第19話:目が覚めた時には

「起きたかい?」

「ここは……? メレディアさん?」

「あんた倒れたんだよリリィ。部屋まで運んだのさ」


 目が覚めた場所は、ギルドの二階に借りている私の部屋。

 目覚めた瞬間は何があったのか、記憶が混乱していてわからなかったが、すぐに記憶を取り戻す。


「そうだ、お兄様は!」

「あのお兄さんなら国に帰ったよ。『心配だけど、リリィの意思を尊重する』って言ってね」


 私が気絶している間に、お兄様は国に帰られたらしい。

 私はまだここにいるということは、どうやらぎりぎり合格点はもらえたようだ。

 ほっと一息、胸をなでおろす。


「まったく、無茶な兄妹だよ。見てる側は生きてる心地がしなかったよ」

「……ご心配をおかけいたしました」

「あの兄も兄だよ。心配しているだなんて口では言っておいて、あそこまで虐めることはないだろう」

「あれはお兄様なりに私を心配してくださった結果なのです」


 確かにスパルタではあったが、対魔法の戦い方は何となくわかった。

 お兄様が本気であれば、私が対応できない量の飽和攻撃で難なく倒せたはずなのだ。それが対応できるよう、今後のためになるように正解まで用意してくれて、どうして心配してくれてないといえるだろうか。


 メレディアさんにはそれが伝わっていないらしくて、不満げにしている。

 少しだけ嬉しい。それだけ心配してくれたということだから。


「実際、ずっと正解は用意されてましたよ。最後に至るまで」

「……本当かねぇ。見てる側からは殆どわからなかったよ」

「ふふふ。兄妹ですからね」


 私が笑うと、メレディアさんは更に不満げになる。

 外から見るとわからないことが多いのは申し訳なく思う。


「それで、私はどれぐらい眠ってしまっていたのでしょうか」

「丸一日ってところかね。あとでエイベンたちにも声をかけておきなよ、あいつらも心配してたからね」


 エイベンさんたちが。特にモニカさんはショックを受けたかもしれない。

 初めて見る魔法があれで認知が歪まないといいが……

 お兄様は上澄みも上澄み、規格外に一歩踏み入れている人だから……


 ちょっとだけモニカさんの心配をして、私は改めて現状を振り返る。

 お兄様に認めらた以上、私は冒険者を続けられるだろう。

 自分があるべき姿も見つけられた。私は、道を探さなければならない。


 結果としては、お兄様が来てくれて場面は好転した。

 お兄様が来てくれなければ、まだ答えを求めて悶々としていただろう。

 感謝しなければ。今度会った時に、是非お礼を。


「……体は動きますね。体調、も悪くありません」

「ならいいさ。口調だけは戻しておきなよ、お嬢様」


 言われて気が付いた。お兄様と出会ってから、少し崩すようにしていた言葉が戻ってしまっていたらしい。


「ありがとうございます。気を付けます」

「もう今更だからみんなに説明したらどうだい? 何となく察してはいると思うよ」

「気を使わせたら悪いですから」

「そうかい。それじゃあ、私はこれで一旦お暇させてもらうよ。もう少し休んだら、一度下に顔見せにきな」

「そうさせてもらいます」


 メレディアさんが椅子から立ち上がり、部屋の戸に手をかける。

 すると、何かに気が付いたように一瞬固まって、勢いよく部屋の戸を手前に引っ張った。


 部屋の戸が手前に引かれると、それに連動するように部屋の中に四人、人が雪崩れ込んでくる。

 エイベンさんたちだ。


「ははは……、こんにちは」

「盗み聞きとはいい度胸だねガキども」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「皆さん……」


 私は困って笑うしかない。

 確かにこの部屋の戸はそこまで厚くない。聞き耳を立てようと思えば立てられるだろう。


 メレディアさんはお怒りのようだが、心配してくれていたのだろう。

 そうすると、怒るのも可哀そうだと思うのだ。淑女の部屋に聞き耳を立てていた件に関しては、まあやましい気持ちでなかったのだから見逃そう。


「どうぞ、中にお入りください。心配してくれたんですよね?」

「おいおい、盗み聞きしてた連中を入れる気かい?」

「心配をしてくれていたのでしょう? 悪しき心無きを断じることはできませんよ」


 私は許すという態度を示すと、メレディアさんは大げさに息を吐いて見せて、エイベンさんたちを睨みつける。


「部屋主が許してくれたからいいものを、あんたたち、場合によっては殺されても文句言えないからね」

「うえっ! そんなに!」

「当たり前じゃないか! 何を甘えたこと言ってるんだい!」


 こうしてみると、メレディアさんは冒険者ギルドの子たちの母親みたいだなと思ってしまう。

 私のお母様はもっとゆったりとした方だったけれども。

 乳母は今のメレディアさんのように慈しみながらも厳しい人だった。懐かしい、今頃は何をしているだろうか。


 私が懐かしんでいると、メレディアさんの説教が始まっていたらしく、いつの間にかに四人共床に正座させられていた。

 内容は、人の部屋を盗み聞きすることの危険性についてだ。

 その様子がおかしく、思わず笑ってしまう。


 注目が私に集まる。


「いえ、すみません。怒られてるところに水を差してしまいましたね」

「……はぁ。なんだか怒ってる方が馬鹿らしくなってくるよ」

「すみません。でも、私は怒ってませんから」


 メレディアさんは最後に四人に今後は注意するように言い聞かせて部屋を後にした。

 残されたのは、ベッドの上で上半身を起こしている私と、床で正座している四人。

 四人は私の方を見て、お互いに顔を見合わせて、何がおかしかったのか笑い出した。


「やっべぇ、こっわ」

「今後は気を付けような」

「メレディアさん怒らせてなんもなかったの初じゃん!」

「ううぅ、もう巻き込まないでよ……」

「なんだよ、最初に様子見たいって言ったのモニカのくせに」

「それはそうだけどぉ」


 どうやら発起人はモニカさんらしい。

 らしいと言えばらしい。


「もう正座しなくてもいいですよ。あっ、でも椅子がないですね。下に降りましょうか」

「いやいや、そのままで大丈夫ですよ。リリィさんは病み上がりなんですから」


 私が起き上がろうとすると、エイベンさんが待ったをかけてくれる。

 気持ちはありがたいが、客人を床に座らせるわけにもいかない。


「そうですよ、リリィ先生は無理しがちだって師匠も言ってました!」

「え? 師匠?」

「モニカはリリィさんのお兄さんに魔法の使い方を教わったんですよ。それで実際に魔法を使えるようになったので、師匠って勝手に呼び始めてるんです」

「ああ……」


 お兄様を師匠呼びとは、ティエラ王国に来たらとんだ騒ぎになりそうだ。

 モニカさんが羨望と嫉妬で殺されないといいが。お兄様に教わりたい女子はティエラに山のようにいるのだ。

 カレナ令嬢にも一度頼まれたことがあった。お兄様に取り次いだが、当時は断っていたような気がする。


 お兄様、とんだ爆弾置いて行ってくれた感じか。

 たぶん私が眼をかけてるという話を聞いて気を利かせてくれたのだと思うが。


「——良かったですね、モニカさん」

「はい!」


 真実は教えない方がいいだろう。

 問題の先回しな気がしないでもないが、彼女がティエラ王国に行くのはまだ先の事になるだろう。

 その前には、注意するように教えればいいだろう。魔法が使えるようになって喜んでいるところに水を差すような真似はしたくない。


「それで、皆さんはどうして盗み聞きなんかを?」

「うっ、ちょっと言伝を頼まれてたんだ。それで、起きたっぽかったから……」

「そんなに急ぐような内容だったんですか?」

「それは……」


 急ぐような内容ではない、と。

 これは私も少し小言を言った方がいいかもしれない。


「ほら、アーロイさんからの伝言だから、すぐに伝えたいなって」

「そうそう、そうなんだ!」

「お兄様から? なんでしょうか」


 確かにそれは気になる。

 後回しでもよいとは思うが。


「『楽しんでおいで』って。後、『いつでも帰っておいで』とも言ってた!」

「……それだけですか?」

「それだけだよな? 他に何か言ってたっけ?」

「うーん。僕も特に聞いてないかな」


 ガーディハーディ兄弟だけでなく、エイベンさんも言うのなら、多分それだけなのだろう。

 しかし、お兄様らしいと言えばらしい伝言だ。

 本当は帰ってきて欲しいのだろう。それを我慢してくれてるのだからありがたい。


 次に会える日はいつになるだろうか。

 胸の奥が温かくなる。

 それはそれとして、エイベンさんたち四人に小言を言うことにした。

 悪いことをしたらきちんと反省はさせないといけない。

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