第9話 初恋の結末

 アタシは――水野美乃梨は階段を下りていく壮馬を見送った。


 アタシは頭がおかしくなってしまっている。


 感覚として脳内物質が大量に出てるとか分かるわけではないが、壮馬と付き合う前の健全さはどこかへと消えてしまった。


 アタシは嘘をつくのが得意ではない。

 だから、彼に言ってくれと頼まれたから、本当のことをぶちまけてしまった。


 本当に今更、両親のことなんて何とも思っていない。

 ただ、あの出来事は大人も子ども、誰もでも等しく人間が無価値だと気づくためのことに過ぎなかった。


 もう既に子ども社会で、人間の無価値さは味わった。

 だから、薄々、人間という動物のどうしようもなさを感じていたから、両親の不和にも対応できた。


 でも、それを理解した途端に怖くなった。

 離婚して両親が消え、アタシだけが残った家から出れなくなった。


 歩いている人が老若男女を問わず、魑魅魍魎の類にしか見えなくなった。

 どいつもこいつも心の中は獣と変わりはしない。理性などと名付けられた人間らしさ、そんなものはハリボテだと分かっている。


 一方で、そんなことは誰だって分かっている。

 それを承知で皆生きている。


 そんな社会を維持するために、誰もが自身の欲望に蓋をして、常人を振舞って生きている。

 

 だったら、アタシも常人を振舞って生きるべき、という正論があった。


 また、さっき壮馬に語ったように、人は人の関りで生きているから、ということもある。


 それが分かっていながら、やはり家から出ることは出来なかった。

 

 葛藤と一言で言えば楽だが、いつだって登校時間が迫れば、自分の中で不快な戦いが始まる。でも、感情を優先するアタシがいつも勝つ。だけど、勝っても嬉しくない。その状況を改善するために、生み出したのがマークⅡだった。


 家を出ずに人と関わることができるロボット。

 アタシの人間不信の象徴にして、人間不信でも他者と関われるもの。


 そもそもがロボットならいくらでも仮面をかぶることができる。

 だって自分じゃないから。

 ゲームで操作するキャラを自分だと本気で考えるやつはいないだろう。そいつがダメージを受けても、自分は怪我しない。


 そういう身代わりがマークⅡだ。

 

 現実何てゲームだと思ってやってれば良かったのに、何故か、かつてのアタシを知る人物、しかも元カレの徳永壮馬と再会して、しかも成り行きから協力者にしてしまった。


 嫌でも、生の水野美乃梨として関わらなければいけない人物。

 ちょっとした、小間使い程度にしかならないだろうと考えていた。

 それが、まさか、あのやり方で、助けてくれるとは。


 本音も話せる存在……それに喜ぶべきなのだろうか。


 思えば、壮馬は随分と変わったと思う。

 ちょっと甘くて、基本的にほろ苦い、初恋の記憶を引き出しから引き出した。


◆ ◆ ◆


 小学校六年生の頃。

 アタシは壮馬のことが好きなことに気がついた。


 理由は単純だった。

 壮馬がアタシの話についてきてくれるからだ。小学生の頃の興味関心はかなり学術関係に飛んでいたため、小学生にとっては意味の分からない単語や英語を連発してしまっていたのだ。


 大概の人間はこれを話すと嫌がるため、自粛していたのだが、壮馬は違った。

 アタシに合わせてくれようと、分からない言葉があれば調べる。それでも分からなければ、アタシに説明を求める。


 他の凡人とは違っていた。

 根気がある凡人だった。


 そうやって暇さえあれば話していたら、アタシに独占欲のような恋心が芽生えた。

 嘘もつけないし、我慢も出来ないアタシは心の内を打ち明けた。


「アタシ、ソーマのことが好きみたい。恋人になって欲しい」


 そしたら、壮馬は頬を赤らめた。

 多分、あの時の壮馬は世界一可愛かったと思う。どんな美男美女でも敵わないし、どんな画家だろうと再現できない表情。


「う、うん。じゃあ、みのりちゃんとは恋人、だね」


 と言ってくれたのだ、可愛くて仕方なかった。


 と、ここまで思い返していて思ったけど、当時の壮馬にカッコイイだとかはあんまり思わなかったな、と新しい発見をする。

 

 まあ、カワイイもんはカワイイのだからしょうがない。


 という風に幸せなスタートダッシュを切った。


 そして、嘘をつくのが得意でないアタシは、付き合っているのが分かってしまうような態度を学校で取ってしまっていた。


 数日もせずに付き合っているのがバレた。

 それが面倒な事態を招くことになった。


 男子は女子と比べれば一般的には晩熟で恋愛に対する理解が薄い。女子は女子で、変に早熟なので恋愛に興味津々だった。


 そんな空気感のクラスの檻に放たれたアタシたちのカップルはちょっかいをかけられにかけられまくった。


 黒板にハートの相合傘を書かれるだの。

 アタシの苗字を徳永と言ったりだとか。

 手を繋いだり、キスするように圧をかけてきたりだとか。


 アタシは後悔した。

 壮馬と付き合いたいと言ったのは自分だし、周りにバレるようになってしまったのも自分のせいだと。


 明らかに壮馬はちょっかいに疲れているようで、このままでクラスメイトの半数が同じ中学へと進級するなかで、彼が苦しんでしまうのではないかと考えた。


 だから、アタシは徹底抗戦の道を選んだのだ。

 ある男子がちょっかいをかけてきたから、そいつのスマホにハッキングをかけて、日頃見ているエロサイトの検索履歴を公開してやった。

 ある女子が嫌味を言ってきたから、そいつのランドセルに盗聴器をしかけて、裏で誰誰の悪口を言っていたとか公言してやったりとか。


 出来る限り、ちょっかいをかけて来る奴を潰しに潰した。

 天才のアタシが本気を出せば造作もないことだ。


 その結果、狙い通りのことが起こった。

 露骨にクラス、学年の皆がアタシのことを避け始めたのだ。

 

 で、そこで、アタシは卒業式の日に盛大に壮馬のことを振った。


 暴れに暴れた大魔王が消えれば、皆元通りになるだろうと考えたのだ。

 そして、アタシは地元から消えた。

 

 結果的に後の人間不信を誘発したけど、後悔はしていない。

 だって、好きな人を守れたのだ。それ以上に嬉しいことなんて、この世にありはしないだろう?

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