第18話:魔法と剣
またしても鍛錬場内の試合場にて、ギャラリー付きで立っている。
こんなに短期間に見世物になることは想定していなかった。
目の前のお兄様はこういった状況に慣れているのか、その美しい相貌を周囲に振りまいていらっしゃる。
試合場はそこまで広くないのだから、あまり地形を破壊する規模の攻撃はしないだろうという望みがある。
特に観客を巻き込みかねない攻撃は控えて欲しい。
お兄様が本気でやろうと思っていたらそこまで配慮してくれないだろうが。
「リリィとはこうして遊ぶのは初めてだね。勉強で忙しかったから」
「そうですね。息抜きで玉に外に連れ出してくださいましたが、それぐらいですね」
審判役はまたしてもメレディアさんだ。
頼んだら嬉々として引き受けてくれた。
兄妹喧嘩するんですと言ったら、噴き出して笑っていた。
私は今回は木剣ではなく真剣を持ちだしている。
お兄様の魔法を相手するのに、木剣では役者不足だ。まともな戦いになるはずもない。
「それじゃ、両者準備はいいかい?」
「うん、大丈夫さ」
「問題ありません」
私は中段に剣を構え、お兄様は自然体のままメレディアさんの言葉に頷く。
魔法使い相手の怖いところは、どこから攻撃が来るのか直前までわからないところにある。
どこに来ても対応できるように、普段の下段ではなく中段で剣を構えた。
「終了条件はどちらかが膝をついたり地面に倒れたりしたら終わり、負けを認めても終わりとする。いいね」
私たちは同時に頷く。
視線はメレディアさんではなく、既にお互いから離さない。
既に駆け引きは始まっている。
向かう合うだけでプレッシャーが凄まじい。
ランダンさんとも牛頭とも違う質のプレッシャーの高さ。
これが軍の一部隊の隊長を任される人物。初めて見るお兄様の一面に、私は思わず口角を上げてしまう。
「では、始め!」
開始の掛け声と同時に動くのは私だ。魔法使い対面の時は、まずは距離を詰めないと一方的な射程の暴力で嬲り殺される。
「まずはどのぐらいできるのか、見させてもらうよ」
私はお兄様に向かって走っていた足に急ブレーキをかけ、虚空へ剣を振るう。
パキリと何かが割れた音がした。
氷の魔法だ。私を取り囲むように、獣の形をした氷が形成されていく。
「冒険者としての資質を見るのなら、魔物の相手をしてみないとね」
「……流石、多芸でいらっしゃいますね」
「このぐらい僕の同僚なら誰でもできるよ。それじゃ、怪我しない様に気を付けてね」
怪我させない様に気を付けるね、ではなく気を付けてねなあたりがお兄様。
きちんと軍人している。
ともかく、これでこの試合におけるお兄様のスタンスが明確化された。
お兄様はとにかく私の力量がどこまでなのかを計るのを優先するようだ。
良かった。周囲が破壊されつくされるような大規模攻撃をされてたらひとたまりもないところだった。
「この程度なら、なんてことありませんよ」
「へえ、なら増やしてみようか」
軽口を叩いたら、私を取り囲む氷の獣の数が倍に増えた。
とんだ鬼教官もいたものだ。酷い話だ。
まあ、この程度なら問題なく捌けるが。
私は襲い掛かってくる氷の獣を、即座に優先順位をつけて処理していく。
お兄様は流石の制御力で、連携を取らせて襲ってくるが、きちんと正解の動きを用意してくれていた。
正しく動き、正しく処理していけば無傷で突破できるように仕込まれている。
私が全ての氷の獣を切り伏せると、お兄様から拍手が送られる。
お兄様の表情を見てみると、全く驚いていない。
この程度はできて当然ということか。
おそらく、動きをミスっていたら即落第の烙印を押されていたに違いない。
「リリィが運動しているところは乗馬ぐらいだったけれど、本当に運動神経がいいね。そんなに正確に剣を触れるだなんて、僕はびっくりだよ」
「お褒めに預かり光栄です。それで、これで認めてくださいましたか?」
「まさか。僕たちの可愛いリリィが無事に生活できる確証を得るためには足りないよ」
お兄様は笑顔でまだ続けるという宣言をする。
……左様ですか。こうなれば認めてもらえるまで、叩き潰してみせよう。
やる気がみなぎってきた。
「では、次をお願いいたします。お兄様が満足するまで、私は実力をお見せいたしましょう」
「いい心構えだ。では、次と行くとしようか」
目標は、お兄様を一歩でも動かして見せることにしよう。
その後のお兄様の試練は苛烈だった。
土人形を操って攻撃させつつ、死角から飛んでくる攻撃に対応させられたり、突如頭上に巨大な氷塊を生み出されて落とされたり。
全て、どんな状況にも対応できるようにと言うお兄様の優しさからなのだろうが、あまりにも酷すぎる。
お兄様、ひょっとして怒ってる……?
いいや、そんなことはなさそうだ。むしろ結構楽しそうな表情をしていた。
一通り攻撃をさばき切ると、お兄様の拍手に混ざって周囲の観衆からも拍手が送られるようになった。
私は既に肩で息をしている。
そろそろ認めてくれないものかと本気で思い始めてきた。
「すごいすごい。ここまでできるとは思わなかったよ。リリィ、いつの間にそんな剣の練習をしていたんだい?」
「そ、れは、秘密、です」
「そっか。お兄ちゃんは寂しいなぁ」
そんなことを言いつつも、どこか嬉しそうにしているお兄様。
普段は剣を握っていると力がみなぎってくるのだが、今回はそんなことはない。
本格的に体力が尽き始めてきた。
「それじゃあ、そろそろリリィも疲れてきてるみたいだし、次で終わりにしようか」
「……本気ですか、お兄様」
「うん、本気だよ。リリィが僕たちの元を離れたいというのなら、このぐらいはやってもらわないと」
そう言っているお兄様の手元には、巨大な火の玉が浮かんでいた。
これまでのお兄様の攻撃は土の人形や氷の獣、氷の塊など物理的な剣でどうにかできるものばかりだった。
しかし、今回は炎の玉。普通に切っただけではどうのしようもない。
一歩間違えれば大やけどを負うかもしれない。
「ちょ、あんた、本当にやるのかいそれを」
「ええ。リリィが僕らの庇護下から離れて一人でやれるというのなら、魔法の一つや二つ切ってくれないと心配で心配で」
「妹だろう!? 無理だったらどうするんだい!」
「大丈夫ですよ。ね、リリィ」
メレディアさんが必死に止めようとしてくれているが、私はお兄様の言葉に黙って頷く。
元よりお兄様に認めてもらうための試練なのだ。逃げるという選択肢はない。
危険だとしても、お兄様が先ほどまでの試練に正解を用意していたように、今回も用意しているに違いない。
なら、私のやるべきことはその正解は何かを考えることだ。
魔法を切る方法が存在する。それをお兄様は伝えたいのだろう。
実際、魔法は強力だが、魔法が最強ならばティエラ王国が大陸を統一しているだろう。
そうなっていないのは、魔法に対抗する手段が各国に備わっているからに違いない。
カバリロは騎士の国。つまり、カバリロは剣や盾で魔法に対抗しているはずだ。
理論上できるのならば、やらない理由はない。
「お願いいたします。お兄様」
「うん。いい返事だ。じゃあ、行くよ」
炎の塊がお兄様の手から離れ、私に迫ってくる。
塊が持つ熱量が離れていても感じられる。これは、本当に喰らったらただでは済まない奴だ。
私は剣を構え、集中する。
よく見ろ、よく観察しろ。お兄様が出している問題の回答を探せ。
炎の塊がすぐ近くまで迫る。周りが息を吞む音が聞こえた。
炎の輝きの中、それは見えた。
私は見えた線に沿って剣を動かす。
それが何かなんてわからない。直感が従えと言っていたから、そう動いただけだ。
剣が炎の塊に吸い込まれ、ナニカを切った感触があった。
炎の塊が途端に霧のように霧散し、中空に消える。
「……お見事」
極限まで集中していたからか、私の意識はここで途切れた。
最後まで、お兄様を動かすことはできなかった。
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