第28話:嵐の前の静けさ
一日目。魔物は村の入り口方向から現れた。
何が起こるかわからないため、一日目は私も“笛吹き男”の探索には出ずに村の中で待機していた。
一日目の魔物は大して強くなく、私一人で何とかできる範疇ではあった。
牛頭クラスがいると聞いていたが、あれに比べると見劣りするようなでかい猿のような魔物がいたぐらいだ。
傾向として、私は単純な力押しで来る魔物が苦手な傾向があると判断した。
速度ならばついていけるが、単純な力勝負になるとやはり女の細腕では対抗できない面が多い。
あの赤い靄さえ自在に制御できればまた話は変わってくるのだろうが……
因むと、速度に関しては動体視力と予測速度で対応している。
リリアンヌの体は決して運動向きではないが、王妃教育の賜物で驚くべきバランスを誇っている。前世の技術と合わせれば、十分一線級の働きができる。
一日目の午後は魔物を倒した後、一度村人の方々と連携の感想を共有したのちに、私一人だけ村周辺の探索に出かけた。
村の人が魔物を見たという方向を探してみるも、手掛かりは見つからず。
戦闘している場所からは笛の音は聞こえなかったため、かなり距離は離れているようだ。
二日目は午前中、正午には間に合うように周辺の森の中を探索した。
七日間も戦い続けるのだ。魔物の数はそれなりに用意されているはず。
村の周辺には平地もあったが、魔物がそんな開けた場所にいればすぐに騒ぎが起こるはず。
ならば、隠れているのは木々が生い茂る森の中だろうと目星をつけた。
残念ながら二日目では発見できず、正午を迎えた。
この戦いでは大物一体と小物が数体と言う布陣は変わらなかったものの、少し魔物の質が高くなっていた。
小回りが利く魔物が多く出てきていたので、この日の午後は機敏に動けるガーディハーディ兄弟を基準とした、エイベンさんたちのフォーメーションの確認に費やした。
モニカさんが使える魔法の種類も確認し、エイベンさんがモニカさんを守りつつ、ガーディハーディ兄弟が動いて迎撃するというのを基軸とする形に収まった。
この二日間でわかったことは、魔物は本当にどこから現れているのかわからないという事だ。
おそらく道伝いにやってきているというのは予想が立っているが、どこから流れてきているのかを掴めていない。
方向性は定まったものの気味の悪さを抱えたまま、三日目の朝を迎えた。
スタンピードの際に貰った報奨で買ったヘアブラシで、髪の毛をブラッシングしながら、私は一人まだ思考を続ける。
あの男ならばどうやって隠れるだろうか。きっと、こちらを馬鹿にする方法を取っているに違いない。
実は村の近くにいて、灯台下暗しでしたと言うかと思ったら違った。
森の中では魔物を探してみていたが、不気味なほど生物の気配がなかった。本来森にいるはずの生物も隠れてしまっているのだろう。
あの男は享楽的だが、愚かじゃない。
ダン砦の際には事前に煙を仕込んで逃げ道を確保していたなど、用意周到な側面も持ち合わせている。
なら、この村を選んだことにも理由がある……?
村の周辺地理を思い出す。
森に囲まれており、南に森を行けば川が、北に森を抜けると平地が広がっている。
東と西は連絡用の道が繋がっている。東は北よりに道が、西は南寄りに道が続いている。
魔物が連日やってきたのは東の道からだ。律儀に正面から現れてくれている。
魔物の群れが隠れるならば、やはり森の中しかない。
川で分断されれば魔物の行動に支障が出る。川周辺には陣を取らないだろう。
この二日間村を襲いに来た魔物は、川の中でも問題なく動けるような魔物ではなかった。川の向こうは除外していいだろう。
……地理的に川を背負うか?
万が一に備え、逃げ道は確保しておくに違いない。川を背負えば、逃走に手間取り捕まる可能性が高まる。
逃げ道を確保しているだろうという予想なら、南は排除できる。
そこまで考えて、“笛吹き男”がこの宿に現れた時に空飛ぶ魔物によって空を飛んで去っていったのを思い出した。
空を飛べるなら川も関係ない。むしろ、私たちの足止めをしてくれる自然の要害だ。
平原を背負うよりも安全性が高まる。
「探すなら先に南、か」
モニカさんの方を見ると、まだ健やかに寝ている。
最初は緊張していたが、二日連続で何事もなかったからすっかり緊張がほぐれたようだ。
適度な緊張感は持っていて欲しいが、休息も大事。戦闘に影響が出なければよしとしよう。
ブラッシングが終わったので、ブラシを置いて髪の毛を後ろで縛り上げる。
朝のルーチンワークを一通り終え、改めて髪が痛んでないかチェックする。
余裕がまだある証拠だ。これができているうちは、まだ大丈夫だと思える。
「んにゃ……。リリィ先生おはよぉ」
「おはようございますモニカさん。起こしてしまいましたか?」
私が髪の毛を体の前まで回して毛先のチェックをしていると、モニカさんが起きたようだ。
起きたモニカさんは上体を起こした後、じっとこちらを見つめて動かない。
なんだろうと見つめ返すと、向こうが先に口を開いた。
「……リリィ先生って、髪の毛にすごいこだわってるよね」
「え? そう、かもしれないですね」
「だってスタンピードの件で入ったお金真っ先に使ったのがそれなんでしょ? やっぱりいいところのお嬢様だなぁって」
言葉に詰まる。言葉にしたことはなかったが、行動からバレバレだったらしい。
冷静に考えてみれば、ここまで髪の状態を気にする習慣がある女性なんて市井にいないことはすぐにわかる。そんなことに手間をかけるなら、生活に回されるだろう。
美容に手を回せるのは余裕がある身分、貴族か豪商かだ。
「あっ。ごめんなさい、無遠慮だったよね」
「いいえ、構いませんよ。そうですね、委縮されると嫌だったので言わなかっただけですので」
「よかったぁ。リリィ先生が隠してたことを暴いちゃったみたいにならなくて」
私の返答に安心して、モニカさんも朝の支度を始めた。
「冒険者って結構訳ありの人も多くて、過去の事を詮索するのは禁止みたいな空気があるの。だから、リリィ先生の昔のことを触れるのも悪いなって」
「いいえ、気にしてませんよ。何か気になることでも?」
「えっと。師匠もそうだったけど、リリィ先生も凄い身分が高そうだから、同じように接してていいのかなって実は最近ちょっと思ってたんです」
よくよく考えればお兄様が来たあたりから隠すのは無理があったのか。
これまで触れられてこなかったのは、そういう冒険者としての暗黙の了解があったからと。
お兄様が来た時にメレディアさんが助け舟を出してくれなかったのもそのため? いいや、あの人はそっちの方が面白そうだったからに違いない。
「気にしないでいただけると助かります。私としても、身分を掲げるつもりはありませんので」
「良かった! これからも気軽に先生って呼んでも……」
「ええ、もちろん大丈夫です」
モニカさんは嬉しそうに手を合わせて笑顔になる。
今日も戦いがあるというのに、この和やかさを忘れないで欲しい。
戦いに身を置いた人は、得てして失っていくものだからこそ。
前世の死の間際はどうだっただろうか。
もはや記憶にない。どうでもよくなっていたという事だろう。
思い出そうとしてもよく思い出せないので止めよう。
さて、気を取り直して私は南の森へ出かける準備をしなければ。
村周辺はこの二日で探索しきったので、少し離れたところまで捜索範囲を広げよう。
魔物が群れているはずだから、そこまで綿密に探さなくても見つけられるはずだ。
この時点で私は決定的な思い違いに気づけていなかった。
情報を正しく精査できていれば思いつけるはずの発想。
そこにたどり着けるのは、まだ先の話。
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