第24話:目論見は霧の中

 厄介なことになった。厄介な人に目をつけられたというべきか。

 魔物の調査と言うのは嘘ではないのだろう。だってあの男は魔物を操れるのだから。

 問題とするべきは、これから私か取るべき行動だ。


 ギルドに連絡を入れに行く? いいや、ここを離れるのは論外だ。私がいなくなったとなれば、これ幸いとこの村を襲いかねない。

 私は脅されているのだ。この村を人質に。


 では、エイベンさんたちに行ってもらう? それも危険だ。

 下手に動いてエイベンさんたちが危険に晒されないとも限らない。

 あのふざけた男だ、何をするかなんて予想はできない。


 手紙を書いて村の人に届けに行ってもらうのもより危険だ

 一旦向こうの出方を伺うしかないか……? 私を呼び出したということは、何らかの目的があるはずなのだから。要求を聞いてみてから方針を立てるべきかもしれない。


 あの男の姿を脳裏に思い浮かべる。

 本当にふざけた男だった。何をしでかしてもおかしくない。

 今回だって、下手したら呼び出して困らせたかっただけとか言われても納得できてしまう。


「私を呼び出した後、何かしろとは言われませんでしたか」

「いいえ、それが何も。ただ依頼を出せと要求されただけです」


 代表者の方に聞いても、何も追加で情報は得られない。

 問い詰めても困らせるだけだ。


「……わかりました。一応、依頼通りに周囲に魔物の痕跡がないかどうかは調査します。“笛吹き男”が何か仕掛けている可能性がありますから」

「よろしくお願いいたします。あの、この村は大丈夫ですよね……」


 不安そうにこちらを見つめてくる代表者の方が私を見つめてくる。

 この村にも“笛吹き男”の悪名は届いているのだろう。怯え方が普通に脅されたそれではない。


 不安をやわらげて上げたいが、今の私に言えることは殆どない。

 気休め程度にしかならないだろう。


「何とかなるよう、全力を尽くします。こう見えて、一度“笛吹き男”を撃退したことがあるんですよ。惜しくも逃げられてしまいましたが」


 気休め程度でも言わないよりましだ。

 最悪なのはパニックを起こされること。守るべき後ろに気を払わないといけないなんて状況としては下の下だ。


 私の言葉に代表者は少しだけ安心したようだった。

 前回も出来たのなら、今回もできるのではないかと言う期待。


「では、私はこれにて一旦失礼いたします。仲間と今後の方針を話し合いたいので」

「ええ、ええ。是非、よろしくお願いいたします。どうか、この村を助けてください」


 私は話の終わりの合図として握手を求めて、代表者の方は快く応じてくれました。


 私は代表者の家を出て、エイベンさんたちが向かった酒場兼宿屋に向かう。

 合流して、“笛吹き男”についての情報を共有しないといけない。

 かなり危険な仕事になる。同行している彼らにも急いで教えないといけない。


「エイベンさん、ちょっとお話が――」


 酒場の扉を開いて、私は中にいるであろうエイベンさんたちを呼ぼうとして――


「おいいいぞ冒険者の兄ちゃんやっちまえ!」

「負けるなボビー! 外者なんかに負けるんじゃねぇぞ!」


 ——喧騒に飲まれた酒場を見た。

 テーブルが並ぶその真ん中で、顔や体の幾つかの部分から血を流しながらエイベンさんと屈強な農夫の方が殴り合っている。

 ガーディハーディ兄弟は観衆に混ざって野次を飛ばしているし、モニカさんは蹲っている。


 ……これは一体、私が離れている間に何があったのか?


「よくもやったな!」

「中々やるじゃねぇかひょろひょろ坊主の癖によぉ!」

「仲間に手を出されて引っ込んでいられるか!」


 私は喧嘩の邪魔をしない様に建物の壁沿いに移動して、一番話が通じそうなモニカさんのところまでたどり着く。

 殴り合いの方はエイベンさんの方が若干有利だろうか。体格差があるのに戦えているのは流石に冒険者で荒事をしているだけある。


「モニカさんモニカさん。何があったんですか?」

「ううぅぅ……。あ、リリィせんせぇ……」


 顔を上げたモニカさんは顔を赤くして、涙を目に溜めている。

 何となく状況を察した。


「誰ですか? 貴女を泣かせたのは」

「ち、違うんです。あの、私が不注意だったのが悪くて」

「安心してください。淑女に非礼を行う殿方は私が折檻してきて差し上げますから」

「待って、待ってください。リリィ先生まで参加したら収集つかなくなりますから!」


 半分は冗談。怒ったふりをして見せれば、少しはモニカさんも落ち着くだろうと思ってやった。

 止められなければ、エイベンさん諸共喧嘩両成敗にするつもりだったが、モニカさんが止めるのならばやめておこう。


「では、何があったんですか?」

「それは――」


 モニカさんが話をしてくれたのは、酒場に入った後の出来事だった。

 宿を確保しようとすると、若い女性と言うことでターゲットにされた。

 で、胸やお尻を触られたところ、エイベンさんが怒って殴り合いになったと。


 ……大人しく両成敗でいいのでは? 何ならこの場にいる全員なぎ倒してもいい。


「やっぱり待っててくださいね。全員叩きのめしてきますから」

「冗談、冗談ですよね先生!」

「冗談ですよ。ですが、困りましたね。話をしようと思ってきたのですが……」

「エイベン負けるなー!」

「そんな奴らなぎ倒せー!」

「貴方たちは騒がない」


 はやし立てるガーディハーディ兄弟を一回止めて、私はこれからどうするか考える。

 決着を待ってもいいが、あんまり怪我されるのも困る。

 あと、この状況の後で“笛吹き男”の話をしたくない。盛り上がっている場を冷やかすような形になってしまうから。


 悩んだ末、私は一つの結論を出す。


「モニカさん、ガーディさんハーディさん。先に二階に上がって宿の部屋に入りましょう」

「え、エイベンは……」

「後で別に話をしますよ。大丈夫です」


 放っておこう。殴り合いしているところに挟まっていいことはない。

 よくよく考えたら、前世の私も殴り合ってるところに割って入られたら嫌な思いをする。割って入ってきた人間を叩き切っていたかもしれない。

 だから。好きなだけ殴らせておけばいいのだ。殴り合っている人は。


 モニカさんは本当にいいのかちらちらとエイベンさんの方を見ていたが、当のエイベンさんはこちらが離れていくのに気が付く様子はなかった。

 まだまだ未熟だなと思う。殴り合いしながら周囲の気配も探るべきなのだ。


「何、大けがまではしないでしょう」

「俺たち喧嘩見てたいんだけどー」

「仕事の話です。方針を立てるため、こちらを優先してください」


 さてはて、これからどう動くべきか。

 それを相談したいのに、殴り合いに興じられてるのは少しばかり困った。

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