第23話:遊びの誘い

 道中は何事もなかった。しいて言えばガーディハーディ兄弟がモニカさんを怒らせて三人が体力を消費したせいで、少し道程が遅れた程度だろうか。

 きっと彼らはいつもこんな感じなんだろうなと思うと、少しだけ和やかな気持ちになれた。

 それはそれとして、人命がかかっている可能性があるのだから叱った。


 道中で魔物に遭遇することはなかった。いつでも戦えるように心構えはしていたのだが、出会うのは道行く商人ぐらいなもので、盗賊の気配すらなかった。

 街道がここまで平和なのは国としての整備が上手く行っているからだろうか。辺境の地だから盗賊があまりいないだけなのだろうか。

 どうでもいいことばかりが気になる道中でもあった。


 実際に目的の村についたころには、流石に全員気が引き締まっていて、問題が目立つようなことはなかった。


 目的地の村までたどり着いた。

 村の周りには木製ながら柵が建てられており、周りとの境界線がはっきりとしている。

 周りが森だけあって、防備とかを考えているのだろう。しっかりとした村長に仕切られているのだと認識できる。


 門もあり、門の前には槍を持った人が立っている。兵士と言う感じではない、村の自警団の人間だろう。

 自分たちで自分たちの村を守ろうとしている、素晴らしいことだ。


「もし、よろしいでしょうか」

「ん、なんだ。旅人か?」

「いえ、依頼を受けてやってきました、フォルテラの冒険者ギルドの者です」


 門番の人に話かけて、私はもらった仮の冒険者登録証を見せる。

 仮の物なので実際に有効なのか心配でドキドキしたが、なんともなく確認後返してもらえた。


「一応名前を聞いてもいいか? 仮の冒険者登録証だろう? 今のは」

「リリィです。まだ新参なので、本来の発行が遅れてまして……」


 私が名前を告げると、一瞬だが門番の人が眉をひそめた。

 すぐに何事もなかったように取り繕っていたが、私は見逃さなかった。

 やはり、今回の指名依頼には何か裏がありそうだ。


「後ろの彼らは?」

「今回調査依頼と言うことで、手伝ってくれるパーティの方々です」

「どうも、エイベンと申します」


 私の紹介に合わせて、エイベンさんたちは冒険者登録証を門番さんに渡す。

 確認している間、これまた少し表情が不安そうになっていた。

 私以外の人が来るのを想定していなかったのか、エイベンさんたちがFランクだから不安にいなっていたのか。


 実際冒険者のランクに関して詳しくない私は、真実がどちらなのかわからない。

 聞いてみようにも失礼だろう。何も言われないのなら、言わない方がいい。


「……はい、問題ないですね。どうぞ、お入りください」

「お仕事お疲れ様です。依頼の詳細をお聞きしたいのですが、まとめ役の方の家はどちらに?」

「それなら、入って真っすぐ行った先にある、広場左手の家ですね」

「ありがとうございます」


 私たちは門を開いてもらい、村の中に入る。

 少し違和感がある。付近に魔物が出たというのに、あまり門番の人が私たちを見て感情の起伏をがある用には見えない。


 普通、冒険者が来たとなれば安心するか、少しは事態が好転するかと思うはずだ。少なくとも、魔物の不安に怯えているようには見えなかった。


 きな臭いとは思っていたけれど、思ったよりも状況は複雑そうだ。


「……気づきましたか?」

「え、何が?」

「いえ、なんでもないです」


 すぐそばにいたガーディに話しかけてみるも、気づいた様子はなかった。

 エイベンさんたちの方を見ても、同じような感じだ。


 これは後で私の指示には従ってくれるように確認しておいた方がよさそうだ。

 彼らは頷いてくれるだろう。


 放っておいたら危険に突っ込んでいってしまいそうだ。


 村の中に入り、広場を目指す。

 そこまで大きな村ではなさそうだ。すぐに広場にはたどり着いた。


「あれですかね? 少し大きなあの家」

「そうですね。で、向こう側が宿屋かな」

「酒場と書いてあるように見えますが?」

「こういう村では酒場が宿屋を兼用してるですよ」


 なるほど。確かに冒険者ギルドも一回が酒場で、二階が宿屋だった。

 そういうものが一般的なのだろう。

 宿屋単体だと旅人や宿泊客がいないと成り立たないし、別事業をするのは必然と言えば必然だ。


 宿屋事業だけで生計を立てられるのは、よっぽど広い宿場町か、人の集まる大きな町ぐらいなものだろう。

 理由は理解できた。


「それでは、話を聞きに行ってみましょう。エイベンさんたちは宿の確保をお願いしてもいいですか?」

「わかった。何日かかるかわからないからだよね?」

「はい。今回は調査ですから、居ないならばいないという確証を得られるまで探す必要があります」


 疑いがあるから依頼が出たのだろうが、村人が驚いた拍子に間違えたという可能性もある。

 それを考えると、数日以上この村に滞在するのは確実とみていい。

 宿屋の確保は急務だろう。何日も野宿するなんて、体力と気力の面から調査に支障が出かねない。


 村の代表者から話を聞くのは私一人でよいとして、残りの四人で宿屋を取りに行ってもらった。

 私は代表者の家と思われる家屋の戸を叩き、声をかける。


「すみません。依頼を受けた冒険者ですが」


 少しすると、家の戸が開かれる。

 戸を開けてくれたのは、髪の毛に白髪が混じり始めた、初老のおじさんだった。

 私を見て、少しだけ疑うような視線を向けた後、私の髪を見た瞬間に顔色が明るくなる。

 どうやら、私を指名した人は特徴として私の髪色を伝えていたらしい。


 そして、私を指名した人はこの人ではない、と言う事になる。

 本当に一体誰が私を指名したのだろうか。


「ようこそいらっしゃいました。立ち話もなんですので、中へどうぞ」

「では、失礼いたします。依頼に関しての内容をお聞かせいただけると思っても?」

「ええ、もちろんです。どうぞこちらへ」


 私は導かれるままに家の中に入り、ダイニングにて席を進められる。

 癖で先に家主が座るのを確認するまで立ったままでいてしまい、少し苦笑いされた。


「それで、今回の依頼について色々とお聞きしたいのですが……」

「ええ、その前に、念のため尋ねさせてください。貴方は冒険者のリリィさんですよね?」

「はい、そうです」


 私がそう答えると、露骨に安心したように息を吐いて見せた。


「……何か事情がおありのようですね。お話していただけますか?」

「もちろんです。あの恐ろしい男について、話させてください」


 おじさんは話し出す前にもう一度周囲の様子を確認していた。

 何かに怯えているように。


「……彼は自分の事を“笛吹き男”だと名乗っていました」

「——本当ですか?」


 思わず問いかけると、おじさんは恐る恐る首を縦に振る。

 話は続く。


「彼はこの村に突如現れて、こういったのです。『一週間後に魔物がこの村を襲う。助けてほしかったら、この村にフォルテラの冒険者ギルドにいるリリィという冒険者を呼べ』と」

「それで、私に指名依頼が入ったわけですね」


 おじさんはこれまた首を縦に振る。

 私は思わず天を見上げたくなる。


 いつかまた関わることになるかもしれないとは思っていたが、こんな近日になるとは思わなかった。

 あの男は何がしたいのかさっぱりわからない。正直関わり合いたいかと言われれば関わり合いたくない部類の人間だ。


 厄介な人間に好かれてしまったのを、なんと形容すればいいのだろうか。


「それで、私は何をすればよいのでしょうか」


 気を取り直して、私は話を本筋に戻す。


「それが、呼べと言われてからは何とも……。我々としては他に手段もなく、依頼料もあの男がなぜか用意したのでそれを使いまして……」


 お金まで払って私を呼び寄せるなんて、本当に何がしたのだろうかあの男は。

 私は思わず嫌な顔を隠せないでいたのだった。

 見咎める人は誰もいなかった。

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