第21話:怪しい指名依頼

 せっかくお兄様に認めて頂いたのだから、私は努力しなければならない。

 実力としては最低限あるという事だ。ならば、きちんとその力を持って人々のために役立てよう。

 そう考えて、私は冒険者ギルドで仕事をこなしていた。

 ——雑用の。


「いやあ、助かるよ。リリィちゃん」

「いえいえ、腰の調子は如何ですか?」

「良くなってきてはいるんだけどねぇ」


 今、私は腰を痛めた店主に変わって代理で市場で果物を売っている。

 売り物を運んだり、お金の計算をして受け取ったり、ただの店番だ。


 辺境の冒険者ギルドではよくある話らしい。

 地元の雑用なんかの依頼がギルドに舞い込んで、新入りなんかが日銭を稼ぐために行う。

 魔物を倒すばかりが仕事ではないのだと知った。

 因みに、こういう店主代理のような仕事はあまりない上、計算ができる人しかできないため給料が良いらしい。


 こうして日銭を稼ぐ仕事をしていると、前世をふと思い出すことがある。

 当時はまともな職もなかったため、まともなものでは商人の護衛、まともではないものでは賭博での裏闘技場に参加したりしていた。

 ……ちょっと今世でも興味があるが、リリアンヌはそういう怪しいものに手は出すような令嬢ではない。ぐっと堪える。


 私はこの市場で店主に見守られながら仕事をするも三日目になった。

 もうすっかり手慣れたものだ。


 なぜ魔物の討伐ではなく、こういった雑用仕事ばかりしているのかというと、ひとえに私の冒険者登録証がまだできないことに問題がある。

 私の冒険者としての階級を決めるのに手間取っているらしい。


 基本的に最初はFランクから始まるらしいのだが、私は手合わせでランダンさんに勝ち、“笛吹き男”の件で魔物の中に一人突撃して生還するという技をなした。

 実力によってはEランクから始まることもあるらしいが、それをDランクに引き上げようかどうかで協議が成されているらしい。


 冒険者のランクはFからAまであり、そのうえにSランクなどがあるらしい。基本的にAランクまでしか人がいないから上の方は覚える意味はあまりないそうだ。教えてもらうこともできなかった。


 Fランクは入ったばかりの新人で、Dランクからまともな冒険者扱いされるらしい。

 ようは、私を最初から即戦力にしようか、少し強めの新人ぐらいに抑えようか迷っているという話だ。


 私としてはどちらでも構わないので、早いところ決めて欲しい。

 魔物の討伐など、町の外に行く仕事では身分証明として冒険者ギルドの登録証が使える。逆に、ないと今の私は身分証明ができないので少し面倒なことになる。

 お金とかお金とかお金とか。困っているわけではない。


「ありがとうねぇ。こんな美人さんが来てくれるなんて思ってなかったから、普段より大繁盛してるよ」

「ふふふ、ありがとうございます。お力になれたのなら幸いです」


 この青果店の店主はヒューさんと言う。

 初日は本当に冒険者なのか散々聞かれたり心配されたりしたものだが、この数日ですっかり親しくなった。


 こういう形で人々の役に立つのも悪くはない。

 そんなに急ぐ道中でもないのだ。私は一つ一つ、人々を助けて行けばよい。


「リリィ先生!」

「モニカさん? どうかしましたか?」

「メレディアさんが呼んで来いって」


 メレディアさんが? なんだろうか。


「仕事中なので、終わったらで大丈夫ですか?」

「あー、えー。大丈夫、です、多分」


 煮え切らない様子のモニカさんを見ていると、多分伝言があるという部分だけ聞いて駆けてきてくれたんだろうなと想像ができる。

 モニカさんもあの四人の中では大人しめなだけで、十分先走りしてしまう人だ。

 まとめているエイベンさんは大変だろうなと思う。


「では、少しだけ待ってもらえますか? もう少しで朝市が終わる時間ですので」

「いやいや、いいよ。リリィちゃんにはお世話になっているからね」

「ですが、ヒューさん」

「雇い主がいいって言ってるんだ、大丈夫だよ。片づけは手伝ってほしいけど、それが終わればすぐにでも行ってくれて構わないさ」


 本当にいいのか迷って視線を彷徨わせると、見えない尻尾でも振り回していそうなモニカさんが視界に入る。

 ……ここは甘えさせてもらうとしようか。


「ヒューさんすみません。ご厚意ありがとうございます」

「いいんだよ。実は、昨日までで殆ど在庫もなくなってたんだ。残りの分は付き合いで消費するとするさ」


 そう言って、笑顔で対応してくれる。ヒューさんは優しい人だ。


 私は少し早いながらに片づけ準備を始めると、市場の人が急いで買いに来るものだから、少し応答に手間取られることになった。

 結局、モニカさんにも少し手伝ってもらい、在庫はなぜか全てはけた。


 在庫がなくなったすっきりした状態で片付けをし、私たちはギルドに戻ってきた。

 ヒューさんは少しだけ寂しそうにしていたのが不思議だった。在庫も綺麗になくなってよかっただろうに。

 商人の考えることは私にはよくわからない。


 私たちがギルドの扉を開いて中に入ると、メレディアさんが書類と嫌そうな顔をしてにらみ合いをしているところだった。

 近寄りがたいオーラを発している。実際、近くには誰も寄り付いていない。


「メレディアさん。私を呼んでいたと聞きましたが」

「お、リリィかい。よく来たね。モニカもありがとう」


 メレディアさんがこちらへ視線を寄こすと、眉間のしわがパッと消えた。

 だが、すぐに手元の紙の事を思い出したのか、暗い顔になる。


「何を見ていたんですか?」

「あー、リリィならいいかね。ほら」


 メレディアさんが私に持っていた紙を渡してくる。

 私はその内容を確認する。隣からモニカさんが覗こうとしてきたが、お前は駄目だとメレディアさんに叩かれていた。


「……私への依頼書、ですか?」


 その紙に記されていた内容は、冒険者リリィを名指しで指定し、とある町付近に現れた魔物の調査を頼むというものだった。

 だが、これは――


「おかしな話だろう? ほぼ無名の冒険者に、指名依頼が来るなんて聞いたこともない。指名者も不明と来た。これ以上怪しいものがあるかい」


 そうだ、私は駆け出しの冒険者。まだ他所にまで名前が売れるような活躍はしていない。

 しいて言えば先日の“笛吹き男”の一件ぐらいだが、それも私の名前が個別で出るようなことはなかった。ダン砦の兵士が覚えてくれてるかどうかというぐらいか。


 メレディアさんは何か変だと感じ取っているのだ。


「どうする? リリィさえよければ、うちの判断でもっと上位の冒険者を送ることだってできる。依頼の内容を精査する依頼を出すって言うのも、まあ上の方じゃ時折あることさ」

「そうですね……」


 私は依頼の内容をよく見てみることにする。

 とある村の付近で魔物の動きが確認されたので、それを調査してほしいというものだ。

 私を指定した理由は特に書かれてない。


 私が指定されていること以外は、何ら変哲のない魔物出現の調査依頼だ。


「……依頼の内容が嘘偽りだったりするケースはどのぐらいありますか?」

「ほぼないね。勘違いだったってことはあるが、繰り返すと今後のギルドの依頼を受ける優先度が下がるから、信頼度を落とさないためにどこも意図的な嘘はやりたがらないはずだよ」


 ならば、魔物が出たというのは嘘ではない可能性が高い。

 そこが真だというのなら、私のやるべきことは決まっている。


「わかりました。依頼を受けます」

「……本気かい?」

「はい、本気です」


 メレディアさんは心の底から驚いた様子だった。

 モニカさんも話を聞いていたため、驚愕で目をぱちぱちと瞬きを繰り返している。


「魔物がいるのなら、人の安全が脅かされているのなら動かない理由はありません。私を指定している意味はわかりませんが……これも何かの縁でしょう」

「ギルド員の意思を尊重するのが基本方針。わかったよ、受諾しとく。準備とかは大丈夫かい?」


 メレディアさんは仕方がなさそうに一息ついて、私を仕方がない子を見る目で見てくる。

 残念ながら、私も曲げるつもりはない。誓いは果たされなければならない。


「はい。まだ日は早いので、明後日までには用意して出ようと思います。場所はどのあたりかだけ教えてくれませんか?」

「地図は読めるかい?」

「大丈夫です」


 私はギルドに置いてある地図を借り、目的地までの道筋を確認するのだった。

 モニカさんが、何か企んでそうな瞳でこちらを見ていることには、この時点では気が付いていなかった。

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