偽物のギフテッド

villain

第1話 プロローグ

 昔のことを思い出すのは苦手だ。


「ついていこう! お菓子がもらえるんだ!」


 そう言ったあの頃の友達の顔ですらよく思い出せない。ただ、その時の異様さは不思議とよく記憶している。家で友達と遊んでいる時、シャラン、シャランとどこからか鈴の音が聞こえてきた。その音はどんどん近づいてきており、何事かと思い家の前に出ると、白装束を身にまとった女性が立っていた。その後ろには数人の児童を引き連れており、行列をなしている。男子や女子、年齢にも統一感はなくそこに見知った近所の子の顔は無かった。この時一緒に遊んでいた友達曰く、この列に加わるとタダでお菓子をもらえるらしい。

 これほど大勢一体どこからついてきたのだろうか。当時夢中になっていたドラクエのパーティみたいだなと思った。それは何も行列だけを意味しない。白装束の女性は沢山鈴のついた錫杖を持ち大層にぎやかな音を出しているのにも関わらず、笑顔も会話もない。それが子供の頃の私には非現実的で、泡沫の夢のように思えたためだ。その白装束の女性とは特に何か会話した記憶はなく『ついてくるとお菓子がもらえる』という誘い言葉だけでまんまと私も列に加わった。

 白装束の女性は錫杖だけでなく、腰の所にも紐で結わえた鈴がいくつかついており、歩くたびにシャラン、シャランと音が鳴っていた。私を含め誰も言葉を発せず後についていく。その姿は、『ハーメルンの笛吹き』のように、このまま自分たちをどこか遠くにつれていってしまうのではないかと、子供ながら不安を感じた。

 しばらくついて行くことで判明したが、彼女の目的はどうやら村に点在する石碑をお参りする事らしい。達筆な漢字が刻まれた一メートルにも満たない石碑はすでに所々朽ち始めており、年代を感じさせる丸みを帯びていた。白装束の女性は石碑の前で手を合わせ二言三言何か唱え、手荷物の中からお菓子を取りだし石碑にそっと置いた。その厳かな雰囲気にのまれたのだろうか。もう寒いという季節ではなかったが、あまり日の光暖かさを感じることのなかった気候のせいか、私はぶるっと肩を震わせた。思わず私を誘ってきた友達に声を潜め問いかける。


「ねえ‥‥‥これってなんなの? 何してるの?」

「これ? これはひゃぐまんぺ」

「へえ、ひゃぐまんぺ‥‥‥」


 なんじゃそらって感じ。でも子供同士の会話だからここでおしまい。どこか怪しいこの行列については何もわからなかったが、当時は「そうかぁ。ひゃぐまんぺかぁ」くらいで思考を停止していた気がする。

 村に点在する石碑をまわるが、ついてきている子供の中には当時小学3年生だった私よりも小さな子もいた。当然長い距離についてこれるわけもなく途中で帰ると言い出す。その子は兄弟で来ていたみたいでお兄ちゃんも一緒に帰ってくれるそうだ。白装束の女性はその幼子の目線まで腰を落とすと「はい、ついてきてくれてありがとう」と、手荷物から一握りのお菓子を兄弟に手渡してくれた。

この光景を見て、お菓子がもらえる条件は帰宅の意志を示す事だということに気が付いた。この方法ならお菓子すぐもらえるじゃん。お兄ちゃんは弟の手を引いてその場を後にした。弟もお兄ちゃんも無表情だ。なんかミッションを達成したエージェント感がすごい。

 ほどなくして次の石碑に到着する。お祈りがおわるかどうかの頃に「私、帰ります!」と食い気味に言った。心は完全にエージェントだ。「わ、わたしも‥‥‥」と友人も後に続いてきた。そりゃそうだよね。だってマジで『無料のお菓子』が無ければ退屈なだけの散歩なんだから。まるで先程のリプレイのように白装束の女性は「はい、ついてきてくれてありがとうね」と数個のお菓子を手渡してくれた。わーい。

「ありがとうございます!」と少し小走りにその場を離れる。期待に胸を膨らませて小さな手の中にある報酬を物色する。一個、二個‥‥三個かぁ。しかもこれ‥‥‥ハズレ系のおかしだ! 自分の中でお菓子は完全に当たりとハズレに分類されている。当たりは、洋風なもの。チョコやフルーツソーダの飴、スナック菓子等がそれらに該当する。ハズレのお菓子はアンコ系、黒飴とか、あとはお墓によく供えられている、カラフル以外惹かれるところの無いゼリーとグミとスライム混ぜたような触感の、とにかく「歯にくっつくことに使命です!」を公約に掲げているに違いない謎のお菓子だ。その3大ハズレお菓子がちょうどひとつずつ手の中にあった。まあタダだしな‥‥‥。こんなもんか。ミッションは成功したが、何か損した気分になった。

 私は帰りの道中そのカラフルなスライムをポイっと口の中に放る。高かった日はもう傾きかけており、空は赤みを帯びてきていた。ふと後ろを振り返る。反対方向に歩いている白装束の子供の数はまた数人加わったのか増えていた。きっとこの行列は増減を繰り返しながら最後まで歩いていくのだろうと思うと、なんだかもう少し歩けばよかったかなと思った。そんな純粋な感傷も、子供の私は歯にねばりつくスライムゼリーにすぐ意識を持っていかれてしまう。もしかしたらあの兄弟の無表情なエージェント感もハズレのお菓子だったからかな、と余計な想像を働かせながら友人と家路を急いだ。

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