第25話:戦いの合図

 エイベンさんを抜きにして、皆に情報を共有する。

 モニカさんは顔を青くして、ガーディハーディ兄弟は少しだけ困惑したような表情を見せた。

 それはそうだろう。魔物の状況調査の手伝いと聞いてやってきたのに、実態は“笛吹き男”の対応だというのだから。

 はっきり言ってしまって、仮EランクとFランクの冒険者がやるような仕事ではない。


 下手すると前のスタンピードクラスの相手をさせられることになる。

 “笛吹き男”がどういうつもりなのかは知らないが、状況はかなりまずい。


「え、それじゃあ、魔物の調査って……」

「まず間違いなく、“笛吹き男”が操る魔物の事でしょうね」

「それってこの前のスタンピード起こした奴だろ。やばくね?」

「やばいってレベルじゃなくね? どうすんの?」


 どうするのか。方針を立てるのは難しいが、出来ることはしなければならないだろう。

 なるべく彼らを危険な目に合わせず、状況を打開する方法。


「……“笛吹き男”本人を探し出して、直接叩きます」

「それができれば苦労しないんじゃね?」

「はい。ですが、それしか残されていません」


 物量では勝てない。持久戦も勝てないだろう。

 どこでどう仕掛けてくるのかわからない以上、村の外に出るのは危険だ。

 補給の導線はないと思った方がいい。


「私は彼が魔物を操るために笛を吹けば、その音を聞き取れます。それで場所を特定します。」

「私たちはどうすればいいですか?」

「おそらく、村を守ってもらうことになると思います。魔物の数が不確定ですが……なるべく私が倒すようにはします」

「それじゃあリリィが一人で突っ込むってこと? 危険じゃない?」

 

 危険ではある。あの量を一人で捌けるかと言われると、おそらく不可能だ。

 だから、“笛吹き男”がどこまでやる気なのかに掛かっている。

 相手任せの危険な択だ。


「おいらは推奨するだ。賢い賢い選択肢だと思うべ」

「ええ、危険ですが、それぐらいしか――」


 あまりにも自然に会話に混ざってきたことで、反応が遅れた。

 即座に私は剣を抜き、戦闘態勢に入る。

 声が聞こえた方へ剣を向けると、窓に張り付いている“笛吹き男”その人がそこにいた。


 ちょうど窓から顔だけ出して、宿の外壁にへばり付くつくようにしている。

 顔と言っても、フードの奥の漆黒はそのままで実際に顔が見えているわけではないが。


「おおっと。そう邪険にしないでおくれよ。おいらは今回遊びのルールを説明しに来ただけだぁ」

「……遊び? ルール?」

「んだんだ。名前調べるの苦労しただよ? なにせ、新人だとは思わながったもんで」


 闇の向こうでニタニタと気味悪く笑っているのが容易に想像できる。

 こうしてみると、顔が見えないのはあまりにも不自然だ。おそらくマジックアイテム。

 国に喧嘩を売るだけあって、“笛吹き男”の装備は充実しているようだ。


「おいら、あんたのファンになっちまっただ。だから遊びたいと思って、今回の場を整えただよ」

「厄介なファンは嫌われるってご存じでしたか?」

「そう言われてもなぁ。他のやり方を知らんもんで。ヒヒッ、仲良くしようぜ同類だろう?」

「一緒にするなと言ったでしょう!」


 私は横目でモニカさんたちの様子を見る。

 “笛吹き男”の異常さに当てられてか、すっかり怯えてしまっている。

 仕方がないことだ。彼女たちが相手することがあるような相手じゃない。


「まあまあ、聞くだけ聞いておくれ。単純な遊びだぁよ」

「……わかりました、聞くだけは聞いてあげましょう」


 ここで聞かないという選択肢を選べないという事実に歯噛みする。

 “笛吹き男”は遊びと言った。つまり、私を本気で始末しに来たわけではなく、適当に動かして遊ぼうというのだ。

 話を蹴って実力勝負に出るよりも、話に乗った方が生存できる可能性は高い。業腹な事実だが。


 私が話を聞くというと、“笛吹き男”はこれまた嬉しそうに笑う。

 手を叩いてすらいるが、どうやって窓の外に立っているのだろうか。ここは二階なのだが。


「ルールは単純だぁ。おいらの魔物が一週間に分けてこの町を襲う。毎日一回、正午の時間にだ。それを撃退しきればそっちの勝ち。出来なければおいらの勝ちだ」

「……魔物の量は」

「遊びでおいらも手持ちをあんま消耗したくない。まあ、以前あんたが倒した牛頭が一日に一体と雑魚がまばらにってところだぁ」


 捌き切れない量ではない。もし、言っていることが本当ならばの話だが。


「そのぐらいなら、倒せるべ?」


 挑発的に笑われた気がした。

 こちらの力量を見て、ぎりぎりできるかどうかを攻めているつもりなのだろう。

 なるほど、確かに遊びだ。“笛吹き男”は虫かごの中の虫を戦わせるみたいな感覚で、私たちと魔物を戦わせようとしている。


 本当に、ふざけた話だ。


「内容はわかりました。そのうえで聞きます。私たちが負けた場合、この村はどうなりますか?」


 “笛吹き男”は不可解そうに首を傾げた。

 なんでそんなことを聞くのか本当にわからないという風に。


「んなもん、滅ぶだろうさ。おいらの知ったことじゃない。魔物どもが好き勝手やるさ」


 帰ってきた返答は到底受け入れられるものではない。

 そうならない様に、尽力しなければならない。


「ではもう一つ聞きます。遊びの最中に、貴方が倒された場合はどちらの勝ちになりますか?」


 今度はとても楽しそうに笑った気がした。

 体も横に振って、心躍るというのを体全体で示している。


「ヒヒヒッ。そんときはあんたらの勝ちだ。おいらは逃げるしかないさ。ま、出来ればの話だべな」

「なら、私はここで宣言しましょう」


 私は剣先を真っすぐ窓の外にいる“笛吹き男”に向け、宣言する。


「私は貴方を倒します。魔物の襲撃は正午ですね? それ以外の時間を使ってあなたを見つけ出し、必ずやこのふざけた遊びを終わらせます」


 村を守るために戦う。そのうえで、真向から遊びに乗ってやるつもりはない、と。

 私の宣言に、背後のモニカさんたちが慄いた気配がした。反抗してもいいのかと言う具合だろう。

 相手の機嫌を損ねて約束を破られたらたまったものじゃないだろうと。


 それは正しくも、間違いである。

 “笛吹き男”は言った。私のファンであると。ならば、私は私らしくあらねばならない。

 この邪悪な企みをただ見逃す、そのようなことは到底出来はしない。


「ヒヒッ、ヒヒヒッ! そうだ、それでこそだ!」


 今日一番嬉しそうな声を“笛吹き男”は上げる。


「いいなぁ、いいなぁ。その意気だ。かかってこい、あんたみたいなのをおいらはずっと待っていただ」


 まるで子供が念願の玩具を手に入れたかのように、“笛吹き男”ははしゃぎまわる。

 そこに邪気は感じられない。これほど邪悪なたくらみをしている人間とは思えないほどに純粋だ。


「王宮襲っても見つからなかった。どいつもこいつも薄汚い。それでこそだ、それでこそだぁ!」


 “笛吹き男”は大きく手を叩いて私を歓迎する。


「しかもおいらの同類と来た! これ以上の出会いはねぇべ。神様、ありがとうございますだ!」


 天を仰ぐように歓喜する。そのうえで、顔は見えないのだから気味が悪い。

 やはりマジックアイテムなのは確定だろう。

 マジックアイテムを持っているとなると、一つだけとは限らない。幾つか持っている前提で戦いを考えるべきだろう。


「じゃあな! 待ってる、待つだぁ! おいらのところまで追いかけてこい!」

「ええ、待ってなさい。必ずやその首取って見せます」


 はしゃぎまわった挙句、嵐のような男は飛び去っていった。

 窓を見ると、空を飛ぶ魔物に捕まってどこかへ飛び去って行くのが見える。

 なるほど。空も飛べるのか。これは捕まえるのは大変そうだ。


 私は深呼吸をし、確かに、決意を固めた。

 この戦い、必ずや勝利しなければならない。

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