第15話:子供じみた理由
魔物の殲滅が終わり、私たちは周囲の安全を確認した。
砦の中はもぬけの殻で、内部に潜んでいた魔物も混乱していたのか大して労力をかけずに討伐し終わった。
兵士たちの死体がないか捜索したが、見つからなかった。
魔物に食われたにしてはそれらしき痕跡もなかったことから、避難には成功したものだと推測した。
結果として、私たちは一度砦を後にして、近くにあるルガウィッチ村に身を寄せることにした。
もしかしたら、避難した兵士がいるかもしれないという予想の元だ。
私たちの予想はあっていた。村には傷を負った兵士たちが身を寄せており、私たちの到着を見て代表者の人がやってきた。
村の家に住まわせてもらっているわけではなく、非常用の天幕が幾つも建てられており、そこに兵士たちが居住しているようだ。
「フォルテラの冒険者ギルドの方々ですか。こちらはダン砦をまとめるよう命を受けていたホレスと申します」
「フォルテラの冒険者ギルドより来たメレディアだよ。とりあえず、無事を祝わせてもらうよ」
「はは、無様に敗走した身ですがね。何とか物種は拾えました」
こちらへ、と案内されてメレディアさんは一つの天幕を指示される。
代表者同士で話をするのかと思えば、メレディアさんは私の方を向き、手招きして見せる。
なんだろうと近づいて見せると、腕を掴まれて前へ引き出される。
「この子は同席させてもらうけど、いいかい?」
「は? 構いませんが、何か」
「何、この子が主犯を見たって言うんでね。一緒に話を聞かせてもらおうじゃないか」
メレディアさんの言葉に、ホレスさんは目の色を変える。
「……スタンピードとしては、違和感を持っていました」
「だろう? この子が言うには、人為的に引き起こされたものだそうだ。奴はそう言ってたんだろう? リリィ」
「えと、はい。頼まれたから砦を襲ったと、男は言っていました。彼は自分を“笛吹き男”だと名乗ってました」
笛吹き男と言う名前を出した瞬間、メレディアさんとホレスさんの顔色が変わる。
メレディアさんには大まかな話は移動途中にしていたが、細かい部分までは話していなかった。
「細かい話は天幕の中でしましょう。是非、こちらへ」
ホレスさんに導かれるまま、私たちは天幕の中に入った。
天幕の真ん中には机が置かれており、机の上には砦の見取り図だろうものが置いてある。
部外者の私たちが見てはいけないようなものの気がするが、いいのだろうか。
「砦の奪還作戦を立てていたところだったのですが、どうやらその必要はなくなったみたいですね」
「まあね。しかし、なんでまた砦が占拠されるようなことになったんだい? 近づかれるまで気づけない立地じゃないだろうに」
確かに、あれだけの魔物が近づいてくれば迎撃の準備も取れるはずだ。
なぜあのような状況になったのだろうか。
ホレスさんは恥ずべきことを話すように、重々しく口を開いた。
「それが、突然何もなかったはずの場所から魔物が出てきたのです」
「——なんだって?」
「急な魔物の出現に我々も対処がしきれず、連絡系統も麻痺し敗走しました。不覚の限りです」
メレディアさんが機嫌悪そうに大きな舌打ちを一つした。
急な魔物の出現。人為的な攻撃。それが意味するところは、もたらされた情報はかなり悪い内容ということだ。
もしも、どこにでも突然現れることができる魔物の軍勢がいたとすれば、防衛の観点を根本から見直さなければならない。
「その現れた場所の調査はしたのですか?」
「まだできておりません。お恥ずかしいことながら、我々も態勢を整えるのに時間がかかりまして……」
つい先日の出来事だ、それは仕方がない。
もしも何か痕跡を残しているのであれば、相手の手札を見透かすことができるのに。
「まあ、こうして生きてるだけ運が良かったね。“笛吹き男”が出たとなれば、まあ王族騎士団まで出張ってきかねない話だ」
「もっともです。砦を一時と言えど奪われた責も、私の首一つで賄えるといいのですが」
「状況調査が終われば一緒に証言してやろうかね。あの数で不意打ちされちゃそりゃ厳しいさ」
「ははは、ありがたいお言葉です」
二人が話している内容に、私だけがついて行けない。
ここはきちんと聞いておくべきことだろう。
「その、すみません。“笛吹き男”とは、何者なのでしょうか」
私の質問に一瞬場が凍り付く。
メレディアさんはすぐに仕方がないとばかりに笑ったが、ホレスさんはよほど意外だったのか露骨に驚いた様子を露にした。
すぐに兵士としてあるまじき行為だと気が付いたのか、体裁は取り繕ったが。
「すみません、この方は――」
「先日ティエラから来たばかりの新人だ。それで“笛吹き男”を撃退したんだから、大金星だよ」
「ティエラから、では知らないのも無理はありませんね」
外国から来たとわかると、得心言ったように頷いた。
つまり、対外的には隠されたような事件と言う事か。それでも国内では知られているあたり、お父様あたりならば知ってそうな話なのだろう。
「“笛吹き男”は現在カバリロでは知らぬ者がいないほど名が売れた悪党ですよ。以前、王宮を襲撃したことで名を広げました」
「王宮を!? 一体何の目的で」
カバリロで大きな事件が起きたという噂自体は私も聞いていた。
まさか王宮襲撃なんて大事件が起きていたとは思わなかった。情報統制はよほど大変だっただろう。
カバリロの王宮騎士団の精強さは各国に名声を響かせている。それを襲うだなんて、よほど頭がイカれた人物でないとやろうとも思わない。
私がティエラの軍事を担ってたとしてもごめんだ。リスクが過ぎる。
「それが……」
「『面白そうだったから』っていう、それだけの理由でだよ」
「……へ?」
言いづらそうにしていたホレスさんの言葉を継ぐように、メレディアさんが説明してくれた。
聞いた私は思わず呆けてしまう。理由が冗談のようだったからだ。
もしもその理由が本当だとしたら、どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むのかと問い詰めたくなる。
私の様子を見て、メレディアさんは苦笑いする。
「嘘みたいに聞こえるだろう? でも、本当の事さ。声明が王宮当てに届けられたんだ、『楽しい遊びだったよ』って、子供が遊び相手に送るみたいな内容がね」
「それ以来、カバリロでは“笛吹き男”は最優先捕縛対象となっています。彼には、ぜひ罪を償わせないといけない。我が国の名誉に関わりますから」
先ほど会ったふざけた男の事を思い出す。
確かに、彼ならばやりかねない。殺そうとしていた相手にいきなり握手を求めてくるような人物だ。何もかもがふざけているような男だった。
「因みに、本物かどうか確認するために、どのような見た目だったか教えていただいてよろしいでしょうか」
「はい、それは――」
私は詳細に会った状況から相手の言動、服装などをホレスさんに伝える。
話している最中で、ホレスさんの顔色がどんどん困ったものになっていったことから、やはり同一人物で間違いなさそうだ。
メレディアさんも、面倒そうな顔になっている。
「……間違いなく同一人物ですね。あまりにも、その、ふざけている」
「同意見だよ。そんなふざけた人物が二人といてたまるかい」
「私もそう思います。その、いて欲しくないですから、二人も」
謎の一体感を得られたところで、今後の話に移ることとなった。
“笛吹き男”が言っていた依頼主に関しては、今後調査するべき事象であるとすること。
魔物が出現した場所について調査を行う事。
今回討伐した魔物に関しては、兵士たちが後処理をして死体自体はフォルテラの冒険者ギルドのものにしていいなど、メレディアさんとホレスさんの間で幾つかの取り決めが行われていた。
魔物の死体を何に使うのかはしれないが、獣のように何かと使い道があるのだろう。
そう考えると、あのエイベンさんたちと狩ったあの狼型の魔物は耳を切り取って証拠にしただけで死体は放置していた。
使い道がある死体とそうでないものがあるのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、私はメレディアさんから声がかかるまで天幕の隅に下がって待機していた。
何はともあれ、必要以上のけが人が出なくて良かった。そう思うことにした。
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