第13話:スタンピード
ギルドにおいて行かれるのは数名のベテランと、私を除いた新人たちのようだった。
エイベンさんたちも駆け出し判定だったのか、ギルドに残されるように指示されたようだった。
モニカさんが涙ながらに無事を祈ってきたときに聞いた。
私からしても、あの程度の魔物に四人がかりで手こずるなら危ないだろうと思う。
あと残る面子は私は知らない面子が数人——ベテランではあるのだろうけれど――選ばれたみたいで、彼らは少し残念そうにしながらもメレディアさんの指示に従うようだった。
一緒に戦えないことを悔やんでいるようで、彼らの為にも戦わなければならないと覚悟を一層深くした。
冒険者は総勢二十若干名。四人パーティが四組、後は私も含めて個別で動いている人が何人か。
統率する人と、管理する人達がギルドから数名同行している。メレディアさんも来ている。
私たちは早朝に町を出立し、丸一日の道を歩き目的地付近までたどり着いた。
急ぎなのに馬を使わない理由は、おそらく魔物に怯えてしまうからだろう。馬が途中で怯えてしまうと、乗っている人間が危険に晒される。
スタンピードだと、どのあたりまで魔物が動いているか予想が難しいらしい。だから、馬でどこまで近づくかの判断が難しく、結果として歩きになったと予想している。
「そろそろダン砦付近だよ。全員、いつでも戦えるように気を引き締めな」
「ここまで魔物とは出会わなかったが……」
「そう、それがおかしいんだ。魔物討伐部隊が襲われたらしいというのもあって、今回のはかなり不気味じゃないか」
私はこっそりちょうど隣にいた名前も知らないおじさんに話しかける。
「すみません、何がおかしいんですか?」
「ん? ああ、新入りだもんな。スタンピードってのは、とにかく予想がしづらいのが問題なんだ。統率の取れてない魔物の群れが、縦横無尽に暴れまわる。それがスタンピードの常だ」
「……統率が取れすぎていると?」
私の問いに、おじさんは黙って頷く。
つまり、通常のスタンピードならばもっと群れからはぐれた魔物が周辺にいてもおかしくないのだ。
それが全く見当たらない。なるほど、不自然だ。
「救援要請が嘘だったというのは?」
「国の兵士がそんな悪質なことするかい馬鹿。とにかく、こうなったら砦まで向かうよ。実地の兵士たちに話を聞こうじゃないか」
「ルガウィッチに寄って情報収集するのは?」
「無しじゃないが、本当にスタンピードなら時間との勝負だ。急ぎたいね」
目的地が定まったことで、私たちは再び進み始める。
ダン砦は場所としては平地にある砦で、ティエラとの国境沿いにある砦の一つだ。
大きくはないものの、役割は明確。
要所からは少し離れているものの、ないと要所の砦が挟撃される可能性がある。脇道を封じるための要塞だ。
わざわざ襲うかと言われると、少し微妙。私がティエラの軍を操るならば、脇道から攻め込まずに正面から魔法で攻め込んだ方が遥かにいいと結論を出す。
こちらの砦から回り込まれて挟撃される可能性があるが、補給路を断たれる心配があるほどの影響力があるわけじゃない。
「……本当に静かだね。全員、武器の構えだけは解かないこと」
私たちはダン砦の前まで何事もなくやってこれた。
こうなると、誤報だったんじゃないかと疑う空気が一行に流れ始める。
——私は、逆に緊張が深まっていた。いつでも剣を抜けるように構えている手から、汗が垂れ落ちる。
「こちらフォルテラの冒険者ギルドの者! 救援要請につき駆けつけた、門を開けられたし!」
門の前でメレディアさんが声を張り上げて名乗りを上げた。
私は周囲を見渡す。
敵影はない。ただし、砦の石壁の上にも人影がない。
砦に兵士が残っている兵士がいるならば、周囲の見張りを立てないはずがない。
魔物も、兵士もどこに消えた?
まさか――
私が気が付いた瞬間、メレディアさんの声に応じてか砦の門が開き始めた。
開ききる前に、私は叫ぶ。
「魔物は砦の中です!」
叫ぶのと同時に、私は一行の一番前に踊り出て――扉が開くと同時に飛び出してきた魔物を切り伏せる。狼型の魔物だった。
砦の扉が開き切る。その先には、数え切れないほどの数と種類の魔物らしき影が蠢いていた。
門の隙間から飛び出してきた二体目の魔物も私は切り伏せる。
「——っ! 全員、戦闘準備!」
メレディアさんの号令で、一拍遅れて冒険者たちが動きだした。
冒険者が動きだすのと同時に、門から魔物が溢れ出してくる。
乱戦が始まった。
私は最前線で剣を振るう。
私が狙って処理をするのは小型の魔物だ。動きが素早く、乱戦の中で最も厄介な魔物。
特に背後で待機している非戦闘員のところにまで到達する恐れがあるのが、こういった素早く体躯が小さい魔物だ。殺せるものが殺した方がいい。
もちろん、通りすがりに殺せる魔物は殺していく。
大型の魔物は、大剣を持ったランダンさんや、私の身長ほどありそうな巨大な弓を持った冒険者の方が処理してくれている。
他の人は彼らが戦うのに合わせて、邪魔にならない様にかつ魔物が逃走しない様に包囲して殲滅の構えだ。
統率が取れている。役割分担も完璧。このままいけば、問題なく殲滅しきれるだろう。
——本当に?
私の直感が警鐘を鳴らしている。
何かがおかしい。何かが違う。
何がおかしいのか、何が違うのか、私は戦場を駆けまわりながら考える。
魔物が砦の中に閉じこもってた理由? 砦の周りに魔物がいなかった理由?
違う、違う、違う。
私は考え、神経を集中し、答えにたどり着く。
「……音だ」
そう、音が聞こえるのだ。笛の音だろうか。戦場には似つかわしくない、美しい音。しかし、歪な音。
私は再度周囲を見回す。魔物の中に笛の音を出してるような魔物はいなさそうだ。
それでも、音に集中すれば、魔物たちの動きと笛の音が連動していることに気が付く。
同時に違和感の正体も理解した。魔物たちの鳴き声があまりにも小さい。
戦闘となれば、もっと威嚇のための咆哮を上げたりするものだろう。それがない。
魔物たちはただ戦うためだけに牙をむき出しにし、断末魔すら満足に上げずに死んでいく。
まるで、笛の音を邪魔しない様にしているかのよう。
音の発信源はどこだ。耳を澄ます。意識を聴覚に集中する。
集中すれば、どこから音が漂ってくるのかがわかる。砦の中だ。
砦の中に、魔物たちを統率している存在がいる。
「砦の中に魔物を統率している存在がいます!」
「おい、危ないぞ!」
「砦の中に強行します。皆さんは維持をお願いします!」
私は魔物の背を蹴っては飛び上がりを繰り返し、砦の門の中へと走り込む。
避けられない魔物は切り捨てて、避けられる魔物は避けて、とにかく砦の中へ。
砦の門を超えると、今度は砦建物内部から音が聞こえているのがわかる。
私を誘うかのように妖艶に、耳から離れないほどはっきりと。
砦の外から声が聞こえる。私を心配する声だろうか。何とか前線を上げようとしてくれているようだ。
少しだけ背後を見る。魔物たちは砦の内部に入った私よりも、砦の外のみんなへ意識を向けていた。
やはり、笛の音で指示を出されているようだ。内容は、砦の外に来た人間を襲えと言ったところだろうか。中の人間には手を出さないようになっている。
無抵抗の魔物をこの場で襲ってもいいが、統率を取っている存在を叩いた方がいいだろう。
何かをまだ企んでいる可能性もある。罠があるなら、罠を発動される前に止めてしまった方がいい。
私は砦の建物内部へと走り込む。
笛の音は嫌と言うほど響き渡っていた。
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