第31話:発見

 七日目の早朝、私は思考を加速させていた。

 前提のどこが間違っていたか、と言うところだ。

 そこがわからなければ、また無駄足を踏むだけになる。そして、この場の無駄足と言うのは”笛吹き男”を取り逃すことに違いない。


 必死に考えなければならない。残された時間はもうない。

 答えを間違えられる猶予は使い切ってしまった。


 何か、何かを思い違いしている。


 一度思考を冷静にしなければならない。

 順を追って、情報を整理していこう。ダン砦の出来事から思い返していく。


 ダン砦ではどのように襲われたのだったか。

 そう、何もないところから魔物が突然現れて、砦がスタンピードの嵐に見舞われたと言っていた。結局、魔物が現れたところを調査したが、めぼしいものは見つけられなかったとメレディアさんは言っていた。


 次に、スタンピードで現れた魔物たちは皆統率が取れていた。

 笛の音が聞こえていたから、笛の音で“笛吹き男”が指示を出していたのだと思われる。

 “笛吹き男”が消えてからの魔物は統率が取れなくなったので、これ正しいはずだ。


 笛吹き男はあの緑の笛を吹いて魔物を操っていた。緑の笛は硬く、容易には切れない硬度だったことから魔道具の一種だと思われる。


 また、殺そうと襲ってきておきながら、終わったら握手を求めてくるなど人を小ばかにしたような態度が非常に目立つ。


 ダン砦で得られた情報はこのぐらい。次に、この村に来てから追加で得た情報を考える。


 村の周囲の森には魔物の気配はなかった。魔物の集団で移動した痕跡もなく、魔物はどこからやってきているのかわからない。

 それだけでなく、村の周りの森には生物の痕跡も全然なかった。いたのは虫ぐらいだ。


 魔物は東門の方角から道伝いにやってくる。やってくる魔物の痕跡は、道の途中で途切れていて追うことができなかった。


 魔物の数は既に倒した分だけでも大型が六体、小型は二十を超えている。流石に移動させていれば痕跡が残らない数ではない。

 遠目に見ても問題が起きる。人目が付くようにいられる数ではない。


 さあ、何が間違っている?


「何かが違う。何かが間違っている」


 先入観を捨てられるかどうかの勝負だこれは。

 残っている候補の場所を考えれば、自ずと答えは絞られる。


 一つは、北から東にかけて広がっている平原。

 一つは、南の川向こうの森の中。

 一つは、確率は非常に低いがまだ探していない北の森の中。


 しばし時間をおいて、私は考え続けていた。

 不意に思考を中断させるように、一階から騒ぎが聞こえてくる。

 朝早くから喧嘩でも起きたのかと思って、様子を見に行くことにした。


「お前のせいで俺の飯が落ちたじゃねぇか!」

「うるせぇ! お前がうだうだ一生言ってるのが悪いんじゃねぇか!」


 喧嘩だった。

 宿屋の主人が迷惑そうにしながら、木の皿を拾っている。

 床に落ちた料理は目玉焼きとサラダのようだった。


 こういった農村の朝食にしてはかなり豪華な内容だったが、確かこの村には養鶏場もあったなと思い出す。

 そこで取れた卵を使っているのだろう。


 ……卵?

 引っ掛かりを覚えた。少しだけ考える。なぜ卵で引っ掛かりを覚えた?

 直感が正解を掴んだ。後はそれを持ってくるだけ。

 思考はそんなに長くは必要なかった。


「——ふざけた話ですね、本当に」


 私は喧嘩を放置して踵を返す。

 もうそんな時間は残っていない。さっさと部屋に戻って剣を取ってこなければならない。


 突飛のない発想だった。

 もしそうならと考えると、ゾッとする。

 “笛吹き男”はダン砦だけでなく、王宮も魔物を引き連れて襲撃していた。なら、その魔物はどこから来た?


 私はこれを転移だと予想していた。遠くの場所から転移で魔物を送りつけていたのだと。

 魔物を制御し、転移で送りつける。驚異的な戦術だ。


 だが、冷静に考えればそれは違うとすぐに分かったはずなのだ。

 転移ならば、転移先と転移前の場所を繋げる印が必要となる。王宮という警備が厳重にされている場所にそんな大規模な魔物を送り付ける印を残せるか? 答えはノーだ。


 ダン砦だけならば話は違った。魔物を転移させた後、すぐに魔物を使って陣を消せばいい。準備に時間はかかるが、目立たなくさせることはできる。

 ダン砦は防衛の要所でもない。必要だから砦があるだけの場所だ。王宮ほど警備は厳でない。


 転移ではない。にもかかわらず、何もない場所から魔物が大量発生する。

 それならば、答えは一つしかないだろう。本当に、何もない場所から魔物がのだ。


 そう、私が間違えていた前提は、“笛吹き男”が魔物を引き連れているという部分。

 “笛吹き男”は魔物を引き連れていない。何らかの手段で、その場その場で生み出している。


 魔物を引き連れていないのはら、移動の痕跡が残らないのも理解できる。

 道の途中で忽然と魔物の痕跡が消えたのも、その場で生み出されたと考えれば納得できる。


 ならば、私を最も馬鹿にするためにあの男が待ち受けているであろう場所も、推測ができる。


 私は剣を持ち、村を東門から飛び出した。正午まではまだまだ時間がある。予定時刻よりも早く、あの男がいる場所にはたどり着けるだろう。


 走る。走る。全力で道を駆けぬける。

 正午の襲撃が始まるよりも早くたどり着かねばならない。

 モニカさんはまだ眠っていた。昨日の戦闘で疲れていたのだろう。エイベンさんたちに何らかの手段で情報を残せばよかったと今更思う。


 時間がないなりに、できる事はあったかもしれない。

 焦りで気を回せていなかった。

 こうなれば、素早く事を終わらせて戻ろう。


 そして、そこにたどり着いた。

 奴は、いた。


「……ヒヒッ。遅かっただぁな。待ちくたびれただぁよ」

「お待たせしました。随分と的外れなメッセージが送られてきていたもので」


 東門から道を辿って行った先。私たちが村に来る前に通ってきた道。

 その森と平原の境目に、“笛吹き男”は立っていた。

 周囲に魔物の姿はなく、ただ一人で。


「おいらのメッセージに気づいてくれて嬉しいさ。『生物はいない』、気が付いてくれただか?」

「遠回しすぎて、社交場を思い出してしまいましたよ」

「ヒヒッ。嬉しいなぁ、そういうの憧れてたべ」


 周囲の森から動物が姿を消したのは、やはり“笛吹き男”の影響だったらしい。

 そういう事もできるという事なのだろう。


「一体幾つ魔道具を持っているんですかね、あなたは」

「いっぱいだな。流石に手数までは教えられねぇだぁ。でも、会いに来てくれたお礼に少しだけ教えるさ」


 そう言うと、“笛吹き男”はローブの下から見覚えのある緑の横笛を取り出した。


「こいつは“大罪器”って言う、特殊なアーティファクトだぁ。魔物を操るだけの笛ではねぇだよ」

「……魔物を生み出し、操る笛ですか」

「ヒヒッ。残念だが、そう上手くはいかねぇべ。こいつは収納した生物に応じて、魔物を生み出してくれる笛だ」


 収納した生物に応じて魔物を?

 思い出してみると、スタンピードの時も、今回も、魔法生物のような魔物は出てこなかった。動物の姿をしている、どこか面影を残しているかのような魔物ばかりだ。


「人を使えば人型に、犬を使えば犬型に、トカゲならトカゲの魔物になるだ。どのぐらいの強さになるかは、混ぜ合わせた素材の量や質に影響するみたいだぁな」

「——『人』をですって?」

「これは失言だったか? ヒヒッ」


 なんともおぞましい魔道具だ。そのようなものがこの世に存在するなんて知らなかった。

 大罪器。と呼ばれる特殊なアーティファクトと言っていた。このようなものが他にも存在するというのか?

 あっていい話ではない。


「まあ、お喋りはこの辺にするべ。そろそろ、お互いに準備は出来ただぁな?」

「貴方を切ります。その笛は、存在していいものではありません」

「ヒヒッ! とっておきを見せてやるべ! 楽しみにしてるだぁな!」


 そう言うと、“笛吹き男”はこちらへ背を向けて平原の方へ走り出す。


「待ちなさい!」


 急ぎ、私もそのあとを追う。

 明らかな誘導だ。乗るべきではない。

 でも、こいつを逃していい理由もない。ならば、どのような策が来ようが正面からねじ伏せるだけだ。


 微かに剣を握る右腕が震えた気がした。

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