第14話:“笛吹き男”
笛の音に導かれて、私は砦の内部を走り抜ける。
道中、不気味なほど静止したまま動かない魔物が何体かいたのが異常さを表している。
幸いにも、襲ってくるような気配はなかった。
「ここっ!」
笛の音が響いてくる一室を探し出し、私はその部屋の扉を蹴り開ける。
鍵はかかっていなかったらしく、扉はただ勢いよく開いた。
「……なんだぁ?」
部屋の中にいたのは、奇妙な人物だった。声からして男だろうか。
濃い藍色のローブで身を包み、顔はフードを深く被り見えない。まるでそこだけ夜の帳が下りているかのように、漆黒に包まれている。
身長は小柄。私と同じぐらいに見える。
ローブの袖から望く手には、翡翠で出来ている笛が握られている。
暗闇の向こうの口の位置に笛を当てるようにしていた。笛を吹いていたのはこの人物で間違いない。
「貴方がスタンピードの主犯ですね」
「ヒヒッヒッ。おいらのところまで人が来るたぁ久しぶりのことだ」
引きつったような耳障りな笑い声。
私は男の奇妙さに一瞬気脅され、一歩だけ引いてしまう。
「そうだぁ。おいらがこの砦襲っただ。頼まれたんでな、ヒヒッ」
「頼まれた……? 一体、誰に頼まれたというんですか」
「依頼主の情報ペラペラ話す奴は三流だぁ。おいらは一流なんでね。ヒヒッ、喋らんでよ」
私は剣を構え直し、男へ振るう。
男は持っていた笛で私の剣を受けた。
どういう事なのか、力いっぱい振るったのにも関わらず、笛には傷一つ入らない。何で出来ているというのか、ただの笛ではなさそうだ。
「ヒヒッ。しかし、どうやってこの部屋見つけただ?」
「音ですよ。その笛の音が貴方の居場所を教えてくれました」
「音? ……そいつぁおかしいなぁ。おかしなこともあるもんだ」
何がおかしいのか。
私はもう一度剣を振るうが、ふわりと後ろに跳ばれて避けられた。
どうやら見え見えだったらしい。
「隙を探してたな? ヒヒッ、残念。おいらに隙なんざないさ」
男は笛を再び口へと運ぶと、旋律を奏で始める。
私は周囲を警戒する。この笛の音が魔物を操っているとするのであれば――
判断を誤ったかもしれない。時間をかけても魔物を殺して回るべきだったか。
部屋の入口から巨大な斧を持った牛頭の魔物が姿を現す。
こんなの道中にいなかったが……っ!?
「お前の相手はこいつにしてもらうよ。おいらはまだ仕事が残ってるんでね」
「……上等ですよ。そこで見てなさい、すぐに片づけて捕まえてあげますから」
振り下ろされる斧を避け、私は背後の男にも注意しつつ牛頭と向かい合う。
斧が突き刺さった地面は砕け、まともに受ければただでは済まないことを主張している。
ただ、一発一発は大振りだ。攻撃の隙を見て勢いを利用しつつ攻撃すれば、切れないなんてことはないだろう。
問題は、耳障りな笛の音が私の集中をかき乱すことだ。
綺麗な旋律ではあるが、この音を聞いていると頭の中をかき乱されるような不快感に襲われる。
「へぇ、本当に聞こえてるんだな。お前もおいらと同類ってことか」
「貴方なんかと、一緒にしないで!」
男はそんな私の様子を見て、笛の音が聞こえていることを確認していたらしい。
悪趣味極まる話だ。
私は音をかき消すように叫び、剣を強く握りしめる。
剣を強く握っていると、不思議と力が湧いて出てくる。逆境であろうとも、負けないという確信が得られる。
牛頭の斧の乱舞を避けながら、私は攻撃の隙を探す。
部屋の中はそこまで大きくない。部屋の床や天井に斧が掠っては傷跡を残している。
気が付けば、部屋の隅まで追い詰められてしまっていた。笛の音に集中を乱されてしまった結果、隙らしい隙を付けなかった。
逃げ道も既に少ない中、私は隙を作るべく、一度だけ牛頭の間合いに足を踏み入れる。
「っ!? おもっ……!?」
両手で剣を支え、一度だけ牛頭の一撃を剣で防ぐ。
踏み込んだ足元がミシミシと軋み悲鳴を上げている。
受けたのは失敗だったか? いや、前に行かなければ道はなかった。
行かなければ、壁に背を付けてすりつぶされるのを待つだけだ。
私は全力で踏ん張る。剣に集中する。目の前の魔物程度に負けてやるかと言う気持ちを湧き上げる。
「……なんだぁ、お前。その赤いのは」
力が体の底から湧いて出てくる。
徐々に徐々に牛頭の斧を押し返す。牛頭は操られている状況でも自我があるのか、焦っているように見える。
視界の端に赤い靄がちらりと映る。こんな状況でなければ見惚れてしまいそうなほど鮮やかな赤だった。
「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全身に力を入れ、無理やり牛頭の斧をはじき返す。
牛頭は力負けするのがよほど意外だったのか、大きく態勢を崩した。
「切り裂けっ!」
私は横なぎに一閃、剣を振るう。
どこからか噴き出してきた赤い靄が、私の腕や剣にまとわりつき、強く輝きを放つ。
私の一閃は牛頭の胴体を真っ二つに切り裂き、牛頭の上体が地面に滑り落ちた。
流石に胴体を真っ二つにされたら動けないらしい。少し遅れて、下半身も倒れて血を地面にばらまいた。
牛頭の死亡を確認し、振り返り男の方を見ると、笛を吹くのをやめて呆然としていた。
「……これで終わりですか?」
「ヒヒッ。ヒヒヒッ! すごい、すごいなあんた! そいつはおいらの手持ちの中でも上物だったんだ。それを真っ二つだなんて。なあ、握手してくれよ!」
親し気に寄ってくる男に向かって、私は剣先を突き付ける。
それを見て、降参するかのように男は両手を上げて後ずさった。
「そんな邪険にしないでおくれよ。おいらたちは同類だろう?」
「同類? そんなわけ、ないでしょう」
「いいや、そんなわけあるね。この笛の音が聞こえるってことは、あんたも“獣”さ」
一定の距離を保ったまま、男は私に語り掛けてくる。
先ほどまであった悪意が全くといいほどなくなっていて、親しみの感情をむき出しにしてきているのが気味悪い。
しかも、少し興奮しているようだ。
「なあ、人の皮を被るのなんてやめようぜ。その方が楽しいさ」
「——ほざけ、下郎。私をお前と同等と思うな」
「ヒヒッ。まあいいさ。なあ、名前を教えてくれよ。おいらは“笛吹き男”って呼ばれてる。あんたはどうだぁ?」
「悪党に名乗る名前などない!」
私は剣を振りかぶり、笛吹き男を両断するべく振るう。
笛吹き男は私の剣をこれまた軽々と避けると、部屋の奥にある扉に手をかけて開け放った。
その扉は、砦の外壁上の通路に繋がる扉だ。外に逃げられる。
「ヒヒッ。まあいいさ。また会おうぜお姉さん」
「待ちなさい!」
「じゃあなっ!」
私が逃げられると気が付いて追いかけようとした瞬間、部屋の中を煙が満たす。
どの瞬間かわからなかったが、逃げる仕掛けはされていたらしい。
煙で一瞬私の視界が途切れた瞬間に、笛吹き男は外に逃げ出した。
私は急いで扉のところまで駆け寄るが、笛吹き男の姿は既にどこにもなかった。
「……逃げられましたか」
外の外壁上から中の広場を見下ろすと、残っていた魔物が統制を失い、混乱している様子が見える。
その隙をついて、内部まで冒険者たちが踏み込んできている。
全体の趨勢は決したようだ。
私を見つけたランダンさんが、私の方に手を振ってきた。軽く怪我をしているようだが、まだまだ元気そうだ。
私も手を振り返して、残りの魔物を殲滅するべく、外壁から飛び降りて殲滅戦に参加することとした。
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