第26話:対応の話

 “笛吹き男”が去って、場の緊張が一旦緩和される。

 ふざけた男だが大犯罪者だ。ネームバリューに圧倒されるのは仕方がない。


「モニカさん。ガーディさんハーディさん、大丈夫ですか?」

「はい、怖かったぁ」

「あいつやばいぞ」

「やばいってか、やばい」


 やっぱり気脅されてしまっている。

 このあたりは経験が物を言う部分だ、仕方がないだろう。

 エイベンさんがいてくれれば少しは彼らも安心出来たのかもしれない。


 リーダーはまだ下で馬鹿をやっていそうだ。

 喧騒がこの部屋まで聞こえてきている。


「大丈夫ですよ。彼は私が相手します」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。一度交えましたが、純粋な実力は私の方が上です」


 “笛吹き男”自体は強くないのは確かだ。

 正面から数度打ち合えれば、切り伏せることはできるだろう。


 魔物さえいなければ。魔物の物量で押しつぶされるのが一番困る。

 個人で捌ける量には限界があるのだ。数をものともしないのは人の域を超えないとできない。


「あの、同類ってどういうことですか?」


 モニカさんは少し落ち着いたのか、先ほどの話の内容を咀嚼出来たようだ。

 そこで気になったのがそこなあたり、場面を見る目がある。


「……彼は獣と言っていました」


 おそらく、私の本性を示しているのだろう。ダン砦でお前は獣だと言っていたように。

 確かに私は剣を振るのが楽しくて仕方がない。前世は剣に狂っていた獣と言って差し支えない人生を送っていた。


 今世では違う。私はリリアンヌ・ディリットとして己を強く律している。

 断じて獣などには落ちない。


「彼から見ると、私は剣に狂った獣に見えるのでしょう。実際は、違いますけどね」


 困ったように笑ってみせれば、それ以上の詮索はされない。

 獣がどういう意味なのか。推測でしかないが、そう遠く外れてはいないはずだ。


「さて、それでは今後の方針を立てないとですね。……エイベンさんはまだやってるんでしょうか」

「あっ、えと、連れてきましょうか?」

「いえ、やってこないならやってこないでいいでしょう。こうなった以上、村人と親睦を深めてもらえれば幸いです」


 遊びのルールが明確化されたことで、村人との連携が大事になった。

 時間の管理はもちろん、周辺地理の状況や人が隠れられそうな場所の心当たりなんかは現地民の方が遥かに知見が深いことだろう。


 防衛に関しても、助けてもらえる部分があるはずだ。

 何も、全てを全て私たちがやらなければならないわけではない。


 できるところは手伝ってもらおう。後で代表者の方に話をしに行かなければ。


「私たちにできる事は、ひとまずは明日に備えることです。明日の襲ってくる戦力を見て、どれだけ余力を残せるかで今後の動きを変えられます」

「最初の日は様子見でちょっと弱かったりするんじゃないか?」

「可能性はあるでしょう。でも、それならそれで動ける時間が増えるだけです」


 ガーディの懸念はもっともだが、意味がないものだ。

 “笛吹き男”の性格的に、徐々に強い魔物をぶつけてくるだろうが、取れる対策は何一つとしてない。

 せいぜい、余力を残して次の日に備えましょうと言うぐらいだ。


 こうなったら、あの赤い靄の力に頼らないといけないかもしれない。

 あの一時だけ現れたあの靄。出てくる条件さえわかれば、役に立ってくれそうなのだが……


「“笛吹き男”を捕らえるために周辺地理の把握、魔物の撃破および村の防衛。大きく分けて私たちがやるべきことはこの二つになります」


 “笛吹き男”を捕らえに行く場合、私一人で動くことになるからモニカさんたちの役割は実質一つだ。

 本来なら、付き添いで知識だけを提供してもらうつもりが危険な目に合わせて申し訳ないが、一蓮托生で力を貸してもらう。


 こちらが戦う分には何もしないだろうが、あの様子だと逃げ出そうものなら何をしてくるかわからない。

 私が逃げない限りは大きな反応はないだろうが、水を差される可能性があるのを“笛吹き男”が見逃してくれるかどうか。見逃してはくれなさそうな気がする。


「エイベンが殴り合っているのが役に立つの? マジで?」

「ああいうのは一度殴り合った方が仲が深まるものなのですよ。多分」


 前世ではそうやって仲良くなった知人が何名かいた。

 殴り合いではなく殺し合いだったが。些細な違いだろう。


 今世ではそんな野蛮なことはしたことがない。

 せいぜい令嬢らしく口で言い合うぐらいなものだ。


「もう本日は正午は過ぎていますから、彼が言う遊びが始まるのは明日以降でしょう。今日はしっかりと準備に充てたいですね」

「うぅ。大丈夫かな……」

「安心してください。私が守りますから」


 不安がっているモニカさんの手を手で包んで、落ち着かせる。

 包まれた手が震えているあたり、本当に恐ろしいのだろう。


 ダイウルフと言うあの魔物四体程度に手間取っている実力だ。

 モニカさんが魔法を使えるようになったとはいえ、まだまだ未熟者。戦力強化されたとは言いづらい。


 恐ろしいのは当然だ。でもやらなければならない。

 座して死を待つことほどくだらないことはない。死ぬならば、最後まで足掻いて死ぬべきだ。


「魔物の量を聞く限りでは、大物は私しか対処できないでしょう。木っ端を処理しつつ戦うので、漏れたものの足止めをしてもらうだけで構いません」

「もし、もしリリィ先生が負けたら?」

「そのときは……私を見捨てて村の人と一緒に逃げてください」


 私が負ければ、“笛吹き男”は容赦なく魔物の破壊衝動のままに村を破壊させるだろう。

 彼にとってはここは遊び場の一つ。しかも、即興で用意した捨ててもなんも惜しくもない場所だ。躊躇う理由がない。


 “笛吹き男”が自分を獣だという理由が何となくわかってきた。

 彼は自分の欲求に忠実なのだ。子供らしいと言えば子供らしく、純粋と言えば純粋に。


 問題は、その純粋さが悪に向いてしまっているということだ。

 道具だよりの可能性もあるが、能力もあるのが更に問題を複雑化させている。


「そんなこと……っ!」

「いいえ。約束してください。私は仮ですがEランクです。上のランクとして、皆さんを無事に返す義務があります」


 実際に冒険者にそういう階級制度があるのかはわからないが、リリアンヌとしては上の者は下の者を守らなければならない。


 ギルドの階級の話を持ち出すとモニカさんは強く言えないのか、黙ってしまった。

 実際に実力も上だと認めてくれるからこそ、と言う面もあるのだろう。


「大丈夫です、負けませんよ。何と言っても一回勝ってますからね」


 強がりだ。次も勝てる保証はない。

 それでも、少しは安心出来たのかモニカさんの顔色は多少なりともよくなった。


 ふと、聞こえてきていた喧騒が聞こえなくなってきているのに気が付いた。

 代わりに二階に上がってくる足音が聞こえてくる。


「ごめんごめん。ちょっと熱くなっちゃって……」


 空気を読まず入ってきたエイベンさんの顔は所々腫れあがっていて、壮絶な殴り合いを彷彿とさせた。

 最初に笑ったのはガーディハーディ兄弟だった。

 つられて、モニカさんも笑いだす。


「あれ? ひょっとして何かまずかったかな?」

「いえいえ。いいタイミングでしたよ。では、エイベンさんにも情報を共有しましょうか」


 先ほどまであったことを伝えると、これまた驚くのでまた宥める作業をすることになった。

 エイベンさんも取り乱すのなら、一緒にいなくて助かったかもしれない。

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