第10話:国境の町フォルテラ

 冒険者の四人と一緒に楽しく道を進んでいると、木々の向こうから高い石壁が見え始めた。

 道中魔物に襲われることはなく、平和な時間が続いていたが、不意に現れた厳めしい石壁は私に威圧感を与えるのに十分だ。


 ただ、エイベンさんたちにとっては安心できるものだったらしく、少し歩く速度が速くなっていた。彼らは気が付いていないようだが。


「あれが国境の町、フォルテラだ」

「……立派な外壁ですね。国境沿いと言うことで、防備に熱心なんでしょうね」

「まあな。この地を治める辺境伯が軍備に熱心なんだ」


 友好国であろうとも、いざというときの心構えを忘れない。

 この地を収める領主はさぞ厳格な人なのだろう。

 カバリロとティエラは表だっては何もないが、裏で剣ばっかり振るう野蛮人、魔法ばかりの頭でっかちと罵り合う仲だ。友好国とは名ばかりなのかもしれない。


 なんてことはさておき、そんな厳格ならば身分証がない私が町の中に入れるかどうかも怪しいところ。

 旅人が入れない町と言うのも世の中には存在する。

 この町はどうだろうか。


「どうかしました?」

「いえ、身分証がない私が入れる町なのかと思いまして」

「ああ、リリィさんは異国からの旅人ですものね。大丈夫ですよ、俺たちと一緒なら」


 どういう意味だろうと首を傾げていると、その様子が面白かったのかモニカさんが笑い出す。

 ついてくれば分かるとガーディハーディ兄弟が言う。

 私はその言葉に従って、ひとまず黙ってついて行くことにした。


 門のところまでたどり着くと、門衛が私たちの方へやってきた。


「入場料と、身分証を」

「はい、五人分だ。これは俺らの冒険者証。あと、彼女は冒険者になりに来た人で、身分証は中で作る」

「なるほど。相分かった、入るといい」


 それだけ確認すると、門衛はすんなり道を開けてくれた。

 私はあっけなさで拍子抜けする。このような防備でいいのだろうか。


「私の分まで、いいんですか?」

「いいんですよ。元からそのつもりでしたから」

「助けてもらったお礼の一つです!」


 こういわれてしまうと、断る方が失礼だ。受け入れることにした。


「身分証がなくても入れるんですね」

「ああ、あれはあれば出せってだけだよ。自由民と居住民で扱いが変わるからな」

「ごめんなさい、それよりも冒険者になるってエイベンが勢いで言ってしまって……」

「いいえ、問題ありませんよ」


 特に目的もないのだ。剣を振りながら人助けをできる、冒険者も悪くないだろう。

 持ち合わせは最低限あるとは言え、いつ尽きるかもわからない現物だけだ。手に職つけるのに遅いなんてことはない。


「私もちょうど、そうしようかと考えていたところです。冒険者ギルドまで案内願えますか?」

「ああっ! 俺たちも依頼のあらましを伝えに行こうと思ってたんだ!」


 私が冒険者になる旨を伝えると、エイベンさんたちは嬉しそうに頷いてくれた。

 そんなに冒険者の仲間が増えることが嬉しいだろうか。

 仲間が増えるのはいつでも歓迎することと言う風土なのだろう。そう思うことにした。


「では、このまま冒険者ギルドに?」

「特にリリィさんが問題なければそうしようかと。おい、お前らは大丈夫だよな?」

「大丈夫大丈夫ー」

「まだまだ元気だぜー」


 ガーディとハーディは元気よく、モニカさんは黙って頷いて肯定の意を示した。

 あれだけ走り回っていたのに、ガーディとハーディは元気ですね……。冒険者と言うのは、かなり体力がいる仕事という事でしょう。


「食事とかもギルド併設の酒場で取りますが、いいですか?」

「はい、構いませんよ。あっ、でも宿は取りたいですね」

「それも確かギルドに併設している宿があるので、そちらを確認してみたらどうですか?」


 エイベンさんの話にはいはい頷いて、さっそく冒険者ギルドへ向かう事となった。


 町の中心部から少し外れたところに、その建物はあった。

 店の看板には大きく冒険者ギルドと記されていて、誰の目から見てもこの建物が何なのかわかるようになっている。

 石で出来た建物に木の看板が掲げてあるものだから、余計に目立っている。


 ギルド名の隣にはシンボルマークもある。狼の頭があり、そのうえに斧と槍が斜め十字に重なる様に、その中心を上から剣が突き刺すようなシンボルが書かれている。

 物騒に見えるが、これが冒険者ギルドのマークなのだろう。魔物を殺すという強い意志を感じる。


「戻りましたー」

「おや、戻ってきたのか坊やたち。首尾はどうだったかい?」

「まあちょっと色々ありまして」


 エイベンさんたちの後に続いて、私もギルドの中に入る。

 中は広く、内部には机や椅子が散乱している。実際に既に酒を飲んでいる人たちもいた。

 酒場として使われてるのは確かなようだ。昼から飲んでるのはどうかと思ってしまうものの。


 カウンターには妖艶なお姉さんが一人座っていた。周りの視線を釘付けにしている。

 私とお姉さんの目が合った。


「初めまして、リリィと言います。ティエラ王国から旅をしにきました」

「ティエラから。そりゃまあ大変だ。それで? 何をしに来たんだい」


 目が合ったので、まずは挨拶をする。和やかな返答が帰った来たように見えるが、実際は違う。


 お姉さんの顔は笑っているが、目が笑っていない。

 見定める目だ。突如現れた異物が何者なのかを見透かそうとしている。


 目が言っている。お前のような身分の者が何用だと。一目で私の出自を理解したようだ。

 私と彼女の間で緊迫感が伝わる。


「リリィさんは冒険者登録がしたいらしくて、連れてきたんだ」

「すっごい強いんだよ!」

「マジでやばかった。ここの大半よりも強いんじゃないかな!」

「ほ、本当にすごかったんですよ!」


 エイベンさんたちからの援護(?)によって、場の空気が変わる。 

 お姉さんは面食らったように目を見開き、ゆっくりと笑う。

 私も止めていた息を吐きだす。


「なんだ、そうだったのかい」

「はい。旅糧を得る上で、旅を続けるうえでも冒険者は適しているのではないかと思いまして」

「なるほどねぇ。確かに、各地を転々とするなら冒険者ギルドは悪くない選択肢だ。腕っぷしさえ確かならね」


 私を挑発するようにお姉さんは肩眉を上げてくる。

 これは、実力を見せろと言われているのだろうか。私は腰に下げた剣に手をかける。

 その様子を見て、お姉さんは楽しそうに噴き出して笑った。


「やる気じゃないか。いいね、そういう子は好きだよ。なら、テストも兼ねて誰かと鍛錬場で打ち合ってもらおうか。相手は……」

「俺がやろう。なに、腕っぷしは保証されてるんだろう?」


 お姉さんがギルド内を見回すと、反応して一人の男性が立ち上がった。

 非常に身長が高く体格も良い。私の頭の位置がちょうど彼の胸元ぐらいの高さだろうか。


 エイベンさんたちは立ち上がった人物を見て驚いている様子だ。彼が名乗りを上げることが想定外だったよう。


「それとも、怖気づいたか?」

「まさか。お手合わせ、お願いします」

「はははっ! 俺を見ても怖気づかないか、いい勇気だ! ——蛮勇でないことを祈るがな」


 彼の笑い声がギルド中に響く。

 ピリピリと肌に刺激が伝わる。心地の良い気迫、緊張感。

 口元が笑いそうになるのを堪えるので必死だった。 


「リリィさん。彼はランダンさん。等級はC級だけれど、B級相当の依頼もこなしているベテランだよ」

「ありがとうございますエイベンさん。相手に不足無し、胸をお借りするとしましょう」

「怪我をしてからでは遅いんだよ! 流石に相手が悪い、別の人にしてもらおう」


 高揚していたところに水を差されたみたいで、少しだけ不機嫌になる。

 エイベンさんを見ると、本気で心配してくれているのがわかるから顔には出さないが。


「だ、そうだが。今のうちなら待ったは聞いてやるぜ」

「いいえ、必要ありません」

「ほう? なんでだ?」

「引くことを覚えたら、逃げ続ける人間になります。命かからぬ場であれば、引くことこそ恥」


 私がそう言い切り、慌てるエイベンさんを制止して前に一歩出ると、ランダンさんはまたひと際大きな声で笑った。


「いい啖呵だ! そうとも、負けたら死ぬ職業なんだ。引き時を知らないのは論外だが、引き続けるのも向いてねぇ!」

「では、ぜひ立ち合いを」

「やろうぜ。おい、メレディア、付き合えよ。新人の歓迎会と行こうぜ」


 あの受付のお姉さんはメレディアさんと言うらしい。

 仕方ないと溜息を一つ吐いていた。自分で焚きつけたくせに。


「しょうがないね。じゃあ、ランダンとリリィちゃんで試験と行こうか。鍛錬場は店の裏、ついてきな」


 そう言ってカウンター横の扉を開けて、メレディアさんが私たちを手招きする。

 私達が向かう後ろから、見学しようとギルドの人たちがぞろぞろと立ち上がりついてくる足音が聞こえてくる。


 さて、試合だ。私の腕はどこまで通用するだろうか。 

 とても、楽しみだ。

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