第17話:お兄様と私
「それで、お兄様はどうしてこちらへ」
部屋に何とか連れ込んで、お兄様を椅子に座らせる。
椅子は部屋に一つしかないので、私はベッドに腰を掛ける。
「可愛い妹の顔が見たくなってね。それで、聞いてみれば国外追放されただなんていうじゃないか! あの王子め、前々から気に入らなかったんだ。僕たちの可愛いリリィをぞんざいに扱って……っ!」
「お兄様、殿下は我らがティエラ王国の次期後継者。異国の地と言えど、あまりお言葉が過ぎます」
「いいんだよ、あんな奴はあんな奴で。昔っから健気なリリィを蔑ろにして……」
お兄様は昔からこうなると歯止めが効かなくなる。
私を思ってくれるのは嬉しいが、かといって殿下を悪く言うのは良いことでない。
お兄様は王宮に勤める身。その人物が、最も尊き血を悪く思うだなんてあってはならない。
「それは、私の王妃としての資質が劣るが故に出た不満です。殿下に非はございません」
「この期に及んであいつを庇うのかい!」
「お兄様。私は己の不徳を誰かの罪にするような人にはなりたくございません」
そう、殿下のせいで私が国外追放されたのではない。
私が殿下の御心を変えられなかったのが悪いのだ。家臣として、そこを間違えてはならない。
殿下の御心を動かせるだけの状況、証拠、価値を作り出すことができなかった私が悪いのだ。
お兄様は私を贔屓してくれているから、そんなことはないと言ってくださるが、私はそうは思わない。
リリアンヌ・ディリットが妥協を許していいはずがない。
「そう言って、傷つくのはいつもリリィじゃないか!」
「家臣として当然の事をしているだけです。お兄様は私に甘すぎます!」
「兄として当然の心配をしているだけさ!」
お兄様は立ち上がり、私の前に膝をつく。
そのまま私の両肩に手を置き、泣きそうな顔で私を説得しようとしてくる。
「その髪も、今でも手入れしてるんだろう? あいつに褒められた少ない部分だからと言って」
「っ!?」
私は思わず怯んでしまう。
つい先日のスタンピードの功績で、私は少なくない報奨を貰った。それで、生活に余裕が見いだせたから、真っ先に髪の手入れのための道具を購入したのだ。
確かに、私が髪を念入りに手入れしているのは、殿下に褒められた数少ない部分だからだ。
殿下は長い髪の方が好みだというから伸ばし、私の髪はつい目で追ってしまうと言われたから、常に綺麗である様に細心の注意を払っていた。
この場でも髪の手入れはなるべく気にしている。屋敷にいた時ほどではないが。
もはや、髪の毛が痛んでいるのを見ると心が苦しくなるほどに、習慣化してしまっている。
「お兄ちゃんは心配だよ。もう、これ以上傷つく妹を見たくないんだ」
「お兄様……」
「国外追放なんてどうにかさせる。お父さんも動いてくれてるんだ。戻ってきても、僕たちが庇ってみせる。だから、国に戻ろう、リリィ」
お兄様は私の顔を正面から見て、今にも泣きそうな顔で説得をしてくる。
私の胸にあるのは罪悪感だ。
ここまで大切な家族に心配をかけて、得られるものに価値があるのだろうか。
私の我儘で振り回してもいいのだろうか。
「……それでも、私は戻れません。お兄様」
「どうしてさ! 何がリリィの邪魔をしてるんだい」
私は目を閉じ、深呼吸をする。
お兄様と話をして、考えがまとまった。私は何がしたいのかを。
何をするべきか、ではなく、何をしたいのかが分かった。
ここで拒絶しない道もあった。リリアンヌ・ディリットとしては、そちらの方が正しいのかもしれない。
少しだけ笑ってしまった。リリアンヌになってから、何をしたいかで考えたことなんてなかったから。
王妃となる義務を背負い、その一心で生きてきた。
獣だなんだと考えるのが間違いだったのだ。私はもっと自分に正直になるべきだった。
私は道を探すべきなのだ。高潔でありながら、望むまま剣を追求する道を。
前の私とは違う、修羅に落ちぬ道を。
「ありがとうございます、お兄様。私は初めて、やりたいことを見つけました」
「……それが、危険なことだとわかっているんだね」
「はい。わかっております。覚悟はできております」
私は正面からお兄様の目を見る。
心配そうなお兄様。深すぎるほどの愛情の持ち主。
魔力無しの出来損ないである私に、これほどまで深く愛情を注いでくれる人は他にはそうはいないだろう。
弟のコーネットも最初は受け入れられなかったにも関わらず、お兄様は最初から受け入れてくれたのだから。
お兄様は何かを深く考えるように一旦目を閉じ、再び目を開いた時には目つきが変わっていた。
私を心配する兄一個人としての目から、軍人として部隊を任されているのお兄様の目へ。
「なら、これ以上僕から何かを言うのは無粋かな。リリアンヌが初めてやりたいと言い出したことなんだ。兄として、僕は応援したいと思う」
「お兄様……っ! では――」
「ただし、条件がある」
お兄様は私の両肩から手を放し、その場に立ち上がる。
そして、一歩距離を取り、私を再び見る。
「冒険者としてやっていけるだけの剣の腕が本当にあるのか、見せて欲しい」
「それは、どのようにでしょうか」
まさかとは思うが、お兄様ならば言いかねない。
軍に所属しているだけあって、根っこは腕っぷし重視な人だ。
今の私にできるだろうか。
「僕を安心させてくれるんだよね? もちろん」
「……できなければ、どうなりますか?」
「言う必要があるかな? 僕の可愛いリリアンヌはこの程度のことがわからない子ではなかったと思うけれど」
ああ、これは本気の時のお兄様の笑顔だ。
どうやら、私はお兄様を納得させなければならないようだ。さもなくば強制送還と言ったところだろうか。
「鍛錬場は借りられるかな? いやあ、リリィと遊ぶのは久しぶりだから気合が入っちゃうな」
「お手柔らかにお願いしますね。少なくとも、鍛錬場の地形を変えない程度で」
「まさか。きちんと元通りにするからリリィは心配しないで大丈夫だよ」
お兄様は鼻歌を歌ってご機嫌な様子だ。
こうなったら、何かを言う方が失礼だろう。
大人しく私の実力を示して認めてもらうしかない。
冷静に考えてみると、今私は我儘を通すためにお兄様と手合わせするわけだ。
つまり、実質これは兄妹喧嘩と言えるのでは?
そう考えると少しだけ楽しみになってきた。
前世では天涯孤独の身だったし、今世ではそのようなことは一切なく仲良く平和に暮らしてきたのだから。
お茶会でそういった話を聞くたびに、少しだけ憧れていたのだ。
意見をぶつけ合えるほど、私たちは意見が分かれたこともないから。
普段は私がお兄様を
プラス思考で行こう。
私もお兄様と一緒になって鼻歌を歌い、一緒に並んで鍛錬場まで向かうことにした。
どうせなら楽しもう。その方が、お兄様も憂いなく送り出してくれるだろうから。
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