第30話:致命的な勘違い
宿屋の部屋で強制的に剥かれ、下着姿で剣の手入れをしている。
服は全てモニカさんに持っていかれた。
おそらく、今日は服を乾かすまで調査には出られないだろう。
そうなると、大分時間を使わされる。
私だって生乾きの服を着るのは嫌だ。もし“笛吹き男”と出会ったとして、水を吸って重くなった服で戦いたくない。
「明日からは気を付けないとですね……」
ため息を一つ。
三日目はこんな調子で過ぎ去っていく。
一応、服が乾いた後少しだけ探索に出たが、時間もあってすぐに引き返すこととなった。
次に状況が変わったのは四日目の終わりだ。この日までくれば、南の森の探索がおおよそ終わる。
結果は――見つけられず。
流石にこの日の夜は皆を集め、今後の方針を立てなおすことにした。
「南の森の探索が終わりましたが、結果は見つけられませんでした」
「つまり北の森にいるってことか?」
「その可能性は高いですが……」
その可能性すら違うのかもしれないという恐れが出てきた。
残るのは三日間だけ。特に七日目は正午の襲撃が終われば、“笛吹き男”は満足してさっさといなくなってしまうだろう。
とてもじゃないが、しらみつぶしに探している時間的猶予はない。
今回の件で“笛吹き男”を捕まえられなければ、あの男は事あるごとにこのような事件を起こしてくるだろう。それは避けなければならない。
しらみつぶしに探すのではなく、もっと効率よく探す必要がある。
もしくは、渡されている情報をもっと効率よく使える方法があるのかもしれない。
「でも、北の森を探す以外に方針が立てられないのも事実です」
方針を変えて私以外にも遠出をさせるのは一番なしだ。それは危険が過ぎる。
“笛吹き男”がもし興味ない村人とかを見つけようものなら、遊びの邪魔だと判断されて殺されかねない。エイベンさんたちも同様だ。彼はあくまでも、私と遊んでいるつもりなのだから。
「村人の方に、北の森の中で人がいられそうな場所を上げてもらいましょう」
「これまでのように魔物を探すんじゃなくて、“笛吹き男”自体を探すってことですか?」
「はい、そうします。それなら、場所の候補を回るだけで済むはず。一日……とは言いませんが、一日半あれば十分見て回れるはずです」
南の森の探索に二日半。要点を絞れば、そのぐらいにはできるはずだ。
残りは三日。午前午後に分けて二日半。
北の森が違う場合、何か条件の見落としを考えなければならない。
魔物が隠れる場所を用意できて、かつ“笛吹き男”がいられるような場所。
そういえば、私達が逃げることは想定されていないのだろうか。あの男ならしていそうなものだが。
監視されているはず、と思っていいだろう。その監視に気づけないのはどういうことか。
移動しているケースはどうか。むしろ見つけやすくなるはずだ。魔物が移動している痕跡が残る。それすら見つけられないから、手掛かりが少なくて困っているのだ。
見当違いの方向を探していたというのなら、手掛かりが何も見つからないのもわかる。
でも、森の中をおおよそ回りきって何も痕跡が残っていないのなら、それは前提が間違っている証拠となる。
「道をたどって、魔物がやってくる方向を探すのはどうなんだ?」
「それはやりました」
魔物が決まってやってくる東の道を少し遡って痕跡を探るのは既にやった。それが、途中で魔物の痕跡が消えてしまっていたのだ。
空を飛んで途中で下ろしたにしては、痕跡が自然すぎる。本当に道中で魔物が生えてきたかのような状況だった。
「あの男なら、『最初から痕跡を辿ればよかったのに』とか言ってきそうでしたから、その可能性は初日に潰しました」
「あはは……」
モニカさんに苦笑いされた。私も苦笑いで返す。
何となく、あのふざけた男ならと言う共感が得られてしまった。
今頃どんなふうにこちらを煽るか考えているだろう。散々探して見つけられていない現状、あの男はかなりウキウキだろうなと思う。
結局、エイベンさんたちもあまりいい案は思い浮かばないようだ。
何か、何か決定的な思い違いをしている気がする。それが何なのかわからない。
連日の戦闘続き、徐々に強くなる敵で頭が疲れているのかもしれない。
でもこういう時に最も信頼できるのは、培われてきた直感だ。否定しては生き残れない。
何かが間違っているのだろう。何かはわからない。
何か。何かを掛け違えてしまっている。
「謎は幾つかあります」
途中で消える痕跡。森の中に生物がいない状況、全く見えない移動の痕跡。戦闘中聞こえない笛の音。
探索して得られるのは、情報がないという情報だけ。
謎が増えるが、謎を解決してくれるような内容は手に入らない。
「うーん。でも、森に生物がいないのは知らんけど、全部探してる場所が違うで説明できんじゃないの?」
「それで説明がつけられればいいんですが、逆に言えば理論で詰めていって導き出された答えが間違っているという事でもあります」
「つまり?」
「何かしらの前提が間違っている、ということです」
そう、前提が間違っているケース。これはあまり考えたくない。疑い始めればキリがないからだ。
本当に最後の最後まで、この部分は考えない方がいい。何の前提が間違っているのかから考え始めないといけないのは、この時間が少ない状況ではやらなければならなくなるまで着手するべきではない。
「んー、でもリリィが言ってることは全部正しくねって俺らでも思うんだぜ。何か間違ってるかもって言われてもわからねぇよ」
「俺もそう思う。モニカはこういうの比較的得意だろ、なんかあったりしないのか?」
「え!? いやいや、リリィ先生でもわからないのに私がわかるわけないよ!」
エイベンさんたちはあまりこういう考える作業は得意ではないようだ。
モニカさんはこのパーティの頭脳として今後彼らを引っ張っていかねばならないと考えると、少しだけ可哀そうになる。頑張ってほしい。
「……とにかく明日以降は北の森を捜索してみます。皆さんは、それで見つからなかった場合の事を考えておいてください」
「考えておいてくださいって言われても……」
「なぁ?」
「なぁ、じゃなくてですね。正直手詰まりなんですから、助けてください」
少しでもいいから自分以外の発想が欲しい。
何か殻を破れるような発想があれば、話はまた変わってくるはずだ。
少しばかり頭が痛くなってきた。
考えすぎかもしれない。次のお茶会の準備をするときぐらいに“笛吹き男”について考えている気がする。
心の底から杞憂で合ってほしい。このまま、北の森を探索することで痕跡が発見でき、そこから“笛吹き男”の居場所を特定できればどれだけ楽だろうか。
結局、二日かけて北の森を捜索した結果、“笛吹き男”は発見できなかった。
六日目も終わりを迎え、後の残されていない七日目がやってくる……
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