第13話 スカイフィッシュ&ツチノコ
「それでは、次のUMAへ行きましょう」
「ちょっとまって!」
私は手を広げて制止する。UMAの体験なんてこれっぽっちも望んでいないし、毎回こんな感じで付き合わされていたら体が持たない。立ちっぱなしでいるのも結構つらいし。私は(頭の)病人だぜ?
「それってあとどれくらいあるの?」
「この後はスカイフィッシュとツチノコが控えています」
「‥‥‥いっぺんに持ってきて」
「疲れましたか? 椅子をご用意いたしましょうか」
「え? そんなことできるの?」
それにこたえるように簡素なつくりの木造の椅子が目の前に出てきた。もはや魔法だ。恐る恐る腰かけると‥‥‥座れるじゃん。いーいねぇ。
「今のVRってこんなことが出来るんだ‥‥‥」
「これはVRの技術ではありません」
半ば一人事のようにつぶやいた言葉に律儀に返答してくれる。
「これはMRと呼ばれる技術の応用です」
「聞いたことないなぁ。VRが仮想現実で、ARが拡張現実なんだっけ?」
「その通りです。あなたの価値観で説明するのならば、ゲームをリアルに感じるのがVR。現実世界でゲームをするのがAR。VRのゲームを現実と重ね合わせるのがMRの技術です」
なるほど。もしMRを用いてレーシングゲームをやってクラッシュしたら。現実世界でもクラッシュしてるってことか。
「じゃあこの椅子は現実ってこと?」
「その通りです。この円柱状の空間は映像を投影することが出来るブロック型デバイスで囲まれております。このブロックデバイスそのものが画像を映すこともできますし、強力な磁気を用いてお互いを連結することもできます。それを3Dプリントのデザイン技術を用い瞬間的に構築し映像を投影させているのです」
「レゴブロックまみれの空間でうれしいよ」
「物事を単純に言うのは大切な能力です。理解していただきありがとうございます」
これで一つ謎が解けた。原理はわからなかったけど、瞬間的にブロックを組み立ててそれに映像を投影させてるのか。
「それでは二匹とも連れてきましょう」
ルマンド氏はそう言うと、遠くの方から棒状の体に節があり、複数のひれや突起物のある白い飛行生物が飛んできた。それらはかろうじて目で追えるくらいの途轍もない速さがあり、数匹がわたしの周りをぐるぐる回り始めた。これがスカイフィッシュというやつか。チュパカブラの時と違い体にバンバン当たってくる。いや、別に痛くはないんだけど不快感はマックスだ。見た目キモ過ぎでしょ、こいつ。キモさ対決なら人と会話する時の私といい勝負だわ。
上にばかり気を取れらていると、今度はがさがさと足元の雑草が揺れる。目を凝らすと大きい頭に短い胴の蛇がいた。ツチノコだ。スカイフィッシュと違い随分とリアルな出来だ。肌の質感から挙動まで作りこまれており、実際の生物だと言われたら信じてしまいそうだ。
「で、どうすればいいんだっけ?」
「またこれを使ってください」
ルマンド氏から出されたのは解析のための儀式で用いられる、薄明りを放つモノサシだ。受け取ると躊躇せずUMAに向かって放り投げる。実際早く終わらせたくてしょうがなかった。チュパカブラの時に場所がアメリカ南西部と聞いた時からなんとなく勝手にコロラド州なんじゃないのかと思いを巡らせていた。そうだとすると、今私は『深夜にコロラド州のヤギ牧場の真ん中で椅子に座り、スカイフィッシュとツチノコをはべらせているクソザコ』という事になるのではないだろうか。もし私が牧場主だったら寝室にあるショットガンに弾込めちゃうね。
スカイフィッシュはもぞもぞと棒と丸だけでできたシンプルな棒人間状態になると、別の生物の形に変わっていく。これは‥‥‥!
「うわああぁぁぁーーーー!」
その声は先ほどのチュパカブラに遭遇した時の比ではないほど、大きな叫び声となった。
「蛾だ! 虫だ!」
虫は無理なんです。ダメなんです。本当にごめんなさい。誰に謝っているのかもわからないまま、ほぼ半狂乱で手を振り回し、私の周りを飛んでいた虫を追い払おうとする。ものの数秒で虫たちは霧散するようにどこかへ行ってしまった。いつの間にか椅子から立ち上がっていた私は、肩で息をしていた。スカイフィッシュの正体は虫であった。いや、正直そうなんじゃないかなとは思っていたよ。わざわざこんな事体験せんでもよいわ。
我に返った私は、足元のツチノコがいたであろう場所を見る。こいつもでかい虫とかじゃないだろうな。お行儀はよくないだろうが、万が一に備え椅子の上にちょこんとのり、下をのぞき込む。
足元に居たのは‥‥‥先ほどと何も変わっていないツチノコと思われる生物であった。
「ルマンド氏、もっかいモノサシちょうだい」
返事の代わりに手にはまた先ほどと同じモノサシが収まっていた。それをもう一度ツチノコに放る。
‥‥‥なんの変化もない。あるぅえ~?
「え? これはどう解釈すればいいの?」
「これがツチノコの正体です」
「ツチノコは実在した!」
「これはインドネシアやオーストラリアに実際に生息しているアオジタトカゲと呼ばれる生物です。輸入した木材に紛れて日本に来たのではないかと言われています」
確かによく見るとめちゃめちゃ小さいが手足がある。そういうトカゲだと思ってみると、けっこうかわいいな、こいつ。
「じゃあさ、もうアオジタトカゲの和名がツチノコってことでいいんじゃない?」
「ツチノコは日本酒や女性の髪を好むUMAという認知が日本ではされています。結果としてアオジタトカゲをそのような生物だと思い込んだ可能性は高いですが、別の生物であるといえるでしょう」
そういえば、天狗の正体も『航海してきた白人ではないか』という内容のバラエティ番組を見たことがある。だとしても、白人をみて「天狗だ!」とは誰も言わないのと同じことなのだろう。
「そっか。じゃあ全てこのトカゲだったってわけか」
「いいえ、そうではないようです」
思わぬ否定が入り、ふわふわとのんきに浮かんでいるルマンド氏に目を向ける。
「先ほどのスカイフィッシュなどは、当時のカメラの性能が原因で起こったモーションブラー効果であることは確認されています。蛾やハエ、カゲロウなどの昆虫がそのように映り込んでしまっただけであることは疑いようもありません。一方ツチノコそのものはすでにうわさが出始めてから100年以上も経過しており、実際にアオジタトカゲではないミイラも保管されています」
わたしはごくりと唾をのみこんだ。
「つまり‥‥‥ツチノコは実在するってことね」
「いいえ。ミイラはニホンマムシの亜種であったと判明しています」
ガクッと肩が下がる。結局実在しないんかい!
散々付き合って、結局UMAの正体ってほとんどが見間違いや思い込みという結論を突きつけられた私は、ふつふつと沸き上がる怒りを感じた。それ、知ってたよ! 『おばけなんてないさ』でも歌ってたもん。
「あのさルマンド氏。こういう事あんまり言いたくないんだけど、私茶番に付き合う気はあまりないんだよね。本物のUMAはいないの?」
そう。どうせなら「やっぱり本物のモンスターはいたんだ!」と思わせてほしい。
「——該当一件。存在を確認しました。ワールドを再生成します」
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