第35話:抗魔体質

 結局、あれから私が熱を出してしまったので、数日ばかり村で足止めされてしまった。


 村では代表者が言い訳がましく細かいことを言っていたが、無事に終わったという事で私は特に追及はしなかった。

 私にそんな権限はないし、被害者同士で追及し合っても不毛なだけだ。

 ギルドに仔細を伝えて、そちらで判断してもらった方がいい。


 結論としては、私が着れる衣服だけ一着貰っただけで一旦話は終えた。

 流石にボロ着のままフォルテラに帰るわけにはいかない。

 衣服は支払うには高いが、この条件は流石に引けず、貫頭衣を一着頂いた。

 肌がチクチクするが、そこは贅沢と言うものだろう。


 そんな感じで、私達は無事にフォルテラのギルドまで戻ってきたのだった。

 報告を済ませた直後は大層驚かれ、無事だったことを喜ばれた。

 メレディアさんにはまず馬鹿な真似をしたと怒られ、方法についてとやかく言われた後に無事でよかったと抱きしめられた。


 私も、無事に戻ってこられて本当に良かったと思う。

 一歩間違えれば、誰かが死んでいてもおかしくなかった。


 数日が経って、事態も落ち着いたということで私がメレディアさんと個室の中二人で向かい合って座っている。

 簡素な部屋だ。応接間と言うよりも、誰かの私室のように感じる。きっと部屋の主はあまり物をため込まない性質なのだろう。


「——それで、細かい話を聞かせてもらおうか」

「はい」


 私はメレディアさんに再度一から丁寧に話をする。

 村で何が起こったのか、“笛吹き男”がどのような行動をとっていたのか、状況を細かく覚えている限り詳細に。


 話を聞いている間、メレディアさんは眉間に皺を寄せて険しい表情をしていた。

 聞いていて気分のいい話ではないのはもちろん、“笛吹き男”の奇行に頭がおかしくなりそうになっているのだと思う。

 私も話していて、改めて気分が悪くなった。

 村へ続く一本道の先で待っているなんて舐めた真似をされていたと思うだけで普通に嫌な気持ちになる。それでいて、最後には逃げられたのだから始末も悪い。


 一通り確認し終わって、メレディアさんの口から最初に出てきたのは溜息だった。


「……まあ、悪かったよ。依頼の精査が足りなかったギルド側の落ち度もあるからね」

「いいえ、それに関しては何とも。悪いのは全て“笛吹き男”ですから」

「頑固だねぇ」


 メレディアさんは私に一言断りを入れてから、キセルを吹かした。

 キセルを嗜むのか。知らなかった。

 でも、様になっている。


「私達としては、出来る仕事は限られてるがね、王宮は“笛吹き男”の情報を高く買ってくれるそうだよ」

「報酬が高くもらえる、と言うことで留飲を下げろと?」

「そうは言ってないさ。でも、報酬は実際に多く出るよ」


 お金は必要だが、私の留飲は下がらない。

 こうなったら、私自身の手で“笛吹き男”を捕まえない限りはこの憤りは収まりきらないだろう。


「そこまで怖い顔をしなさんな。見た感じ、少し短くはなったが、髪がそこまで致命的な状況になったわけではなさそうだけれど?」

「致命的な状況じゃない? 致命的ですよ!」


 私は思わず机を叩きながら立ち上がってしまう。

 その様子にメレディアさんは一瞬だけ怯んだ様子を見せ、曖昧に笑って見せた。


「毛先は燃えてしまったので切るしかなかったにしても、全体的なダメージが酷い! こんなに髪が痛んだのは初めてですよ。ここまで痛んでしまうとどう手入れしたものかわからないし、ああ、もうこれまで大切にしてきたのに全部台無しにされた気分です」

「……ドラゴンの炎を貰って、髪が痛んだと叫び宣うのはあんたぐらいなものだよ。まったく」

「何か!?」

「いいや、何も」


 気迫でメレディアさんを黙らせる。

 この件に関してはメレディアさんにも誰にも、お兄様にも口を挟ませるつもりはない。


「しかし、本当に良くも無事だったよ」

「酷いやけどは負いましたけれど、赤い靄が出たと思ったら大分治ってました。私でも不思議に思っているんですが……」

「赤い靄に関してもそうだけれど、普通ドラゴンの炎をまともな装備無しに貰えば消し炭ですまないよ」

「そうなんですか?」


 確かに凄い熱量の炎だった。私も死んだと思ったが、意外とぎりぎり意識を保てたから驚いたものだ。

 消し炭にならなかったのが不思議でならない。あの赤い靄と激情で全てがどうでもよくなっていたから気にしなかったが、確かに。


「ひょっとすると、リリィは抗魔体質なのかもしれないね」

「抗魔体質?」

「冒険者の中にはたまにいるんだよ。魔法ってのをそもそも寄せ付けない体質の人間がね」


 魔法を寄せ付けない体質?

 それは一体どういう事なのだろうか。


「ようは、魔法の効きが極端に悪い人間がいるって話さ。こういう風に攻撃魔法に対して高い防御を誇る一方、回復魔法とかも効かないから一長一短だね」


 そこで、思い出したようにメレディアさんは私の目を真っすぐに見つめて疑問を投げかけてくる。


「リリィはティエラから来たんだろう? 魔法はより身近な存在だったはずだ、心当たりはないのかい?」

「心当たり、ですか」


 ある、どころの話じゃない。

 なにせ、私はまるで魔法が使えない身の上だ。血統的には何も問題はない、両親も兄も問題なく使いこなしている。多少血が離れている弟のコーネットですら魔法を使える。

 私だけが、不自然に魔法を使えないでいる。そこだけ穴が抜けたかのように。


 私自身が魔法を寄せ付けない体質ならば、説明ができる。

 でも、どうして? そんな風に生まれる理由がわからない。

 稀にある現象ならば、他に話が残っているはずだ。でも、調べた限りティエラ王国の貴族でそういった体質の人間が生まれてきた記録は残されていなかった。


 わざわざ消されていた? まさか、そんなはずは……


「赤い靄についても、話に聞いたことがあるね」

「本当ですかっ!?」


 メレディアさんの次の言葉にも、私は強く反応してしまう。

 考え込んでいて不意を突かれたのもあった。


「生命昇華とか言ってたっけ? なんだったか、忘れてしまったけどね。知りたいのなら、伝手を当たってもいいけど、どうするかい?」

「それは、是非お願いいたします」


 あの赤い靄が何なのかはよくわからない。

 力が湧いて出てきたり、傷の回復が早まったり、使いこなせれば力となってくれるだろう。

 ……あの発熱とかが後遺症として出た可能性もあるが、単純にドラゴンの炎に焼かれた影響の可能性もある。


「なら、そちらは連絡を飛ばしておくよ。連絡が簡単に取れる相手じゃないから、時間は貰うけどね」

「はい、構いません。何か情報が得られるのなら、それが一番ですから」


 そのあとは当たり障りのない状況の話をして、私たちの話は終わった。

 私が退室しようとすると、忘れてたと呼び止められる。


「これを渡すのを忘れてた。ほら、受け取りな」

「これは……冒険者証ですか?」

「そう、リリィの分だ」


 私は冒険者証を受け取り、改めて眺める。

 これが今後の私の身分証明にもなってくれると考えると、大事にしなければならない。

 冒険者証を眺めていると、一つ目に入った部分がある。

 そこを指さして、メレディアさんに聞く。


「あの、これって……」

「ああ、妥当な判断だよ。なにせ、ドラゴンを一人で殺した冒険者だ。Dランクの器になんか収まるわけないだろう?」


 不敵に笑うメレディアさんに釣られて私も苦笑する。

 そこまでの事をした自覚はない。無我夢中だっただけだ。


 私の冒険者証には、Cランクの文字が刻まれていた。

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