第11話 ルマンド2

「OK! ルマンド氏。じゃあ早速だけどお願いしたいことがあるの」

『はい、伺います』

「脳内会話系しんどいからやめてくれない? なんかあるでしょ。半分デジタルなんだから。自分の頭と会話するのって、正直変になりそう」

『可能です。では足元を見てください』

「は? 足元?」

『そうです。そこの適当な石を一つ拾ってください』


 暗くてよく見えないし、VRだから触ることも出来ないのでは? そう思いながら足元にあった適当な小石を持ち上げた。 えっ!? なんで持ち上がるの? そりゃ持ち上げようとはしたけれど、通常こういうことをするにはグローブが必要だ。小石の重量も感じるし、どういう原理でこんなことが可能になるのかめちゃくちゃ気になる。


「あらためまして、ルマンドです」

「小石がしゃべった!」


 手の中にあるのは、見た目なんの変哲もない角張った小石だ。


「こういうのってさ、こういうのってさ‥‥‥。かわいい動物だったりとかさ、妖精だったりしない?」

「人格形成までの容量使用でシステムはほとんどの拡張性を失っています。そのため、ハードの素材を転用するしかありません」

「‥‥‥却下」


 そりゃっ! と手の中にある石を全力で遠くに放った。暗闇の為目で追う事はできなかったが、声が聞こえてこないであろうところまで投げれたに違いない。


『却下確認しました』


 再び脳内に声が聞こえてくる。これはこれで不快なんだよなぁ。


『再度素材の選択をお願いいたします。草、土、石、木の柵、ヤギ――』

「ヤギいるの!?」

『はい、ここは時代にして1995年のアメリカ南西部の牧場を生成しております』

「えー、ヤギかぁ‥‥‥。しゃべるヤギねー」


 あいつら瞳孔が横に細長いからこわいんだよね。


『素材はあと、昆虫、星——』


 しばらくして合計30種類ほどある素材を一通り聞いたが、最も無難そうな星にした。


「あらためまして、よろしくお願いします」


 新しい体を得たルマンド氏は星になった。とはいえ、マリオで登場する例の五芒星で黄色いキュートな顔が書いているあいつとは似ても似つかない。プラネタリウムなどで見る青く薄暗い光をハンドボールくらいまで拡大した状態で宙に浮いている。しかも画像転用+拡大のためか画質が荒い。今のところ良い点なしですぞ、ルマンド氏。

 

「まあ、明かりにもなるしいいか。それで、こんなところで何すれば良いの?」

「おばけの正体についての知識を得てもらいます」

「‥‥‥そんなこと言ってたね」

「まずは牧場の中に入って下さい」

「牧場主に怒られちゃうからやめとく☆」

「仮想現実なので問題ありません」


 知ってるよ! と心のなかで毒付きながら鉄のゲートを発見し牧場の中に入る。入ってしばらく静かだったが、突如奥の方にいるであろうヤギがけたたましく騒ぎ始めた。何かに襲われているのか、ロデオマシンのように体を大きく前後に揺らしながら跳びはねているのが暗闇の中でもわかる。目を細め暗闇を見つめると——いる! ヤギ以外の何かが! やはり襲われているようだ。私は無意識に息を殺し、シャツの胸元を両手で強く握った。足はいつの間にかこわばり、その視線の先にいる『何か』から目が離せないでいた。

 徐々にヤギの声は小さくなり‥‥‥あたりに血の匂いがし始める。ソイツを視認するまで、時間にしておそらく1分もなかったであろう。おもむろにこちらへ近づくそいつは、1メートルくらいの小さな人間のようであった。だらんと両腕を垂らし、ゆらり、ゆらりと距離を詰めてくるソイツの目は、暗闇の中で赤黒く光っていた。自分でもわかるほど心臓の鼓動はどんどんはやくなり、息が小さく荒くなる。1,2歩後ずさりするがそんなものは何の意味もなかった。

 ルマンド氏を明かりがわりに1メートル先に置いておいたのがさらに良くなかった。薄い光の下で視認できたそいつは、完全に化け物であった。口元から牙をのぞかせ、自分のものでは無いであろう血を、よだれのように垂らしている。背中には恐竜のように背骨に沿った棘がいくつも生えており、皮膚は緑色でそれは正に異形と呼ぶにふさわしい姿だった。

 言葉を発する間もなく、ソイツはまるで獲物に出会った猛禽類のように口を大きく広げ、すさまじいスピードでとびかかってきたのだ!


「うわあああぁあぁぁぁー!」


YOU DEAD

GAME OVER


‥‥‥

‥‥‥


 ——とはならなかったようだ。目の前の化け物はまるで私の前に見えない壁でもあるかのように、もがいている。

 

「ゲームではありませんので」

 

 私のそんな考えを見透かしたようにルマンド氏が口を出す。私こいつ嫌いだわ。確かにHPもなければ武器もない。つまりお化け屋敷みたいなもんか。さっきまで不気味な化け物に怖がっていた自分と今のギャップが大きすぎて急激に冷めてきた。目の前で透明な壁に阻まれていることにも気づかず、また果敢に襲い掛かろうとしているモンスターも、滑稽に見える。てか口くさいな、このモンスター。VRもそんなとこ再現しないでください。

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