第9話:謎の旅人 エイベン視点

 あまりにも美しい人だった。それが、第一印象だ。

 魔物がいると注意を叫んでも、臆せずにやってきた女性。

 俺たちが四人がかりで二体倒せると計算していた魔物を、一人で瞬く間に三体も倒してしまった女性。


 凛々しさと、カッコよさが形になったような姿に、俺は目を離せなかった。

 モニカを庇って受けた足の傷を少しの間忘れるほどに、鮮烈な姿だった。


 俺たちは冒険者を始めて歴が長いわけじゃない。でも、あそこまで綺麗な剣筋を見たことがない。

 同じ町の冒険者ギルドのメンバーにも、あそこまで洗練された動きをできる人は少ないだろう。


 風と共に現れて、俺たちを救ってくれた謎の人。リリィさん。


 俺の見立てでは、リリィさんはティエラ王国の貴族だ。

 まず、直しているつもりだろうが佇まいや所作が旅人にしては丁寧すぎる。服装もそうだ。旅を続けてたにしては、汚れやほつれが少なすぎる。


 冒険者の中には貴族と関りを持っている人も少なくない。俺らは偶然冒険者の先輩から、心構えとか特徴とかを聞いたことがある。

 町に密かに出てきた貴族とか、リリィさんのようになる人がいると聞いたことがある。

 もっとも、わがままな人が多くて、態度でわかりやすいのがいたりするらしいが。


 リリィさんは明らかに最近旅を始めたという風体にも関わらず、剣の腕前は一流だ。


 ティエラ王国で貴族が剣を振るうなんて聞いたことがない。更に、本人は魔法が使えないという。隠しているのかと思えば、モニカを見る目を見ればわかる。そういう目じゃない。

 本気で魔法が使えることを羨んでいた目をしていた。一瞬だけで、すぐにその色は消えたから俺の気のせいだったのかもしれないが。


 リリィさんは、あまりにも不思議な存在すぎる。

 今、こうして町に戻る道を一緒に歩いてても、存在が際立っている。

 何事もなく、危険があればすぐに反応できるという理由で先導してくれている。道に関しては自信がないのか、時折振り返っては俺たちに聞いてくれている。


 後ろ姿を見ても、艶やかな髪が流れる姿が美しいし、身長や体はしっかりしているが、線は細い。こんな女性が俺よりも遥かに強いだなんて信じられない。

 少なくとも、そこら辺をこんな人が歩いていたら視線を集めて仕方がないだろう。

 根本の磨かれ方が違うのだ。


 俺がじっと見ているのに気が付いたのか、振り向いて手を振ってきてくれた。

 視線には敏感なのか、見ているとすぐに気づかれる。気配を察知する能力も一流という事だろうか。


「……ねぇ、大丈夫? 足」

「ああ、大丈夫だ。ちゃんと回復ポーションで治したからな。心配してくれてありがとうな、モニカ」


 俺の側で心配そうに俺を見上げてくるモニカ。

 ガーディとハーディはリリィさんにべったりだから、こうして俺の心配をしてくれるのはモニカだけだ。

 まあ、あいつらに心配されても鬱陶しいだけだな。うん。薄情者どもめ。


「リリィさんを見てたけど、やっぱりああいう人が好きなの?」

「んぐっ。何を言い出すんだモニカ」

「だって、ずっとリリィさんの事を見てるんだもん、エイベン」


 モニカがむくれてしまっている。

 こいつ、昨晩リリィさんに引っ付いた後甘い匂いがしただのなんだの言ってた癖に。

 いざ他の人が注視してたらこれか。


「綺麗だもんねー、リリィさん」

「そういうんじゃない。ただ、何者なんだろうなって考えていただけだ」

「……やっぱり、貴族の方だと思う?」


 からかうような口調から一転、真面目な口調になった。


「十中八九そうだろう。何があったのかは知らないがな」


 モニカも想像はできていたらしい。

 ティエラ王国の貴族で魔法が使えない人物。調べれば、一発でわかりそうな情報だ。

 貴族関係の情報、しかも隣国のものだなんて、一介の冒険者が調べようと思って調べられる内容でもないが。


 ため息が一つ出てしまう。


「ねぇ、リリィさんをうちのパーティに誘わない?」


 モニカはリリィさんの事を本当に気に入ったのか、昨晩からずっとこの話を持ちかけてくる。

 その回答はすでに決まっている。


「何度でも言うが、駄目だ」

「なんでぇ」


 モニカは毎回不機嫌になるが、何度聞かれてもリリィさんを俺たちの冒険者パーティに誘うことはしない。

 実力差がありすぎるのだ。俺たちの間には。


 モニカやガーディ、ハーディは単純にもっとリリィさんと一緒にいたいからパーティに誘おうと言っているが、今の俺たちの実力とリリィさんの実力は到底釣り合うものじゃない。

 能力が不釣り合いな人物がいる冒険者パーティの末路は大抵悲惨なものだ。


 俺はパーティリーダーとして先輩から、嫌と言うほどそういう話を聞かされた。だから、実力差がある人物とパーティを組むなら一時的にしておくべきなのだ。

 リリィさんと一緒にいることは楽しいかもしれないが、どちらの為にもならない。


「リリィさんはもっと上に行ける人だ。まだまだ駆け出し冒険者の俺たちが足止めしちゃ悪いだろ? それとも、モニカはリリィさんにおんぶにだっこでいいのか?」

「……その聞き方はずるいよ」


 モニカにそっぽを向かれてしまった。

 本当はわかっているんだろう。俺たちと一緒にいない方がリリィさんのためになると。

 でも、寂しいんだ。

 モニカは人見知りしがちだから、ここまで初対面の人に懐くのも珍しい。

 彼女の人徳がなせるわざなのかもな。


「なに、冒険者にならないかは誘ってみるさ。そうすれば、いつかどこかでまた会える日も来るだろう」

「うん。そうだよね」


 リリィさんの方を見ると、ガーディとハーディに絡まれてまた困っているような様子を見せている。

 二人は少しは遠慮というものを覚えろ。相手は身分を隠しているとは言えど貴族だぞ。

 この二人だと貴族だと気が付いてない可能性の方が高いか。あんまりそういうの考えないからな。


「ちょっとあの二人捕まえてくる」

「あっ、うん。気を付けてね」


 モニカと苦笑いし合い、俺はリリィさんに変な絡み方をしているガーディとハーディを捕まえに前に進む。


「こら、お前ら。リリィさんに迷惑かけるなって言っただろうが!」

「げっ、怒りんぼエイベンだ!」

「逃げろっ、あいつ今本調子じゃないから今は足遅いぞ!」

「お前らよりかは速いわ!」


 俺が声を張り上げると同時に、二人は道をさっさと進んで逃げ出してしまう。

 ペース配分を考えろマジで。町に着くまでにへばるなよ。

 あと、後ろの二人を置いて行くな。道が舗装されてるから魔物の危険性は薄いが、襲われる可能性がないわけじゃないんだからな?


 そんな追いかけっこをしている俺たちの様子を見てか、モニカとリリィさんが笑っている声が聞こえてくる。

 後ろを見ると、二人が並んで楽しそうに笑い合っている。

 先ほど俺と話していた時とは違って、モニカは明るく朗らかにリリィさんと話をしている。


 俺も、少しばかり別れるのが惜しくなっている。

 けれど、俺はリーダーだから。決断を揺るがすことはしてはならない。

 これが俺たちにとって最善なんだと信じている。

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