第7話:冒険者というもの
村にたどり着いた私たちは、魔物の討伐に成功したという事で暖かく迎えられ、一晩の宿を得られた。
エイベンさんたちは何か村の人たちに言いたげな様子だったが、今日のところは何も言わないでいるようだった。
夜の間は身を休めるのに集中する。その間、お互いの状況などを少しだけ話し合う時間を得られた。
エイベンさんたちは冒険者ギルドと言うギルドに所属しているメンバーで、村の人ではないらしい。
冒険者ギルドと言うのは、魔物を討伐したり未開の地を探索して地図を作製する人達のギルドで、国家間でも共通化されていて広く知られている。
私も知識としては持っていたが、実際にギルドに所属しているメンバーと会ったのはこれが初めてだった。
「じゃあリリィはティエラ王国から来たんだ」
「はい、旅を始めまして。ティエラ王国からカバリロにやってきたばかりなんです」
「だからこんな国境付近を一人でか。大変だな」
私は部屋の一角を借りて、剣の手入れをしている。
獣を切って、投げつけて突き刺したのに刃こぼれ一つない。いい一品だと思う。
これなら、汚れをふき取るだけでよさそうだ。
「リリィぐらい強いなら、女性一人旅が不用心とは注意できないな」
「ズバッ! ズバッ! だもんね」
褒められると少しだけ照れくさくなる。今世の私の身に着けた技術でないと言え、認められるのはいつだって嬉しい。
「ねぇ、ねぇ、リリィはティエラ王国から来たんだよね。なら、魔法を使えるの?」
モニカが純粋な瞳で私に尋ねてくる。
私は思わず苦笑いしてしまった。
ティエラ王国は魔法大国として知られている。基本的に貴族だと魔法が使えるのは素晴らしい血統主義だと周辺国からは一目置かれている。
「いいえ、使えないの。それに、基本的にティエラ王国でも貴族しか魔法を使えないわ」
「そうなんだ……。私、一度ティエラに行ってみたいなって思ってるの」
「どうしてですか?」
「実は……」
少し言いづらそうに、照れくさそうにしているモニカ。
私が疑問で頭を傾けていると、エイベンが補足してくれた。
「モニカは魔法使いの素養があるみたいなんだ」
「ちょっとエイベン!」
魔法使いの素養。つまり、モニカには魔力があるということだ。
ティエラ王国では稀に一般人にも魔法の素養がある人が生まれる。他国では更に稀だ。
私が驚いてモニカの方を見ると、モニカは本当に顔を赤くして照れていた。
「周りが持てはやしてくるだけで、あの、別に大した魔力量じゃなくて、実際には全然役に立たないんだけれど――」
「……なかなかないことですね。貴重な才能です、活かせるように努力すれば、きっと実りますよ」
私はきちんと笑えてただろうか。
ぎこちない笑顔になってしまうのはよろしくない。昨日の今日でこの話題、少しだけ堪えるものがある。
「私は魔法を使えませんが――少しだけ、基本の事を教えることならばできますよ」
「本当っ! え、でも、いいの?」
私の申し出に、俯きかけていた頭をモニカさんは勢いよく上げた。
その勢いの良さが面白く感じて、少しだけ気持ちが軽くなる。
「構いませんよ。モニカさんは冒険者なのでしょう? なら、私が教えた魔法で人々を救ってくだされば、これ以上のものはありません」
そう、大事なのは人々が救われることだ。
私個人の感傷で、それを違えることはしてはならない。
魔法の担い手は貴重だ。ティエラ王国では貴族の大半が魔法使いと言えど、民衆の間に恩恵が下りてくるのはかなり優先度が下がる。
民草の中で魔法使いを育てる。ティエラ王国での課題の一つだ。
魔法大国と呼ばれるティエラ王国だが、実際のところはまだまだ国中に魔法が広まってるとは言い難い。魔法使いは変わらず貴重な存在なのだ。
「リリィさん……っ! 感激しました、弟子にしてください!」
「いえ、私は魔法を使えませんから、あくまで聞きかじりの知識を教えるだけなので――」
「なら先生と呼ばせてください。リリィ先生!」
モニカさんが感極まったのか私に抱き着いてくる。
剣を拭き終わって鞘に納める直前だったので、少しだけ慌ててしまう。
幸いなことに、剣の刃がどこかを傷つけるようなことはなかった。
微笑ましい様子で、男三人がこちらを見ている。
その視線は、まるで妹を眺めているように温かく、このパーティでのモニカさんの立ち位置を示しているようだった。
「よかったな、モニカ。リリィさん、ありがとうございます」
「リリィさん、俺たちにも剣を教えてくれよ!」
「そうだ、そうだ、モニカばかりずるい!」
ガーディとハーディの二人が騒ぎ出す。
モニカさんは私の胸に頭を擦りつけてきていて、どう対応しようか迷う。
リリアンヌならばはしたないと
剣を教えるのも、断るのは少しおかしい気がする。
だって、モニカさんには魔法を教えるという約束をしてしまったのだ。
「……わかりました。でも、剣は教えられるほど知識がないのです。なにぶん独学なものでして」
「うっそだーっ!」
「あんなにきれいな剣筋見たことないって!」
「こらこら、リリィさんをあまり困らせるな」
にじり寄ってくる二人組を、後ろからエイベンさんが頭を捕まえて抑え込んでくれた。
二人の頭を握っている手に力が入っているのか、ぎりぎりと音が鳴り、二人は苦しそうにしている。
「いえいえ。なので、手合わせぐらいなら、と」
「いだだ、いだ、ほんとうに? いだだ」
「エイベンの馬鹿力、手加減しろいだだだだだ! ギブギブギブ!」
「なんで俺の方まで強くなって痛い痛い痛い!」
本当に痛そうにしているので心配になるが、モニカさんが大丈夫ですと呟いた。
モニカさんの方を見ると少しだけ困ったような顔をして見上げてきていた。その顔を見るに、この光景は普段通りで心配が必要なものではないらしい。
「困った人たちですよね?」
「いいえ、素敵な仲間ですね」
私がそう返すと、みるみるうちにモニカさんの顔が赤くなる。
ばつが悪そうに私からも離れて、そっぽを向いてしまった。
その様子も可愛らしくて、なんだかとても楽しくなって、笑ってしまう。
離れてくれたので、剣を鞘に納めるのは忘れない。
少しだけ彼らが羨ましくなった。
さっそくだが、家族が恋しくなる。特に、お兄様と弟のコーネットは不出来な私をよく気遣ってくれていた。
お兄様は私の事を魔力無しだからと蔑むことなく、努力する私を気遣って外に連れ出してくれたり、落ち込んでいたら励ましてくれたりした。
コーネットは、最初のうちは私の事を疎ましく感じていたらしいけれど、最終的には姉上と慕ってくれて一緒にお茶を嗜む仲にもなれた。
目をつぶれば、過ごした情景が瞼の裏にありありと思い出せる。
とても大事で、大好きな家族だ。
目を開くと、照れて赤くなっているモニカさんが、エイベンさんたちにもまれて、からかわれている。
彼らの姿が私と一緒に遊ぶ兄弟の姿に重なって、少しだけ嬉しくもなり、寂しくもなった。
こうして、私たちの夜は更けていく。
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