第6話:初めての魔物討伐

 私は案内された道をひたすらに歩く。舗装された道の左右には森が広がっており、人が住んでいる気配を感じさせない。

 半日ほど歩いただろうか。空が僅かに暗くなってきている。

 体力面が心配だったが、妃教育のおかげで根性だけは身についていた。少しぐらいの無茶なら何とかできる。


 宿場町まではどれだけかかるのだろうか。数日でたどり着けるといいのだが。

 実はそこまで大量の荷物を持ってきていない。補給できる場所がどこかにあると助かる。


「どこまで進めばいいのかわからないというのは、結構辛いものですね」


 妃教育ではたどり着くべき場所が必ずあった。完璧があった。

 今はそうではない。どこまで続くのかわからない道が続いているだけだ。

 私は精神的に疲弊し始めていた。


「……少し、息抜きしましょうか」


 周囲に誰の姿もないことを確認して、私は腰に携えた剣を抜く。

 久しぶりの重み。今世では味わったことのない重量感。旧友に出会った時のような高揚感。

 正面に構えて、目を細める。そこにいないはずの敵を作り出すために。


「——ふっ!」


 剣を振るう。思った以上に、体はついてきてくれた。

 突く、振るう、跳ねる、体になじませるように順繰りに、一つ一つの動作を懐かしむように丁寧に行う。


 傍目には剣舞のようにでも見えるのだろうか。

 前世のそれには及ばなくても、現時点では悪くない実力と言えそうだ。

 比較対象がいないので、確かなことは何一つとして言えないのだが。


「……何の声?」


 剣を振るったことで神経が研ぎ澄まされ、遠くから聞こえてきた鳴き声を聞き取れた。

 獣? 魔物? 聞いたことがない声だった。人の声ではなかった気がする。

 ただの鳴き声ではない。狩りをするときなどの興奮した声だった。

 道を逸れるが、行くべきか行かざるべきか。


 逡巡しゅんじゅんしたのは一瞬の事。私は私自身に立てた誓いを思い出す。

 人が襲われている可能性があるのなら、放っておくわけにはいかない。

 私は舗装された道を逸れ、木々生い茂る獣道へと身を走らせた。


「誰か、誰かそこにいますか!?」


 声を響かせながら、私は木々の間を走る。

 意外なことに、初めて走る森の中でも体は軽く、先へ急ぐ気持ちに追いついている。

 体の底から湧き上がる力に身を任せ、私は声が聞こえた方向へ走り続ける。


「誰かいるのか! 魔物だ! 避難しろ!」


 木々の先から声が返ってきた。男の人の声だ。

 私は走る速度を上げる。

 見えた。人が獣と相対している。獣は茶色の毛並みを持つ大型犬のような見た目をしているが、にしては少々姿が荒々しい。


 怪我をしている男の人が一人、その人を庇うように女性が一人、獣に刃を向けている男性が二人。

 獣は四匹、刃を向けている男性一人につき二匹つくように立ちはだかっている。


「助太刀いたします!」


 剣をひるがえし、下段に構えて獣の背後から突撃する。

 獣がこちらに気が付いた。私は走り抜けざまに剣を横なぎに振り、一番近くにいた一匹を一刀の元に切り伏せる。

 滑らかに、隙間を縫うような剣筋だった。さして力を必要ともせず、獣を上下に一刀両断した。


 続いて踵を返し、二匹目へと切りかかる。先ほどは不意打ちだったからすんなり行けたが、二匹目はそうはいかない。

 一太刀目は後ろに飛びのかれて避けられる。手首を返し、着地の瞬間に合わせて大きく踏み込み、もう一太刀浴びせる。


 剣先が獣の鼻を掠った。獣が悲鳴を上げる。


「——手助け感謝するっ! おい、こっちの二匹は俺らで倒すぞ!」


 視線を向けると、剣を持っている男性二人が態勢を整えて残りの二匹に向かって行くのが見えた。

 なら、向こうは二人に任せて、私はこの一匹に集中しよう。


「シッ!」


 息を吐きながら、もう一度深く踏み込む。今度は反応されるよりも早く、鋭く剣を振りぬく。

 腕の先まで伸ばして、確実に切りさけるように間合いを広く。

 今度は足の根元を切り裂いた。動きが鈍った一瞬の隙を見逃さず、私は勢いそのままに体を回転させて――今度こそ獣を両断した。


 確実に殺したことを確認して、獣と戦っているはずの二人の方へ視線を向ける。


「危ないっ!」


 一匹に二人で集中しているところに、背後から獣が飛びかかろうとしていた。

 私は剣を逆手に持ち替え、思いっきり振りかぶる。

 体をバネのようにしならせ、槍を投げるようにして、剣を飛び掛かる獣に向かって思い切り投擲とうてきする。


 獣の断末魔が同時に響く。私の投げた剣に貫かれた獣の叫びと、二人の手によって倒された獣の鳴き声だ。

 その声によって、二人は自分たちが背後から襲われかけていたことに気が付いたらしい。


「そこのお方、大丈夫ですか?」


 私は他に獣がいないことを確認して、怪我人の様子を確認しに行く。

 怪我をしている彼は、そこまで深手を負っていたわけではないらしく、女性の肩を借りて立ち上がっていた。


 改めて彼らの様子を正面から見る。怪我をしている男の人は茶髪を短く切りそろえて、精悍せいかんな顔立ちをしている。鍛えているのか、体格もしっかりしている。

 どうやら、足を怪我しているらしく、立ち上がるのに苦労している様子だった。


 女性の方は、黒色の髪を後ろに束ねて、如何にもお淑やかと言った様子。どうしてこのような場所にいるのかわからないぐらい大人しそうな風体だ。


「いや、助かった。ありがとう」

「はい、ありがとうございます」


 二人は私に対して頭を下げてお礼を言う。

 なんて返そうか少し迷っていると、戦っていた二人もこちらへやってきた。


 こちらは双子か兄弟だろうか、非常に二人ともよく似ている。

 少し焼けた茶髪に、笑顔が元気いっぱいな二人組だ。


「周りにはもういないっぽいぜ」

「さっさと村に戻ろう。報告をしないとな」

「ああ」

「……近くに村があるんですか?」


 近くに村があるのなら、少しだけ立ち寄りたい。

 周りの地理状況も確認したいし、既に暗くなり始めている。もしかしたら、泊まらせてもらえるかもしれない。


「すっごいな、あんた!」

「一瞬でズバッ、ズバッて切り捨ててかっこよかったぜ!」


 戦っていた二人は私を見つけると、目を輝かせて迫ってくる。

 男の人にこんな風に詰め寄られたことがないので、私はどうすればいいのかわからない。


「止めてやれ、困っているだろ。ほら、彼女の剣を取ってきてあげろ」

「あっ、そうだな。またあとで話聞かせてくれよ!」


 怪我している彼が横から助け舟を出してくれた。彼が一番年長者のように見えるため、彼がこの四人のリーダーなのだろうと思う。

 私はリーダーだろう彼に向かい合って、話をしようと試みる。


「あの……」

「本当に助かった。感謝する。村に用事があるのか?」

「もしよかったら、そろそろ暗くなるのでお邪魔させていただけないかと思いまして」


 私の言葉に得心言った様子で、男の人は頷いた。


「あんたは俺たちの恩人だ。喜んで案内させてもらう」

「ありがとうございます」


 彼は女性に捕まっている方とは別の方の手で、私に握手を求めてきた。


「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はエイベン。こっちがモニカで、あいつらがガーディとハーディだ」

「私はリリ……リリィです」

「そうか、リリィ。改めてありがとう、助かったよ」


 私は握手に応じながら、自己紹介をする。

 本名を言うのははばかられたので、愛称で。初めての人に愛称で呼ばれるのは、少しこそばゆい気持ちになるが、仕方がない。


 本名を名乗って、後から国外追放された身分だとバレるのが怖いのだ。彼らの態度がどう変わるか、わからないから。

 今は友好的でも、手のひらを返されるかもしれない。それは少しだけ、辛い。


「おーい、剣拾ってきたぞー」

「それじゃ、行こうか」

「はい」


 彼らの後ろ姿について行き、私は村へと向かう。

 剣はありがたく受け取り、きちんと血をふき取っておいた。

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