第29話:三日目の戦闘

「おかしい。流石に痕跡がなさすぎる」


 南の森を探索していて、真っ先に感じた感想はそれだった。

 魔物に限らず、生物が活動していれば何らかの痕跡が残る。私は注意を最大限払って、それを探しているつもりだった。

 本当に何一つとして見つけられない。森に生息しているべき小動物の痕跡すら。


 “笛吹き男”の影響なのか? あの男は魔物を操るだけではない?

 ……動物が消えた理由を考えるのは後にしなければならない。

 午前中の探索で得られたのは、何もいなさすぎるという違和感。


 そろそろ戻らなければ、村の襲撃の時間に間に合わなくなるかもしれない。


 村に戻る道中、少しだけ思考を巡らせる。本来なら、戦闘に向けて集中するのだが、今日だけは別だ。

 違和感の正体を早めに突き止めなければならない気がしている。

 生物がいないのはなぜか。魔物によって逃げたのだとすれば、影響が広域すぎる。


 笛の音を聞いて操られてるのだとすれば、なぜ私には聞こえないのか。耳の良さの差? いいや、モグラなど耳の悪い動物は幾らでもいる。それすら見えないのはおかしい。

 目の前を小さな羽虫が飛んでいく。虫は普通にいる。いないのは一定以上の大きさ以上の動物だけだ。


 知性か? 笛の音を聞き分けるだけの能力が必要とされている?

 いくら考えても答えにはたどり着けない。何となく違和感の正体ではないと感じるだけだ。


「リリィ先生!」

「モニカさん。私が留守の間どうでしたか」

「異常ありませんでした! 有志の方々も、何も見つけられなかったそうです」


 村人の何人かが、有志として村のすぐ近くだけだが、探索に参加してくれている。

 魔物が側面から襲ってきたりしないか察知するために音が鳴る罠を設置したり、前日と何か変わったことがないか見回りなどをしてくれている。


 彼らにはエイベンさんたちが護衛としてついてもらっていて、離れた場所を探索している私が戻ってくると情報を共有してくれていた。


「私の方も収穫はありませんでした。本日の迎撃の準備をしましょう」

「はい!」


 モニカさんは元気のいい返事と共に、エイベンさんたちを呼びに村の中へ戻っていった。

 さて三日目。魔物はどこから攻めてくるか。

 二日間は東門の方向から攻めてきたので、本日もそちらからならそちらからしかやってこないとみていいだろう。


 あの男はそういう無駄な小細工を楽しむような男ではない。

 やるならば、初日にさっさとやっているだろう。


 ……段々と“笛吹き男”の思考がわかってくるというのも嫌な話だ。

 四六時中思考をトレースしようと考えている弊害が出てきた。


 それで考えた結果、どんな形であろうと未だに見つけられてない私を馬鹿にするようなところで待ってるに違いないということだけだ。

 追われてることすら楽しむような男だ、間違いない。


「嫌になりますね、この仕事は」


 人を守るという点では、この仕事自体は嫌じゃない。

 ただ、自分のせいで巻き込んでしまったというのが気を揉んでいる。

 二度とこういう事がない様に、今回できちんと“笛吹き男”をどうにかしなければならない。


「お待たせしました。……何かありましたか?」

「いえ、何も。それでは、本日もお願いしますねエイベンさん」

「後ろは任せてくれ。ガーディとハーディも張り切っている」


 武器を掲げてやいのやいのと騒ぐガーディハーディ兄弟。

 その様子を見ていると、少しだけ元気になれる。

 私の落ち度だろうと落ち込んでいる余裕はないのだ。私は彼らも守らなければならない。


 さあ、責務を果たそう。


 少し時間が経つと、東門の方から続く道の向こうから、魔物が現れる。

 今日の魔物は五体。大型一体小型四体の構成だ。


「来ましたね。では、手筈通りに」

「「「はい!」」」


 先駆けとして、私は一直線に魔物へ突っ込む。

 素早い反応を見せた小型の魔物から私に襲いかかってくるので、それを横切る様に切り捨てる。

 戦闘経験を経て、私は確実に剣の振り方を思い出しつつあった。

 この程度の魔物、物の数ではない。


 しかし、私が二匹目の魔物を切り捨てるために剣を振るったタイミングで、横を二体の魔物がすり抜けていく。


「二体! 足止め頼みました!」


 引き返して殺しに行くのではなく、背後を信じて私は大型の魔物に向かい合う。


 大きなトカゲのような魔物だ。赤いうろこを持ち、口からは先端が二股に分かれた舌がちろちろと顔をのぞかせている。

 四足を以って、私の身長を超える体長の体を支え切り、しなる尻尾の一撃は強烈に違いない。


 私はまずは相手の出方を伺うことにした。

 こういう動物然とした魔物との交戦経験は少ない。前世でも、人とばかり殺し合って、獣とは狩りをするぐらいしか交戦経験がないため、如何せんどういう風に出ればいいのかわからない。


 トカゲなのだから、尻尾を切っても効果は薄いだろうという予想が立てられるぐらいか。


「先生! その魔物はサラマンドラ、火を吐いてきますので気を付けてください!」

「モニカさんありがとうございます!」


 背後にいるモニカさんからの援護で、注意事項が追加で判明した。

 火を吐くということは、最も注意するべきは顔の向きだ。


 距離を迂闊に詰めて、ゼロ距離で炎を喰らうのが一番嫌な展開になるか。

 あの鱗も堅そうだ。果たして剣は通るだろうか。試してみよう。


 顔の向きに気を付けながら、私はサラマンドラを中心として弧を描くように側面へ回り込むべく走り出す。

 旋回性能は高くないのか、こちらへ顔を追従させてくるも、体は追いついていない。

 私は側面に回りきった瞬間一気に距離を詰めて、胴体へ剣を振り下ろす。


「——硬すぎっ!」


 音を立てて剣が弾かれる。

 弾かれた隙を突くように、サラマンドラが口を開く。煌々と燃え盛る炎が喉奥に見えた。


 私は咄嗟に体をひねり、吐き出される炎の塊を避ける。

 体の勢いそのままに体を回し、ひっくり返せないか蹴りを入れてみる。

 足が痺れただけだった。流石にこの大きさのトカゲをひっくり返せるほどの威力は私の蹴りにはない。


 ただ、蹴ってみてわかったのは腹の下は鱗がなさそうだという感覚。

 鱗を切り裂くのは難しそうなので、どうにか柔らかい部分を切るようにしたい。


 顔から離れようと私が動くと、不意にサラマンドラは私から顔を背けた。

 一瞬だけ何が起きたか反応ができなかったが、すぐに理解し防御態勢を取る。

 尻尾の一撃が薙ぐように私を襲う。


 尻尾が回転する方向に同時に跳ぶことで、衝撃を緩和しつつ、地面を転がって残りの衝撃を地面へ逃がす。

 受けた腕の骨は……異常なし。拳も問題なく開閉できる。

 間に合っていなければへし折れていただろう。危ないところだった。


 起き上がった瞬間を狙うように、再びサラマンドラが口を開く。

 私は合わせて、サラマンドラに向かって走り出す。

 見つけた、柔らかいところ。


 吐き出される炎を最小限の動きで避け、開いたままになっている口へ剣を突き立てる。

 そのまま、地面に突き刺すように剣を下に曲げ、思いっきり引っ張る。

 緑色の血しぶきが上がる。臭い。


 サラマンドラは剣により体内から切り裂かれたことで悲鳴を上げてのたうちまわっている。

 その隙を逃さず、私は見せた腹に剣を突き立て、思い切り胴体を真っすぐに切り開く。

 大量の血しぶきをあげて、サラマンドラは絶命したようだった。


 こういう硬い敵に対する対策も今後考えなければならない。

 人間相手ならば、関節部を狙えばいいだけなのだが、動物だとそれでは足らないことがままあるだろう。


 こちらが一段落ついたので、エイベンさんたちの方を確認する。

 どうやら、向こうもどうにかなったようだ。

 エイベンさんが魔物を一体おさえつけて、モニカさんが魔法で一体の動きを封じたらしい。

 そこにガーディハーディ兄弟が止めを刺して終わったようだ。


「お疲れ様です」

「おつ……リリィ先生それ大丈夫ですか!?」

「大丈夫ですが、流石にちょっと洗いたいですかね……」

「私洗濯しますので、宿に戻りましょう一回! 体を拭く水も私が宿に運びますから」


 そんなに酷い見た目をしているだろうか。

 確かに頭からサラマンドラの血液を被ったし、生臭い匂いしているから嫌な気分になっているが、そこまでだろうか。


 私は背中をモニカさんに押されるままに宿屋の部屋に押し込められ、体を洗うことを強要された。

 道中私を見た人たちが驚いた様子を見せていたので、本当に酷い様子だったのだろう。

 ちょっとだけ傷ついた。

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