第27話:説得

「——と、言うわけで村の方々にも協力を願います」


 私は再び代表者の方と話をしに来ていた。

 狭い村で、先ほど話をしたばかりだ。すぐに話はついた。

 エイベンさんたちは殴り合っていた村人の方々と話をしてもらっている。

 直接的にも話を通して、協力を願う形になる。


「いや、しかし、魔物を倒すのは冒険者の仕事なのでは?」

「今回の依頼内容は、魔物の調査です。その依頼内容が偽りのものであった以上、我々は義務を果たす義理がありません」

「私たちは脅されたんですよ!?」

「被害者であることは否定しません。同時に、我々も被害者であることに違いはありません」


 私としては彼らは守られる側なのだが、エイベンさんたちが関わっている以上彼らの生存率も高めなければならない。

 防衛だけでいいのだ。迎撃に出る必要性はない。


「我々に出来うることはしますが、それだけでは十分とは言い切れないでしょう。皆さんの自衛意識も重要になってきます。なにせ、我々が対応している背後から魔物が迫ってくる可能性すらあるんですから」


 私は必死に事態の緊急性を訴えかける。

 村人たちは手助けしてくれることになっても、代表者が頷かないと取れる行動に大きな制限がかかる。

 逆もしかりだが、そこはエイベンさんたちの事を信じるしかない。

 殴り合いしてわかり合っていてくれたことを祈ろう。


 私の仕事は何とかこの人を頷かせることだ。


「よくよく考えてください。この村の存続にかかわる話なのですよこれは」

「そ、それは……」

「出来うる限りのことを尽くす。ただそれだけでよいのです。決して、矢面に立ち魔物と相対するわけではありません。この柵に囲まれた村から出る必要もありません」


 責任を果たせと訴えかけると、代表者の方は揺れているようだった。


「というか。魔物が襲ってくるのは一週間後と言っていたはずじゃないか! あの男!」

「あのふざけた男に何を期待しても無駄ですよ。自分勝手な子供のような男ですから」


 そういえばそうだった。

 実際に依頼が来てからどのぐらいだっただろうか。逆算しても一週間は経過していないだろう。

 そこは諦めてもらうしかない。あの男に真っ当な理論を求める方が間違っている。


 あの男は興味がないことは適当に行うタイプの人間だ。一週間ってのもそれっぽい期限だけ言っておこうという形だろう。


「……わかりました。私の名前で許可を出しておきます。どうか、この村をよろしくお願いいたします」

「はい。微力を尽くします」


 これで約束は取りつけられた――


 代表者の家を出て、エイベンさんたちと合流する。

 彼らの方は素早く話がまとまっていたようだ。私が待たせるような形になってしまった。


「お待たせいたしました。こちらは無事に約束を取り付けられました」

「こっちも大丈夫だ。ばっちり協力してくれるって」

「エイベンが殴られたのは無駄じゃなかったんだなー」

「ただ殴られただけみたいな言い方はやめてくれないか!?」


 緊張感のないやり取りに思わず少し笑ってしまう。

 よくよく見ると、彼らも少し震えている。今から恐怖がこらえきれないのだろう。

 これも恐怖を紛らわせるためのやり取りか。


 どうにしてでも、守らなければならないな。

 私の責務だ。


「では、酒場に戻って村人の方々と実際の明日以降の状況について話し合うとしましょうか」


 私は彼らを率いて再び酒場兼宿屋に戻る。

 不思議と力が湧いてくる気がしてきた。守るべき人がそこにいる。それだけで、幾らでも戦える気がする。

 リリアンヌ・ディリットとしての本懐を遂げているようだ。


 ——実際の内訳や状況について説明をし、協力内容や実際にそれぞれが行うことを話し合った。

 村人の方々はこの村への愛が強いのか、協力的だった。エイベンさんが殴り合った効果もあったのかもしれない。


 具体的な方針は、魔物がどの方向から現れるのかを目視で確認するのを村人にやってもらい、私たちは報告を受けて迎撃に行くという姿勢を取ることにした。魔物がどこからどのような形で襲ってくるのかわからない以上、数少ない戦力を分散させることはできない。


 話が終わるころには夜になっていたため、そのあとは自然と解散の流れになった。


 私とモニカさんは同室で、二人で一部屋を使う事とした。残り三人も一つの部屋にまとめた。

 宿屋のお金は私が出した。明日以降魔物と戦うというのに、流石に雑魚寝をさせるわけにもいかない。


「……ねぇ、リリィ先生」

「なんですか、モニカさん」

「勝てるかな。負けたりしないですよね」

「勝ちますよ。あのような輩に負ける正義はありません」


 口にしてみたはいいが、薄っぺらい言葉だなと自分でも思った。

 正義。それはあえて私が口にしてこなかった言葉だ。


 正義なんて言葉を信じないのは、前世での教訓があったからだ。

 正義の名の元に朽ち果てた町があった。正義の名の元に殺された子供がいた。正義の名の元に起こった戦があった。

 戦いの中に身を興じると、嫌でも耳にする言葉が正義だ。


 誰も彼もが正しくあろうとする。実際に正しくなくとも、正しいと信じようとする。

 私もそうだろうか。正しくあろうと努めているが、正しくないことをしているだろうか。

 わからない。


 わかっているのは、“笛吹き男”は間違っているという事だ。あの男の凶行は必ずや止めなければならない。


「まずは明日を生き抜きましょう。大丈夫、私の強さはご存じでしょう?」

「エイベン達が毎日地面に転がされてたもんね。うん、信じます」


 不安は迷いを生み、迷いは隙を生み、隙は死を招く。

 戦う人間には何かしら信じられるものが必要だ。

 モニカさん達には、まだ教えられていなかったが、今回の戦いを通じて教えることになるだろう。


 明日から始まるのは何が起こるかわからない不利な戦だ。

 そういうときにこそ、心を強く保たなければならない。

 

「なに、危なくなったら呼んでくれれば駆けつけますよ」

「あはは、足を引っ張らない様に頑張ります。逆に、リリィ先生が危険になったら私たちが頑張りますね」

「ええ、楽しみにしてます」

「あー、信じてない」

「そんなことないですよ」


 軽口をたたいている間、モニカさんの体の震えは徐々に収まっていったようだった。

 話の続きを待っていると、代わりに健やかな寝息が聞こえてくる。

 安心出来て眠ってしまったのだろう。


「……私も眠らないとですね」


 明日からは戦闘続きの日々が始まるだろう。

 今はゆっくりと体を休めなければならない。


 私はそっと目を閉じ、深い眠りへと落ちて行った。

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