第11話:一匹の獣
練武場は外の広場の事だった。周囲には的となる案山子が何本か立たされており、中心付近には試合を行うための円が幾つも描かれている。
私はその円のうちの一つに入り、トントンと足の先で地面を叩いて調子を確かめる。
しっかり踏み固められている鍛錬場の土は、踏み込むのに滑ることもなさそうだ。この足場ならば、少し急な動きをしてもしっかり踏ん張りを利かせることができる。
「確認は終わりでいいか?」
「はい、待ってくださりありがとうございます」
ランダンさんは既に私の対面で待っている。彼からすれば勝手知りたる親しんだ場所、確かめる必要もないということか。
笑いそうになる口元を手で押さえて顔を引き締める。
「では、審判役はどなたが?」
「私がやるさ。心配かい? こう見えて昔は冒険者やってたもんでね」
審判役はメレディアさんが買って出てくれた。
その瞳には好奇の光が隠せていない。隠す気もなさそうだ。
昔冒険者をやっていたという方が驚きだ。今でも十分美人で若々しいのに、彼女の言う昔とは何年前の事なのだろう。
「流石に木剣使いなあんたら。真剣でやり合って怪我でもすりゃ大問題だ」
「まあいいか。加入テストだしな」
「私もそれで構いません。よろしくお願いします」
メレディアさんが私とランダンさんに向かってそれぞれ一本ずつ木剣を投げつける。私たちは飛ばされたそれを何事もなくつかみ、お互いに一振りして感覚を確かめた。
場の周囲にはギルドの人々が集っている。エイベンさんたちが私を強いと言ったものだから、どの程度の腕なのか気になっているのだろう。
もしくは、如何にも強そうなランダンさんに負ける女の子の姿でも見に来たのだろうか。だとしたら、下世話なことだ。
ぜひ、期待を裏切ってあげなければならない。
「それじゃ、テストを始めるよ。勝敗条件は片方が負けを認めるか、片膝を地面に着いたら負け。あとは、私が危険だと判断した場合はその場で静止するから従うこと、いいね」
「はい、問題ありません」
「こっちも大丈夫だ」
「禁則事項は相手を殺しかねないような危険な真似をすること。殺したり重度の怪我を相手に負わせた馬鹿はうちのギルドに相応しくない。いいね」
私達はお互いに見合い、メレディアさんへ頷いた。
その様子を見てメレディアさんは満足そうに頷き、開始の合図をするべく片腕を上げて見せた。
私たちはそれを見て、お互いに剣を構える。私は脇に剣を構えて半身になり、ランダンさんは足を前後に開き、顔の横で剣を構えた。
「——始めっ!」
号令がかかると同時に、私たちは動き出す。お互いに間合いを計ることなどせず、正面からぶつかり合うことを選んだ。
私の選択にランダンさんは驚いた様子を見せたが、すぐにその色は消え失せる。間合いに私が踏み込んだ瞬間、強烈な剣が私の頭上に振り下ろされる。
私はその剣を切り上げるようにして迎撃する。
私の頭上で剣が交差する。ランダンさんは見た目通りの剛剣で、私の細腕では到底受けきれない。
すぐさま剣先を少し落とし、剣を傾けた方向と反対方向に体を動かす。
私の木剣の表面をランダンさんの木剣が滑り、強烈な一撃が地面に叩きつけられた。その場に私はいないにしても、受け続けていればさっそく木剣が折れていたに違いない。
「流石ですね。正面からのぶつかり合いは、私では勝てそうもありません」
「俺も今の一撃を正面から受けに来るとは思わなかったぜ。なかなかの豪胆さだ」
打ち合った瞬間の感覚で手が痺れている。
私はもう一度強く木剣を握り直す。木剣を握る分には不足ない。もう一度やれと言われたら厳しいが。
私は構え直し、もう一度突撃する。打ち込み、返され、切り返し、ぶつかる。
剣と剣が交差し合い、力の差で押し負ける。その繰り返しが何度も何度も繰り広げられる。
最初は気になっていた周囲の騒めきも、今は私の耳にはいらない。
「——何笑ってやがる」
「え?」
思わず左手で自分の顔に触れる。口元がつり上がっている。
状況は劣勢。私の手は衝撃に疲れ果て、剣を握る手に力が入らなくなりつつある。
大して、相手は大して疲弊している様子もない。鍛えた男と、戦いと無縁だった女の身との差をまじまじと見せつけられている。
勝ち目はない。少なくとも、同じ戦い方を続けたのであれば。
「ふふ、ふふふふ」
「なんだ、気でもおかしくなったか?」
「いいえ、楽しいなと思いまして」
そうだ、私は今この状況を楽しんでいる。不利な状況こそ楽しんでいる。
私は構えるのをやめ、その場で脱力する。前世を思い出せ、私。
獣の群れに囲まれ絶体絶命。全身から血が流れ、体に力も入らない。死ぬかと思ったその間際に、私は光を見た。
今、ここで、同じものが見える。脱力の果てにあるものが。
ああ、だから剣の道はやめられない……っ!
「少し、本気を出します。すみません、今まで寝ぼけてたみたいで」
単純な力ではかなわない。では、単純ではなくすればよい。
私の気配が変わったことを察してか、ランダンの構えが変わる。より本格的な構えだ。向こうも手加減してくれていたという事か。
ゆらりと倒れこむように体を前に傾け、私は再び正面からランダンへ望む。
彼はこれまでと同じように、私を叩き潰すように剣を振るう。上から振り下ろされるそれは、これまでよりも遥かに勢いを増している。
まともに受けられないのは明白だ。
なら、受けなければいい。
私は剣を回すようにして、振り下ろされる剣の側面を撫でて横に流す。
それだけで、剛剣の剣筋が変わる。
周囲のどよめきが広がる。
今の私には全てが聞こえる。些細な靴音も、衣擦れの音も、相手の呼吸音も。
相手の剣を全ていなし、私は全能感に浸る。
自らはまだ攻め込まない。打ち合って勝てる相手ではないのだから。
必要なのはしびれを切らした相手の深い一撃。もしくは、警戒した見合いの間。
さてはて、相手はどちらになるかと待ち構えていると、相手はこれまでよりも深く大きく振りかぶった。
一撃が来る――
「やめっ!」
——一声で、世界が戻ってきた。
気が付けば、私の木剣はランダンさんの首元に迫り、ランダンさんの振り下ろした木剣は地面に剣先をつけていた。
「はあっ、はあ、はっ、ふぅ」
戻ってきた世界の色と温度に、汗が噴き出す。
集中していた糸が切れ、私の体から力が抜ける。その場に膝をついてしまい、立ち上がろうにも手足が震えて邪魔をする。
「驚いたぜ嬢ちゃん!」
「ランダンの野郎に勝ちやがった!」
「すごい、すごいですリリィ先生!」
「まじかよ! 全額負けじゃねぇか!」
「へへっ、大穴倍率頂きぃ。ありがとよ、あんたは俺の天使だぜ!」
歓声やらなにやらが一斉に沸きだす。
周りを見渡すと、誰も彼もが熱狂していた。
どうしようと混乱していた私の前に、大きな手が差し出される。ランダンさんのものだ。
「大丈夫か? すごい汗だぞ」
「ええ、はい。少し、疲れてしまいました」
「凄い集中力だったもんな。驚いたぜ、まさか負けるとは思わなかった」
ランダンさんの手を掴み、私は立ち上がらせてもらう。まだ膝が笑っているものの、立てないほどじゃない。
「誰かに剣を習ってたのか? 途中から動きが変わって驚いたぞ」
「いいえ。そういった経験は、ないです。独学ですね」
「にしては、洗練された太刀筋だった。見事だ、文句ない負けだった」
ランダンさんから拍手を送られ、周りの人々からも拍手が鳴り響く。
私はどうしていいのかわからず、その場で慌てふためくだけだったところに、メレディアさんがやってきた。
「おめでとう。まさか勝っちまうなんてね」
「メレディアさん。ありがとうございます」
「手加減はしてないぞ。普段使いの武器じゃないってのはあったがな」
「はいはい、見てればわかるさそんなこと。言わんでよろしい」
こなれたやり取りに、少しだけ笑ってしまう。
おそらく、ランダンさんの本来の武器は大剣だ。振りかぶり方や、両手をそろえる構えなど、大剣のそれに近い構えが途中で見受けられた。
片手剣は専門外に関わらず、ここまでの強さを誇っているのは流石と言うべきなのだろう。
「さて、それじゃあ野郎ども文句ないね! 今日からこの子はギルドの仲間だよ!」
「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
大歓声が広がる。私の名前を呼ぶコールまで始まった。
私は照れくさくなって、頬を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます