第5話 ギフテッド3

「‥‥‥先生。私はギフテッドではないのですか?」


「いいえギフテッドである事は検査のスコアが証明しています。それは断言して良いでしょう。ただ‥‥‥なんと呼べば良いのでしょうか」


 それまで饒舌に語っていたこの白髪交じりの教授は、少し困ったような顔をする。


「過興奮と樹列思考が共存しているのです。樹列思考をプラスのエネルギー。過興奮をマイナスのエネルギーだと仮定した場合、通常それが打ち消しあってプラスマイナスゼロの状態となることで一般的なギフテッド像が完成します。あなたの場合突発性の『過集中』のような状態に陥っていて、それが過興奮のマイナスをプラスに変容させているようなのです。」


 私のその『過集中』と名付けられた特別な症状が、どうやら思考ジャックの真犯人であるようだ。


「でも、大丈夫です。複雑であっても特殊であっても仕組みさえわかれば解決に近づくことは可能です。この症状の起点となっているのが、『疑問』であることから、一つの解決方法が導き出されます。それは、あなたが抱いている疑問を解決していくことです」

「思った以上にシンプルな治療なんですね」


 嫌味を言うつまりなど無かったが、結果としてそのような発言になってしまった。けれど、オーキドは気付いていないのか、自然体で返事をする。


「だからこそ効果が見込めるとも言えます。頭の中の『過集中』という要素は、知的好奇心をエネルギーに変換している可能性が非常に高い。裏を返せば、知的好奇心さえ満たされれば過集中に至るための力を失い、結果として思考による日常生活への支障は改善されるでしょう」


「言葉がむずかしかったですけど‥‥‥なんとなくわかりました。要するに、頭の中の思考ジャック犯を『知識』でお腹いっぱいにさせたら、満足しておとなしくなるってことですね?」


 オーキドは「おおっ」とわずかに驚き、晴れやかな笑顔になる。


「さすが、と言えば良いでしょうか。例えが独特ですが‥‥‥本質はついていますね。では、これから一緒に治療していきましょう」

「そう‥‥‥ですね。どうしましょうか」


 躊躇する私が予想外だったのだろう。オーキドは、わずかに動揺しているようだった。


「‥‥‥何か問題がありますか?」

「はい。気になる点がいくつかあります。まず、ギフテッドは病気ではないとおっしゃっていましたが、私は傷病休暇でお休みを頂いているので、診断書が必要なんです。この場合先生はお医者さんではないでしょうし、これが治療でないとしたらそもそも私は出社しなくてはなりません。二つ目に——」


 私は小さくピースをつくる。


「仮に治療だとして保険が適応されない場合、出費を許容出来る限界があります。ここが不透明のままですと、他を当たります。三つ目に‥‥‥お休みが欲しいです。家に帰ってお菓子も食べたいですし」


 オーキドは、「それは確かに重要ですね」とまじめにうなずいていた。私のお菓子への愛も含めて伝わったようだ。私だってこの状態を放置したいわけではない。しかし、診断書もない、料金は高額、休暇もないで話を進めるほど能天気でもない。


「その質問にすべてお答えしましょう。前提として、あなたのおっしゃる通り、僕は教師ではあるが医者ではありませんので、医療行為を行うことは原則認められておりません。ですが、患者自身が医療行為を行う場合一定の条件を満たしていれば違法性はありません。今回あなたに提案させていただくのは、この行為に該当します。診断書はあなたに紹介状を書いてくれた神経外科医が作成してくれることになっています。そのうえで——」


 まるで空気を飲み込むように、言葉を止める。そのせいで不自然な間が空いた。


「治療代は、頂きません」


 私はこの間、おそらく無表情であったと思う。ただ、この言葉に眉がぴくっと反応してしまった。それに気が付いているのかいないのか、オーキドは言葉を続ける。


「教育者として大学に携わってもいますが、私は常々新しいギフテッドの研究もしたいと考えていた矢先、あなたを紹介していただきました。もし、あなたの治療過程を分析させていただけるなら、それは『研究費』としてこちらが負担しましょう。むしろ、月ごとの謝礼を払うのも難しくありません。‥‥‥どうでしょうか」


 そういう事か。要するにオーキドは研究がしたいのだ。そして私は最高の実験体だ。自認するギフテッド自体が少ないだろうし、そのギフテッドの中でも私はイレギュラーだ。確かに研究対象として魅力的なのかもしれない。ただ、その事を正直に言ってくれたことが私にとってはありがたかった。いわゆる腹の探り合いは好きではないので、もし適当な事を言っていたら間違いなく断っていただろう。もちろん月ごとの謝礼につられたわけでは断じてない。傷病休暇は給与が6割ほどになってしまうから、渡りに船だと思ったことも断じてない! そう断じて!


「そういうことでしたら、ぜひ」


 私は頭を下げた。休暇がなくなるのはよろしくないが、謝礼が発生するなら短期バイトだと受け取ることもできる。もう一つの仕事だと割り切ってしまえば、むしろ楽しみですらある。よかったよかったと笑みをこぼしながら、オーキドは書類をデスクの引き出しから取り出した。それが契約書であることは、すぐに分かった。随分準備が出来ていることを考えると、最初からこうすることを想定していたようだ。


「あなたは、実験治療を受け日常生活復帰への支援を受けられる。私は実験のデータを得ることが出来る。だれも損をする人はいません。了承いただけるようでしたら、サインをお願いいたします」


契約書の内容を一通り説明してもらった。要約するとこうだ。

治療環境は用意するが、原則自身で治療行為を行うこと。

治療データをオーキドの研究に使用する同意があること。

大学から支給される研究費の一部が、研究協力費としてある程度私に割り当てられること。

万が一実験施設や研究活動に大きな損失を発生させた場合、私に支給される研究協力費から天引きされること。


支給されるであろう金額の具体的な記載は避けられていたが、ご飯代程度だと思っておけばいいだろう。この日はこれで終わりだということで、私は「これからよろしくお願いします」と軽く頭を下げ研究室を後にした。

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