TS転生悪役令嬢は前世の夢を忘れられない ~国外追放された魔力無しの令嬢は、剣聖として異国の地で成り上がる~

パンドラ

第一章 冒険者編1

第1話:婚約破棄

「——リリアンナ! お前との婚約を破棄する!」


 高らかに宣言された最終宣告。

 悔しさで歯噛みする。ああ、どうして私はこの未来を防げなかったのだろうか。


 広いホールの中央で、人々が取り囲む中心で、私達三人は向かい合っている。

 私は一人、孤立無援で。婚約者——今となっては元婚約者の傍らには、別の女性がいる。


 彼はこの国、ティエラ王国の第一王子、アンドリュー殿下。輝く金色の髪は王族の威厳を周囲に示し、その緑の目は見られたものを見透かされた気持ちにさせる。

 彼に枝垂れかかる様に寄りかかっている紫色の髪をなびかせた、人を魅了するような愛嬌を振りまいている女性はルース男爵令嬢。名前はアナベル。


 女狐、いいやなんと呼ぶべきか言葉が出てこない。自分の不勉強を祟るばかりだ。あの女は、殿下へ決められた婚約を捻じ曲げるよう唆した。

 殿下の好みは彼女のような人間だったのだろうか。私とは違う小柄な体躯、人恋しそうにする小動物めいた顔つき。私とは正反対だ。


「殿下。私達の婚約は、国王陛下によって定められたもの。そう易々と解消できるものではございません」

「いいや、出来るさ。何より、お前のような魔力なしは国母の座に相応しくない」


 魔力なし。その単語に、私は思わず顔を伏せかけてしまう。

 下を向いてはいけない。顔を上げて。矜持を胸に。決して俯かないで。

 魔力なしというのは、この国においては致命的なことだ。魔法が貴ばれ、魔力の高いものが望まれるこの国において、魔力がないというのはそれだけで重大な瑕疵となるほど。


 それでも、私の家の政治的立場、重要性を考えると私が殿下の婚約者としてふさわしいという話になった。

 だからこそ、私は魔力がないと蔑まれながらも必死に勉学に励み、鍛錬を繰り返し、殿下に相応しい人物となれるように努めてきたのだ。


 その結果が、これ。この結末を、どうして避けられなかったのだろうか。


「魔力なしのお前と違い、アナベルの魔力量は凄まじいものがある。きっと俺たちの間に生まれる次代の王となる子も、魔力に溢れた子となることだろう」

「殿下、このような場でそのようなお話、私恥ずかしいです」

「おっと、すまなかったなアナベル。つい、口走ってしまった」


 殿下がアナベル令嬢を見る目は、熱のこもったとろけるような視線だ。

 私には決して向けられることのなかった。私には冷徹な視線を向けるばかりだった殿下が……

 そんな目も、出来たのですね。


「……魔力量の話で婚約を決められるのであれば、私ではなくカレナ令嬢が殿下の婚約者となっていたはずです」

「ストラス伯爵令嬢か。確かに彼女も魔力量は優れているが、アナベルほどじゃない」


 また魔力量。魔力量だけでは国は動かせない。

 どうして殿下はそれをわかってくれないのか。政治とは何たるか知らぬ身ではないはずなのに。


 殿下の私を見る視線が鋭いものに変わる。


「リリアンナ。お前はアナベルに様々な侮辱をしたことが判明している。将来の国母に向かって、なんという事だ!」

「殿下、私は侯爵家、アナベル令嬢は男爵家です。身分上、礼儀というものをお教えしていただけです」

「馬鹿を言え。アナベルは俺の妻となる女性だ。つまり、この国で最も尊い女性となる人物だ」


 話が通じない。どうして殿下はわかってくださらないのか。

 殿下の婚約者は今日まで私のはずで、アナベル令嬢はただの男爵令嬢だった。

 私は目上の人物に対しての適切な距離感や礼儀を教えていただけだ。

 それをなんと伝えたのか。よくもまあ、自分の都合の良い風に物事を解釈できること!


「とにかく、お前は将来国母となる人物に無礼を働いた上、俺の婚約者に相応しくない。よって、俺はお前との婚約を破棄し、国外追放を言い渡す!」

「なっ……!」


 思わず言葉を失ってしまった。殿下の腕の中で女狐が隠れるように笑っている。

 婚約破棄だけではなく、国外追放まで。完全に殿下の権限を越えた命令を下されている。

 流石に観客に回っていた周りの人々も驚きを隠せないのか、ざわめきが大きくなった。


 驚きのあまり震えている私を見て、殿下は怯えていると思われたのか、勝ち誇ったように笑ってみせた。


「どうした。恥じるなら、魔力なしに産まれたその身を恥じるんだな」

「——私が魔力なしだから、国外追放まで言い渡すのですか」


 私が食らいついてきたのが意外だったのか、殿下は少しだけ眉をひそめた。


「そうだ。お前はこの国に必要ない。まあ泣いて乞うのであれば――」

「わかりました」

「——何?」


 殿下の言葉を遮るようにして、私は言葉を何とかひねり出した。

 それ以上何も聞きたくはなかった。私の不徳を見せつけられているようで、我慢できなかった。


「国外追放を受け入れます。ただ、最終的な対応は私一人で決められる事項でもないので、一度実家に報告させていただきます」

「……本気か?」

「本気でございます。殿下の心をつなぎ留めきれなかった私の不徳が致すところ。罰は甘んじて受け入れましょう」


 会場が騒めいている。ああ、もう後に引くことはできない。

 もとより、道などなかったのかもしれない。どこまで行っても、私たちの道は交わらなかったのですね、殿下。


 実家に報告しなければならないのは、流石に許容してほしい。

 私の家族が知っても何も変わらないかもしれないけれど、義務は果たさなければならない。

 まだだ。まだ俯くな。私よ、前を向け。


 殿下は品定めするように私を見ている。冷徹な視線はどこまで行っても婚約者だった人に向けるものではない。

 殿下とは長い付き合いだったが、情にほだされるような人だとは思わなかった。

 思えないぐらい浅い付き合いしかできていなかったのかもしれない。


「話が以上ならば、これにて失礼いたします。色々と、準備をしなければなりませんので」

「……わかった。辞すことを許そう」

「光栄にございます」


 殿下は何を思ったのか、何も言わずに私の退室を許可してくれる。

 最後にアナベル嬢の顔を見る。殿下からは見えない様に、私に勝ち誇った表情を向けてくる。

 彼女を排除できなかったのは、本当に悔やまれる。彼女が今後殿下にもたらす影響を思えば、なおの事。


 排除できなかったから国外追放だけで済んだと思うのが正しいのだろうか。

 なんといえばいいのかわからない。


「……おい」

「申し訳ありません。少し、呆けてしてしまいました。では、失礼いたします」


 ここで初めて頭を下げる。退室する際の礼儀だ。

 例え失礼を働かれても、無礼で返すなどあってはならない。私の矜持が許さない。


 会場の人々が私に道を譲り渡す。誰も私の前に立ちはだからない。

 少しだけ笑ってしまった。今の私は腫れ物もいいところ。婚約破棄された挙句、国外追放を言い放たれた令嬢なんて誰も関わり合いたくはないだろう。


「無様ね」


 零れ落ちた言葉は幸運なことに誰にも届かなかった。

 せめてもの抵抗で、最後まで気高く下を向くことなく、綺麗に束ねたピンクブロンドの髪をたなびかせながら、私は会場から退出していった。 

 この髪の毛も、殿下が長い方が好みだと聞いたから伸ばしていたのに。未練がましく尾を引くようだ。


 会場を辞し、外に出る。夜の星空は美しく、雲一つない。

 私は待たせている馬車へと向かう。


「お嬢様。もうよろしいのですか?」

「ええ、出してちょうだい」


 御者は私が馬車に乗り込んで、指示を出すと黙って従う。

 少しパーティが終わるには早い時間だったから、疑問はあるだろうけれど、何も言わずに従ってくれるのは助かった。

 思えば、家の人たちは私が魔力なしでもきちんと言葉を聞いてくれる人たちだった。


 今回の事を説明すると、なんて顔をするのだろうか。

 少しだけ、憂鬱になった。

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