第16話:獣と人と迷い

 スタンピードを終結させて数日後、私はギルドに戻りエイベンさんたちと鍛錬をしていた。

 モニカさんには魔法の座学の面を教えている。今は実践編と言う事で、何らかの属性の初歩の魔法を使えるように概念だけ伝えてやらせている。


 感覚などは私自身が魔法を使えないので教えられない。残念ながら、聞きかじりの知識だけで何とかしてもらうしかない。


 エイベンさんたちとは、私一人対エイベンさんガーディハーディ三人でやっと勝負になる程度だ。

 なんというか、動きに無駄が多い。だからこそ、一人でも三人をいなせてしまう。

 数の利を活かす戦い方ができてないというべきか。


 エイベンさんの武器が素手だったのが意外だったが、ガーディハーディ兄弟よりも動きがいいので別にいいとする。

 武器なんて敵を倒せればなんでもいいのだ。結局のところ。


「それじゃ、休憩しましょうか」

「はぁ、はぁ、はい」

「なんで、息一つ切れてないんだよ、おかしいだろ」

「力の入れ方が違うからですかね」


 地面に三人を転がして、私は一人で木剣を構えて集中する。

 この三人が地べたを這いつくばるのはここ数日で見慣れたものなので、ギルドの他のメンバーも特に反応はしない。またか、と生暖かく見守るだけだ。


 私の目的は、先日の戦いで見えた赤い靄について調べることだ。

 体の底から力が湧き上がってきたと思えば、あの赤い靄が視界の端に映った。

 “笛吹き男”にも見えていたようだし、私の幻覚ではないだろう。


 あの感覚を思い出そうとすると、記憶に靄がかかったような感覚になる。

 何か、何か決定的なものを思い出せそうな気がする。蓋をして、二度と開けないと誓ったはずの何かが――


 私は頭を振り、よぎった考えを振り払う。

 あの力は、今後剣を振るうにあたって使いこなせれば間違いなく有用だ。

 赤い靄のおかげで力が湧いて出てきたと思うと、出せる条件を調べることは間違いじゃない。

 思い出せ、あの時の感覚を。


 私は木刀を握り、集中する。目の前にはあの牛頭の魔物がいる。

 振りかぶってきた斧を私は両手で剣を支えて受け――そのまま潰される。


「……ダメですね、実戦ではないとダメなのでしょうか」


 ただ集中するだけでは出ない。死の淵に立って初めて出せる力だとすれば。

 常在戦場の心構えを私は持てるのだろうか。

 それは、リリアンヌ・ディリットとしてあっていい状態なのだろうか。


 息を長く吐く。ここ数日の出来事を頭の中で反芻する。

 私はリリアンヌ・ディリット。ディリット侯爵家の娘が一人。誇りを胸に、矜持を抱え、前を向く。正道を生きるもの。


 剣の道を生きるのは、迷える人々を助けるため。

 それに愉悦を覚えていいのだろうか。


 ここ数日の私は、間違いなく剣を振るうことを楽しんでいた。

 ランダンさんとの手合わせも心躍ったし、魔物の討伐も決して嫌なものではなかった。

 私がこんなことを考えるのも、あの男の言葉が原因だ。


『いいや、そんなわけあるね。この笛の音が聞こえるってことは、あんたも“獣”さ』


 獣。あの男は私をそう称した。

 剣を振るい、それに愉悦を感じる私は確かに獣だろう。

 血を啜り、肉を断つ。殺し合いに興じるそのざまは、否定のしようがない。


 リリアンヌ・ディリットは高潔な貴族令嬢である。で、なければならない。

 前世の私ならばともかく、今世ではそのような生き方は許されない。

 ……頭では理解できている。理解できているが、本能が高揚している。


「獣、ですか」


 はたして、私はで良いのだろうか。

 不安になっていたその時だった。


「おーい、リリィ。お客さんだぞ」

「はい?」


 ギルドの方の一人に呼びかけられ、私はそちらを見る。

 名前はわからないが、スタンピードの時に一緒だった人。名前を忘れたわけではなく、ただ単に聞いたことがないだけだ。


 誘われるがままに私は鍛錬場からギルド内部に戻ると、予想だにしていなかった人物がそこにいた。


「リリィ! 会いたかったよ!」

「お兄様っ!? どうしてここに!?」


 お兄様。アーロイ・ディリットがそこにいた。

 お父様譲りの金髪に、険しさを見せながらも端正な顔立ち。抱き着けば胸に飛び込んでしまえる、記憶に寸分たがわぬお兄様の姿だった。


 お兄様は私を見るなり寄ってきて、すぐに抱きしめてくれた。

 周りのギャラリーが大胆な動きに湧く。そういう関係じゃないし、お兄様って言ったにもかかわらずだ。


「心配したんだよ、リリィ。大丈夫だったかい? 怪我はしていないかな?」

「お兄様、苦しいです。私なら大丈夫ですから」

「本当に? 辛い思いをしたんだろう。冒険者になるだなんて……」


 お兄様は私が胸を叩いたことで、ようやく抱きしめる手を緩めてくれた。

 苦しかった。単純に力が強い。


「心配しすぎですお兄様。こう見えて私、強いんですよ?」

「家では剣なんて握ったことなかっただろう。荒事なんて、一つも経験したことなかったじゃないか」


 お兄様の言葉に、周囲のギルドの人々が騒めく。

 しまった。ギルドの方々には私の剣を独学で通しているから、ここで話をされるのは色々とまずいかもしれない。

 ここは一旦場所を変えた方がよさそうだ。


「メレディアさん! 一度二階の部屋に戻らせてもらいますね。ちょっと込み入った話になりそうなので……」

「ああ、構わないよ。あの子らには私から言っておくから、家族との再会を味わってきな」


 カウンターにいたメレディアさんはどこか楽し気だ。人が大変な思いをしているのに!

 そんなに私のメッキがはがれるのが楽しいのか!

 メレディアさんは事情をある程度察してくれているのだから、援護してくれてもいいだろうに!


「ではお兄様。二階に私が借りている部屋がありますので、そちらへ来てください」

「いや、しかしだね……」

「い、い、で、す、か、ら! 異国の地の公共の場で何を話すおつもりですか!」


 私はお兄様の背中を押すようにして、無理やり移動させる。

 別に私は逃げないのだから、焦る必要はどこにもないというのに、この人は。


 せっかく職務の邪魔にならない様に黙って出たのにも関わらず、国外までくるようでは意味が全くないだろうに。

 お兄様は国の軍部にて第三部隊の隊長を務めている。第一部隊でない理由は、お兄様自身が自由勝手に動き回るから、重要な仕事を任せづらいからだ。


 一方で、魔法の腕はティエラ王国内でも有数。国内で最強の魔法使いはと言う話題には必ず名前が挙がる一人だ。

 暴走癖さえなければ、完璧な人なんだが……


「そんなに焦らないでおくれ。久しぶりにあった感動をもっと味合わせて欲しいな」

「部屋に入ってから幾らでも付き合います! この場では、この場ではやめてくださいませ!」


 決して邪険に扱っているわけではない。むしろ、私はお兄様を慕っている。

 会いに来てくれたのは嬉しい、嬉しいのだが……


「もっとゆっくりと元気な顔が見たいな」

「部屋でお見せいたします!」


 国家の安全を守る軍人が大事でもないのに国外に来ては駄目だろう。普通に考えて。

 私はこれからどうなるのか考えて、少しだけ溜息を吐きたくなった。

 もちろん、お兄様に会えたのは嬉しい、嬉しいが。

 一体何のためにお父様に口止めを頼んだのかわからなくなる。

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