第8話:嘘と仲裁と
朝になった。
朝が早い人たちが多く、私が一番遅く起きてしまった。
寝顔を見られたかと思うと、少しだけ恥ずかしい。
「とは言われましても……」
「ならば、ギルドの方を通させて抗議させてもらう」
「それだけはっ!」
外から話し声が聞こえてくる。エイベンさんの声だ。
誰かと話し合っているのか、もめているのか。
少しただ事ならぬ雰囲気を感じたので、私も行ってみることにした。
寝るときに
髪の毛の手入れをしたいが、している余裕はないだろう。手伝ってくれる人もいない。
途中止めてくれた家の主が頭を下げてきたので、私も頭を下げて挨拶を返す。
「だが、依頼の不備は規則でだな」
「そこを何とか! 国境付近と言うことで、我々も大変なのです」
「国境付近と言っても友好国だろう? それに、平等じゃない」
昨晩私たちを案内してくれた村長さんと、エイベンさんが言い争っている。
険悪、と言うよりもお互いに困っている様子。
本当は言い争いたくないのが明け透けだ。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
「あっ、リリィさんおはようございます」
「おお、おはようございます」
挨拶をして、二人の顔を見合う。どちらも助けが来たかのような表情だ。
私で助けになるならば良いのだが……。
「実は、僕たちが受けた依頼はダイウルフ二体の討伐だったんだ」
「二体? でも、四体いましたよね?」
「そう、依頼内容と実際の内容が異なっていたんだ」
村長さんがまた少し困った表情になった。
なるほど、二人が言い争っている理由が分かった。依頼を達成しに来たら想定よりも多くの敵がいた。
エイベンさんたちからすれば、命に係わる出来事だ。そうでしたかと流すわけにもいかない。
「ギルドの規約上、不確定要素がある依頼とそうでない依頼は分けられる。今回は、確実に二体と言う依頼だったんだ」
「二体以上ではなく、二体と断定されていたわけですか。それはまた、どうしてそんなことを?」
素人考えでも、魔物の正確な数を把握するのは難しいはず。よほど手慣れた人物がいて、魔物の住処を特定出来たとかでもない限り、不可能だろう。
私の問いに、村長さんは顔色を悪くする。
「実はですね。不確定要素を入れますと、依頼料が高くなってしまうのです」
「それは当然のことですよね。危険が増えるというですから」
「うちの村にはそこまで払う余裕が現在なく。しかし、魔物が付近にねぐらを作ったとなれば、村の存続にかかわります」
払うお金がなかったから。でも、討伐しないわけにはいかない。
だからこそ、悪いことだと理解していても嘘をついて依頼を出してしまった。
「国に助けを求めることは?」
「難しいだろうね。国境付近とはいえ、自由に動かせる騎士が多いわけじゃない。歎願は受け入れられても、実際に対処されるのはいつになるか……」
「子供が襲われかけたということもあり、一刻も早く対処をしなければなりませんでした。危険にさらしたことは、誠に申し訳ございません」
大変申し訳なさそうに村長さんが頭を下げる。
何度目か繰り返された光景なのだろう。エイベンさんが困った表情でその様子を見ている。
「ギルドの規約では、こういった間違った情報の依頼を出したところの依頼は、次回から弾かれるか優先度が低くなるんだ」
「構成員を危険に晒したいわけではないですものね。わかります」
「ですが、そうなりますともし次があった際、我々の生活が……」
なるほど。それぞれの言い分は把握できた。
エイベンさんは、嘘の内容の依頼を出してきた村の人たちに対して、ギルドの規約に則った対処をしようとしている。
しかし、村長はそんな余裕がなかったから情状酌量の余地を求めている。
「……わかりました。では、こうしましょう」
私が手を打ち提案を持ちかけようとすると、二人は私へ視線を集中させる。
「まず、村長さんについてですが、ギルドの規約に則って次回以降の優先度低下は甘んじて受けましょう。村の人の命に係わるかもしれませんが、だからと言って冒険者の方々の命を軽んじていい理由にはなりません」
「う、うぅぅ。それは、仰る通りです」
人の命に係わる問題だ。冒険者の命も大事、自分たちの命を守るために、他者の命を軽んじていい理由はない。一歩間違えば人殺しになるのはこの村の人たちなのだ。
「次に、報酬に関してですが、これは私が分け前を受け取りましょう」
「なんだって?」
「エイベンさん。実際あの魔物——ダイウルフとおっしゃってましたっけ? あの魔物四体のうち三体は倒しました。ですので、お礼を受け取る権利があると思いませんか?」
エイベンさんは私の持ちかけた話について、顎に手を当てて考え始めた。
少し考えると結論が出たのか、小さく頷き私の方へ視線を戻してきた。
「そうだね。危ないところを助けてもらったんだ、お礼はさせて欲しい」
「では、倒した分のダイウルフ三体分の討伐報酬を頂きます。えっと、そうなるとエイベンさんたちが貰うのは、ダイウルフ一体分の報酬になりますね」
私がここまで言うと、意外だったのかエイベンさんの眉が上がった。
私がウインクして悪いようにはしないと合図をしてみると、私の意図を理解してくれたらしくエイベンさんは楽し気に笑った。
「わかった。受け入れよう」
「ですが、我々には二体分までしか出せる報酬がなく――」
「あれれ? 実は私、ここから町に行く道がわからないんですよ!?」
村長さんが不安そうな顔をして口を挟んできたので、ここはあえてわざと両の手を広げておどけて見せる。
話の主導権を渡したくないので、少し強引だけれど続けさせてもらう。
「エイベンさん、私から依頼です。ダイウルフ一体分のお金で、町までの案内を引き受けてくれませんか?」
「ああ、喜んで」
「では、エイベンさんたちが最終的に受け取るのは、予定通りダイウルフ二体分の報酬ですね」
私はわざとふざけた口調でエイベンさんに目くばせして見せる。
エイベンさんは私のウインクに一瞬だけ照れた様子を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「さて、それでは村長さん、ダイウルフ二体分の報酬は出せるんでしたよね?」
「え、ええ。ですがそれ以上は……」
「なら、別のものと交換いたしませんか? 実は私、この国に来たばかりでして、知らないことが多いんです。どうでしょうか、ダイウルフ二体分、情報を買わせてもらえませんか?」
私が言い切って、始めて村長さんは私がやろうとしていたことの意図を理解してくれたようだ。
ようは、村の人が実際に支払う金額がダイウルフ二体分になればいい。
ダイウルフ四体のうち、ダイウルフ二体分の報酬はお金以外のもので消費してしまう。これでこの場限りは何とかなる。
嘘の依頼を出した分は庇ってあげられないけれど、金額の面は庇ってあげられる状況だった。
エイベンさんたちも、金額には思うところがあったようで、私が言えば矛を収めてくれるだろう。
実際に様子を見てみると、仕方がないと言わんばかりに手を宙に放り投げてくれた。
差し出がましい真似をしたと思うけれど、受け入れてもらえて助かった。
私の提案に、これ幸いと受け入れてくれた村長さんは、家に私を招待してくれて、色々な話を聞かせてくれた。
近くにある町の事、遠くの王都の噂話、旅人に必要になりそうな情報を、報酬分よりも少し多いぐらいに語ってくれる。
その大半はリリアンヌが持つべき教養として勉強したことだったが、口に出すことはしない。
私ができる限りで彼らを助けられた。
おこがましいかもしれないが、私はそれに満足感を覚えていた。
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