第10話 第二章 ルマンド

 きっと私は暗闇をしらなかったんだと思った。今まで生きてきて、夜まともな明かりがないところで過ごす経験など、全くしてこなかったことを改めて痛感する。VRの中には違いないが、私は今暗闇の草原の中、間抜けな顔をして立っている。

 どういう仕組みなのかわからないが、足元の雑草を踏みしめるような感覚はあり、少し冷たい風が流れている。


「おーい。オーキドさーん」


 試しに呼んでみるが‥‥‥返事はない。うーん。さっきの宣言通り一切干渉してこない系ですな? 暗闇の奥からすっと風が横切り、髪が頬を撫でる。なんだろう、この感覚。突風ということでもないのだが、背筋がぞくぞくする。今までもこんなことは何度かあった。大抵こういう時は良くない事の前触れであり、苦い記憶しかない。


『こんにちは』

「うおッ」


 こんな時に「きゃっ」とかかわいい声が出ないタイプの人間で良かった。すこし恥ずかしいぜ。ちなみに私は声に驚いたのではない。のだ。


 ——それは私の中から聞こえたのだ。


 あ‥ありのまま今、起こったことを話すぜ! おれは 声が聞こえた思ったら、脳内の自分がしゃべっていた! VRなんてちゃちなもんじゃあ断じてねえ。という気分です


『驚かせてしまいましたね。ワタシはもう忘れ去られてしまった、あなたの想像上の友達(イマジナリーフレンド)です』

「‥‥‥」


 その言葉に私は答えない。なんだこれ。脳内に直接話かけてくる系ですねぇ。どうしたもんかと左手の拳を握り人差し指の関節を噛む。周りから良く思われないのは承知しているが、どうしてもこの癖はやめられない。思考の負荷が高くなってくると際限なく神経が張り詰めていき、爆発しそうになるのだ。私はこれが電流を逃がすアースのような役割を果たしていると勝手に思っている。

 

「‥‥‥あなたの名前はなんですか?」

『ワタシに名前はありません。幼いころのあなたと遊ぶときは、悪役のロボットだったり、お姫様であったり、時にはただあなたの後ろで音楽を奏でる役割をしていました。もし不便でしたら、名前を付けられてはいかがでしょうか』

「そう。‥‥‥じゃああなたがつけてみて」


 わたしにしては妙案だ。これで一つ知りたいことが分かる。


『かしこました。ワタシは本日からルマンドと名乗ります』

「お菓子じゃん」

『はい。ブルボンのお菓子です。儚いところや扱いづらいところがワタシの存在と一致していますので、ふさわしいと感じました』

「そっか。じゃあルマンド氏。よろしくね」

『はい。よろしくお願いいたします』


 やっぱり。こいつは‥‥‥ルマンドは私じゃない。少なくとも私が生んだかもしれないイマジナリーフレンドとは違う気がする‥‥‥多分だけど。私のセンスでこんな名前を付けることはまずない。ちょっと意味ある捻ってる系の名前はかっこ悪いとすら思っている。実際昔犬を飼っていた時も『コロスケ』と和名をつけていた。『儚いところや扱いづらいところ』を表した名前らしいが、イマジナリーフレンドに対する認識でそんな情報は少なくとも私の中にはない。だからなのだ。しかし、頭の中で声が聞こえている以上、私の中で発生している何かであるということだ。それに一つ心当たりがある。


「ルマンド氏。あなたは思考ジャック犯でしょ」

『正確ではありませんがそうです』


 当たってしまった‥‥‥。こういうのって物語のクライマックスでわかるやつなのではないだろうか。そう、例えば——。


『あなたの正体はイマジナリーフレンドなんかじゃない! 思考ジャック犯だ!』

『ククク‥‥‥。ようやく気が付きましたか‥‥‥』

『なんてこと‥‥‥。信じてたのに!』


 窮地に追い込まれる主人公! 絶体絶命のピンチ! の回で初めて判明するレベルの真実でしょ、これ。正直あっさりと答えてきたルマンド氏に私の毒気は綺麗に持っていかれてしまった。


「正確ではないといったけど‥‥‥。じゃあ正確に自分を言葉で表してみて、ルマンド氏」

『ワタシを構成している要素は、『ギフテッドプログラム』が58%。あなたが思考ジャック犯と呼んでいる過集中と樹列思考を栄養にしている『知的好奇心』が25%。これを人格として運用する為に生成した過去の『イマジナリーフレンドデータ17%』がワタシです。全体の42%があなたからデータを流用しています』


 そう聞くと、確かにSiriやアレクサなどのAI音声アシスタントと話している実感はある。こういうAIは機械的な事を忘れさせてくれるような情緒ある反応で、私たちを楽しませるのが、逆に機械的だなと常々思っていた。しかし、こうあからさまに機械的な返答をされたらそれはそれでやっぱり機械的だなと再認識した。


「私からデータを流用してるって‥‥‥。どうやって頭の中が分かるの? 正直怖いんだけど。何か抜き取ってる?」

『いえ。主に脳疾患は発見する為に用いられるPETと呼ばれる検査技術の応用です。ギフテッドプログラムには、この脳内データ。正確にはシナプスの電流図形を特定のアルゴリズムをパソコンで読み込み、画像、システム、音楽、人格などに変換することが可能なシステムが組み込まれています』

「‥‥‥わかりやすく言って」

『頭の中が外からなんとなくわかるマシンです。寝ている人の夢をモニターで見ることも可能です』


 すげえ! ほぼドラえもんの世界観だ。科学の発展は夢があってよいのう。


「つまり、ルマンド氏は私とデジタルのキメラってことだね」

『例えが独特ですが、重要な点は一致しています。ワタシの存在意義はあなたをVRの世界でガイドを行う事です』


 あ、そういえばオーキドが『そちらで生成されたワールドではシステムがあなたをサポートしてくれるでしょう』と言っていたことを思い出した。これがそれか。

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