テストの返却は盛り上がるけど、席を立てるわけじゃない。

 

 それでも否応なしに注目が集まること……。

 中瀬先生の目から隠れるようにスマホを見ると、美乃梨からも『ヘルプ!』と短いメッセージが送られていた。


 そうだ。これだ。


 カシャ。


 突如、教室内に鳴り響くシャッター音。

 否が応でも、僕へと集まる皆の視線。中瀬先生もこっちを見てくれた。

 教壇まで音が届くか心配だったが、先生がちょっと複雑そうな目を向けている。


「……徳永君? 今、スマホで写真撮った?」


「……え? ああ、はい。ちょっと翻訳アプリで問題を翻訳してみたくなって」


 中瀬先生がこっちに近づいてくる。

 表面上は冷たく怒っているように見えた。


「その意欲は良いのだけれど、規則だからスマホは没収ね」


「……はい。すいませんでした」


 やらかしてしまった風を装って、反省を見せるように語尾を小さくした。


 美乃梨の方に集まっていた注目もこれで、一旦は収まっただろう。

 そして、何事も無かったかのようにテストの解説が始まり、授業内容へとシームレスに移行していった。


◆ ◆ ◆


 放課後、僕は中瀬先生のいる職員室へと向かっていた。

 用件は勿論、スマホを取り戻すためだ。


 職員室のある廊下を曲がった所で、どこからか飛んできた紙ヒコーキが僕の前で着陸した。投げた人物は一瞬で姿を消してしまった。


 とりあえず、中身を開ける。


 ありがとう byマークⅡ


 マークⅡを知っている奴と言えば美乃梨意外、あり得ない。

 スマホを没収されて礼を言うタイミングを失った彼女が取った手段が紙ヒコーキ。


 いつも文字媒体だとシンプルなことしか言わない彼女らしい一言。

 それでも、わざわざこれを描いてくれたのが、嬉しかった。胸があったかい気持ちで満たされた。


 そんな風に喜びを噛みしめていると、職員室から中瀬先生が出て来た。


「紙ヒコーキなんて持って、何してるの?」


「あ、いや、これは……」


「まあ、いいわ。入りなさい」


 職員室の中に入り先生の机へと連れてこられる。

 彼女の机には書類と洋書が積み上げてあった。あと、袋を開けたばかりのせんべいと紅茶が置いてあった。


「中瀬先生。今日は授業中にスマホを使用してしまいすいませんでした」


「はい。分かりました」


 中瀬先生はスマホをデスクの中から取り出した。

 そして、僕に渡さずに机の上に置いた。


「徳永君。スマホを返す前に聞きたいことがあるんだけど、良い?」


 中瀬先生はスマホを没収したときよりも真剣な表情をしていた。

 でも、怒っているとかそういうわけじゃなくて、凄い優しい声だ。


「この間もそうだけど、最近の徳永君、変よ?」


 この間……恐らくはマークⅡが破壊した机と椅子のことを言っているのだろう。

 僕が蹴り飛ばしたと教室内で宣言した後に、学校からの罰は受けなかった。

 

 中瀬先生から口頭で注意を受けただけだ。

 直接的に壊したわけではないから、その程度で済んだと先生は言っていた。


「……そうですかね。いつも通りだと思いますけど」


「絶対にいつも通りじゃないわよ。だって、徳永君、基本的に大人しいじゃない? クラスで騒ぐような子たちとは違うし……そんな徳永君が机と椅子蹴っ飛ばすとか、スマホを授業中に使うとか。何かあるんでしょ?」


 何かあるんでしょ? ってなんか、確信があるみたいな言い方をしてくる。


「何もないですよ」


「脅されてるとかではないのね?」


 凄い心配してくる。生徒想いなのは良い事だけど、今こちらが抱えている事情としては困ってしまう。


「そうなら良いのだけど……何かあったらちゃんと相談してね」


「まあ、分かりましたけど……」


 そして、スマホを返された。


 スリープモードから起動すると、画面に表示されるある通知。


 『ヘルプ!』という美乃梨(ホンモノ)からメッセージ。


 もしかして、これを見て先生は美乃梨から脅されていると思っている?

 でもよく見ると、このメッセージ、五分前に来たばかりだ。


 ということは、また美乃梨に何かが起きた?

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