第2話:家族との別れ

 家に到着するまでの時間、何から家族に話そうかをずっと考えていた。

 魔力なしである私をずっと育ててきてくれた家族。今回の婚約破棄の話を告げたら、どんな反応が返ってくるのだろう。


「ただいま戻りました」

「あら、リリアンヌ、早かったわね」


 出迎えてくれたのはどこか穏やかな雰囲気を漂わせているこの屋敷の女主人である私の母、レティーシャだ。

 馬車が戻ってくるのが早かったから、異常を感じてきてくれたのだろう。


「……何かあったの?」


 私の顔色が優れないこともあり、何かあったとすぐに察してくれた。


「お母様、大事なお話がございます。お父様にもお話したいのですが、どちらにいらっしゃるでしょうか」

「お父さん? 彼ならば今は書斎にいると思うけれど……酷い顔してるわよ、リリアンヌ」

「っ! 失礼いたしました。少し疲れてしまっていたみたいです」


 そんなに顔に出てしまっていただろうか。

 少し疲れているのは事実だが、そこまでとは感じていなかった。

 これから話をしようと言うのに、体調不良を感じさせてしまうようでは失礼に当たってしまう。


「少し部屋で休んでなさい。後でお父さんも連れて尋ねに行くわ」

「いえ、私が書斎に向かいます。すぐにでも話しておかないといけないことですので」

「なら、せめて応接間で少しだけ休んでなさい。緊急の連絡だと伝えておくから」


 でもと反論しようとして、有無を言わせぬ迫力に黙り込む。

 こうなったお母様は頑固で、とてもじゃないが私がどうにかできる気はしなかった。

 昔からこうなったお母様は強い。私とお兄様が喧嘩した時も、仲裁に入るときは頑なだった。


「……かしこまりました。では、先に行って待機させていただきます」

「ええ、少しの間だけだけど、休んでなさい。すぐにお父さんを連れていくから」


 ここはお母様の言葉に甘えさせてもらおう。

 当主であるお父様の前で無様を晒すわけにはいかない。

 少しだけ座って休めば、体調も良くなるはずだ。


 お母様とすれ違って、私は応接間に向かう。

 歩きながら、何から話すべきかを考える。頭の中はまだ完全に冷静になれていないのか、ぐるぐると同じことを繰り返し考えてしまう。

 自嘲する。今更考えてどうなるというのか。

 今日を防げなかった私の落ち度を認めたくないだけに思えて、自分愛しさもすぎるだろうと。


 応接間は家格に合わせて非常に豪華なものになっている。私は客側の椅子に座り、少しだけ体を休めることにした。

 本来は客側が先に座るなどあってはならないことだが、ここは家族という事で少しだけ見逃してもらおう。そのぐらいの情は、あるはずだと。


 少しして、部屋の入り口が叩かれる。

 思ったよりも早い到着だった。もっと時間がかかると思っていたから、急いで立ち上がり姿勢を正す。


「どうぞ、お入りください」

「……緊急の連絡があると聞いた」


 おごそかな雰囲気を隠しもしない、厳格な人が私の父、名はレンドール。侯爵家として派閥を束ねる立場でもあり、国内有数の影響力を持つ偉大な人だ。

 お父様の少し後ろにはお母様もいる。


 二人は私が客側に座っているのを見て、少しだけ眉をひそめてみせた。

 二人が立ったまま動かないので、そっと私が席に座る様に促すと、少し遅れて応じてくれた。

 お父様とお母様両方が席に着いて、部屋の隅には家令が立っている。

 以上の事を確認して、私は再度椅子に座った。


「はい、実は――」


 私はパーティ会場であったことを両親に告げる。

 婚約破棄されたこと、殿下がどのようなことを話していたか、国外追放を受け入れたことなど、事細かに詳らかに。


 お父様は黙って聞いてくださっていた。お母様は何かあるたびにコロコロ顔色を変えて、まるで自分が追体験しているかのように聞いてくださった。

 それでも、私が話し終えるまでは、話を遮ることなく黙って聞いてくださっていた。


「……話は以上か」


 私が話終えると、お父様が口を開いた。


「はい、以上でございます」


 私がこれが全てだと言い切ると、お父様は一つだけ大きく溜息を吐いた。

 私はお父様が溜息を吐くのを見たことがなく、これが初めてだったので酷く驚いてしまう。


「愚か、だな」

「……はい。返す言葉もございません」

「違うの、リリアンヌの事じゃないわ。ね、お父さん」


 私が俯きかけると、お母様が慌てて注釈を入れてくれる。

 お父様を見ると、鷹揚に頷いてくれた。


「ああ、そうだ。あの男、魔力のみで国が回ると思っているようだ」

「ええ。何のために我が家から王家に娘を差し出したのか、その意味を理解できていない様子」

「至極不快だな。この件は、私から王宮に直談判させてもらう」


 今回の行為、殿下は我が家を侮辱したも同然だ。

 お父様が怒り、苦言を呈するのは何もおかしくない。


「リリアンヌ」

「はい」

「お前はしばらく家で謹慎とする。不自由をかけるが、受け入れてくれ」


 お父様の言葉に、私は思わず頷きかけてしまう。

 すんでのところで思いとどまって、首を横に振ることで意思表示を示す。

 お父様は眉を上げて驚いた様子だった。


「いいえ、私は殿下の仰る通り、国を出ようと思います。既に、口頭ながら了承してしまいました」

「リリアンヌ! 別に気にしなくていいのよそんなこと。そんな、脅しみたいな状況で口にしてしまったことなんて無視してしまいなさい」

「いいえ。そのような状況と言えど、一度口にしたことを容易に曲げることは許されません。それに、実際に私が家を出れば、事態の重さを強調できるはずです」


 私が家を出ることで、王宮にかける圧力を増加させられる。

 すれば、私が婚約破棄されたことによる家の影響力の低下を抑えられるのではないかと私は提案した。


「リリアンヌ、あなたがそこまで家の事を考えてるのは嬉しいわ、でも――」

「——わかった。ならば、明日の朝に発つが良い。それまでは、準備に当てなさい」

「お父さん!?」

「ありがとうございます、お父様」


 お母様は私に出て行ってほしくない様子だけれど、私は実際に出て行った方がいい。

 婚約破棄された醜聞も、国外追放されたことによる同情で少しは埋められるだろう。国外追放自体も醜聞なので、口さがない人は面白おかしく話を膨らませるだろうが。

 そのこと自体は私の咎として受け入れよう。


「朝までは自室で休みなさい」

「はい、お父様。……では、失礼いたします」


 私が退室をほのめかすと、お父様はまだ頷いて許可を出してくれる。

 そのまま応接間を出ると、私が出た瞬間お母様の怒鳴り声が部屋の中から聞こえてきた。

 どうやらお母様は私の国外追放に酷くお怒りの様子だ。それが嬉しいようで悲しいようで、少しだけ顔を歪ませてしまった。


「お嬢様。お部屋までお連れ致します」

「ええ、お願いね。ナタリー」


 古くから私に仕えてくれる侍女が部屋の外で待機してくれていた。

 彼女はナタリー。幼い時からの付き合いで、お互いに気心が知れている。

 私はナタリーの案内に従って、応接間を後にして自室へと向かった。

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