第12話:嵐よ来たれり

「おら主役が飲まねぇでどうすんだ!」

「いえ、ですから私はお酒は飲めませんので」

「俺がお前さんぐらいの年の頃には飲んでたぞ!」

「遠慮しておきますね」


 歓迎の宴と言うことで、ギルド内に戻って飲みの場が始まった。

 私が来る前から飲んでたと思うが、とにかく飲む口実が欲しいのだろう。きっと沈んだ夕日にも乾杯できる人種だろう。


 エイベンさんたちも人々に揉まれて酒を飲まされている。

 助けを求めてきたら助けるかもしれないが、向こうの方が慣れているだろう。郷に入っては郷に従えともいう、冒険者となる以上冒険者としての振る舞いは大事だろう。


 私の場合は、冒険者以前にリリアンヌとしての体裁がある。

 国外追放された身とは言えど、勘当されたわけではない。ならば、リリアンヌ・ディリットとして恥じぬ行動を心掛けなければならない。


 その意味では、先ほどの試合は失敗だった。つい楽しくてたがが外れてしまった。

 今後は気を付けなければ。


「ガードが堅いねぇリリィちゃん。お酒は苦手かい?」

「苦手、と言うと確かに苦手ですね。剣が鈍ります」


 中々場に馴染んでなさそうな私を見かねて、メレディアさんが声をかけてくれた。

 酒は剣を鈍らせる。酔えば酔うほど強くなる戦士も世の中にはいるらしいが、私ではない。


 酒は感覚を麻痺させる。現実も曖昧にしてしまう。

 だから彼らは酒を飲むのだろう。いつ死ぬかもわからない恐怖と戦うために、戦う前に己を鼓舞するために。


 私は違う。私は逃げることを許される身分ではない。

 現実を見て立ち向かう義務がある。考え続けて戦う義務がある。


「真面目だねぇ。少しぐらいいいじゃないか、奴らも寂しそうだよ」

「馴染まないつもりはないんです。ただ、お酒は厳しいというだけで……」

「まあ、飲めない女の子に無理に飲ませるのも無粋かね。わかったら、ほらほら、お前ら散った散った」


 メレディアさんは私が頑なに飲まないのを確認すると、場がめない様に気を利かせて方向性を切り替えてくれた。


 飲めないのかどうかは正直わからない。前世でも碌には酒に頼ったことはないから。リリアンヌになってからも、口にはしていない。つけ込まれる隙を与えたくなかったからだ。

 嗜んだ方がいいのかもしれないと思いつつ、もしもを考えるとどうしても手を出せなかった。


「すみません。水を差すような真似をしてしまいました」

「なあに、そういう事もあるさ。冒険者ってのは所詮個人の集まり。それぞれがギルドの規則内で自由に過ごせる。上も下もあるもんか」

「……でも、彼らは繋がりを重んじるんですね」


 私とメレディアさんは騒ぎの中心から少し離れて、カウンターに腰かけた。

 机並ぶ酒場部分では、飲み合いや酒のかけ合いが起こっている。


 少しメレディアさんから目を離すと、どこからか水を用意してくれた。

 メレディアさんは私に水を渡すと、彼女が持っている酒のコップを寄せて乾杯のポーズを取ってくれたので、形だけでも乾杯をした。

 水ならばと口を付ける。


「何を気負っているのかは知らんがね。少しぐらいは肩の力を抜いてもいいんじゃないかい?」

「そうもいきません。メレディアさんはおおよそ私の境遇に目星をつけてらっしゃるんでしょう?」


 私の問いに、メレディアさんは曖昧な笑みで回答をする。


「知らんね。私は所詮ただのギルドの一員。ただ新入りを気にかけてやってるだけの、面倒見のいい姉さんってだけさ」

「……ありがとうございます」

「さて、何のことだろうね」


 詮索されないのは非常に助かる。

 身内に入れた人には優しい人なのだろう。その分、身内を傷つける人には苛烈になるだけで。


 もう一度水に口を付けると、唐突にギルドの扉が勢いよく開け放たれた。


「緊急! 緊急! スタンピードだ! 魔物の大量発生が確認された!」


 入ってきた兵士は息も絶え絶えの中、ギルド中に響き渡るような大声で叫んだ。

 駆け込んできた人物は泥だらけで、体のあちこちから血を流している。

 門のところで手当てを受けてこなかったのだろうか。それとも制止を振り切って無理やり駆け込んだのだろうか。


「落ち着いて話しな。スタンピードは騎士たちの区分、魔物討伐部隊はどうしたんだい」

「討伐部隊は、不意を打って出てきた魔物により打撃を受け、全滅っ! 緊急につき、冒険者ギルドに救援を求む!」

「場所はどこだい」

「北方、ルガウィッチ周辺っ! ダン砦!」


 祝いの席で盛り上がっていた空気が一瞬で引き締まる。

 人によっては既に武器を構え、いつでも出陣できるように気を引き締めている。


 聞くことは聞いた後、メレディアさんは静まったギルド内を一瞥し、手を振って号令を放つ。


「お前たち、話は聞いたね! スタンピードとなればうちの戦力の大半を使って対応することになる! ギルドに残る人物を選出し、急ぎ現場に向かうよ!」


 号令に呼応して、雄たけびのような叫びが建物内に反響する。

 凄まじい士気の高さだ。先ほどまで酒で笑い合ってた人々と思えないほど殺気立っている。


「各自武装の準備をして解散! 明日の朝には出発するから、そのつもりでいるんだよ! 残る人物は後程ギルド側から選出して発表する!」


 メレディアさんの一令の元に、人々が一斉にばらけて行動を始めた。

 軍隊にしては統率がない。傭兵にしては規律正しい。これが冒険者なのだと間近に見た。


「悪いねリリィ。祝いの席がぶち壊しだ」

「いいえ。それよりも、私も連れて行ってくれるんですよね?」


 私が腰の剣に手をかけて問うと、メレディアさんは苦虫をかみつぶしたような顔をして言葉をひねり出した。


「……本来なら、新入りに任せるような仕事じゃないんだよ。そのぐらい危険なんだ、スタンピードって言うのは」

「ですが、私は必ず役に立てます。自由に動きまわれて、それなりに強い駒。是非活用してください」

「わかってるさ。あんたは強い。動きも機敏で、恐怖をおくびにも出さない。絶対に参加してもらうよ」


 私は頷くと、旅支度を整え直すために一度机の上に装備を広げた。

 その様子にメレディアさんは慌てたようにこちらへ手を伸ばして制止をかける。


「待ちな待ちな。うちの二階の空き部屋を使っていいから、そこでやりな。装備をこんなおおっぴろげなところで広げるんじゃないよ」

「ですが、まだ私は――」

「いいから。もうあんたはうちらの仲間なんだ。ほら、部屋の鍵だよ。一番奥の部屋だから、好きに使いな」


 ポンとカギを投げ渡されて、私は少しだけ戸惑う。

 本当にこの程度のやり取りでいいのだろうか。諸々の手続きとかは後回しでいいのだろうか。

 いいや、緊急時には人命こそ優先される。

 こんなところで躓いているぐらいなら、さっさと部屋に入って装備を整えて戦闘に備えた方がいい。


 メレディアさんは明日の朝に出発すると言っていた。私は必ず連れて行ってくれるとも。

 なら、私のやるべきことはそれまでに万全の状態を整えておくことだ。


 今から出発でないのは、おそらく今から出発しても日が暮れるまでにつける距離じゃないからだろう。到着予定時間も込みで、明日の朝に動いた方がいいと判断したに違いない。

 剣の手入れ、体の疲労の改善、装備の確認、やるべきことは幾らでもある。


 私は鍵を持ってギルドの二階に上がり、さっそく渡された部屋の中に駆け込んだ。

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