第20話 フォックス姉妹の交霊術2

「どうでしょう。交霊術とはどのようなものか体験出来ましたでしょうか」


 場面は暗転し、私は無機質な部屋の中にいた。先ほどまでソファーに座っていたと思っていたのだが、今は背もたれもない四角い箱に座っている。ソファーのままがよかったな。


「ここは?」

「デフォルトルームです」


 設定前の部屋ってことか。


「交霊術はまあ面白かったよ。種もわかんなかったしね。ただ続きがすごく気になる」


 私の声にこたえるようにルマンド氏はふわりと揺れたようだった。


「後日談ですね。かしこまりました。翌日早速ドゥスラー氏は村の職人たちを引き連れ、すぐ地下を掘りに行ったのです」


 おお、さすが村の有力者。行動が早くていいね。


「しかし、多量の湧き水出たため作業は中止してしまいました。季節は変わり湧き水が引いた年の夏、再度発掘調査をしたところ、少量の骨と毛髪と歯が出土したのです」


 驚くポイントなのかもしれないが、天邪鬼な私は全く別の事を考えていた。


「あー、でもさ。それだけだと行商人の骨だって断定できないんじゃないの?」

「その通りです。事件を裏付ける証拠としては不十分で、交霊術を含め信憑性が疑われる結果となりました。しかし1904年の11月22日、この幽霊屋敷の地下室にこっそり入り込んで遊んでいた少年たちが、地下室の壁が崩れ人骨らしきものを発見したのです。その後の調査によると、地下室の壁が二重壁であったことが判明し、その壁の下からほぼ一体分の人骨と、行商人用のブリキ製の箱が発見されました。これが事件を裏付ける結果となり、心霊研究者や学術関係者、マスコミ、霊と通信したい人々などに広まったのです」


「‥‥‥」


 いろいろ言いたいことが渋滞し過ぎて言葉に詰まる。まずは交霊時のコンタクトからすでに55年たっていること。そんだけ経っていたら細工なんていくらでもできるのではないだろうか。あとは、都合よく行商人を示すブリキの箱が見つかったこと。もし私が殺したら絶対一緒に埋めるなんてしない。分解したらいくらでも隠滅できそうだし。そしてなにより、一番絵面が映えるのに、死体発見シーンのVRは省略するというセンスの無さに絶望。一番視聴者を引き付けることの出来るシーンをこの人魂もどきお菓子野郎の語りで済ますのは、どういう意図があるのかぜひ問いただしたいです。というか、もはやVRですらなくて良い気がしてきた。


「それでは今回の解析結果を見てみましょう」


 私のそんなドロドロとした思考を汲むこともなく、ルマンド氏は例のモノサシを私に差し出す。球体からぬるりと出てきた定規を受け取ると、それは手帳の形へと変化していった。


「‥‥‥これは?」

「姉、マーガレットの手記です」


 私はその手記をパラりとめくりはじめる。文字が小さいことと、背もたれの無い椅子のせいでロダンの『考える人』のような格好になりながらも、何とか読み進めていった。

内容は次のようなものであった。


『最初は単なるいたずらだったわ。気味の悪い家に引っ越してきた時に、両親をほんの少しだけ驚かせようとしたの。二階にある私とケイトの寝室に紐で結んだリンゴを用意し、食事中に引っ張って物音をだした。ただそれだけなのに、両親は目を見開いてもう食事どころじゃなくなってた。寝室に戻ってケイトとこっそり笑いあったわ。物音を立てて両親を驚かす作戦はそれからもちょくちょく続けたの。ただ、毎回リンゴに紐をくくって引っ張っていてはどうせすぐばれてしまう。だから、トレーニングをして足首や膝の骨を鳴らすことにした。最終的には全く動かさなくても、いくらでも音を出せるようになったわ。ただ、それだけだとよく風で軋むこの家ではなかなか驚いてくれないから、私とケイトは幽霊を呼べるという作り話をして時折両親を驚かせようとしたの。結局両親は早々に私たちが話を作っていることに気が付いていたみたいだけど、私とケイトの『交霊の儀式』に面白半分で参加していた隣に住むレッドフィールド夫人は、全く疑ってなかった。それどころか、この事を村中に広め始めてしまった。そして、ドゥスラーさんが来たあの日の夜から何もかも変わってしまった。

 私たちは霊を呼ぶことの出来る人間として、多くの人に感謝され、そしてそれはもう『いたずらでした』と言える時期はとっくに過ぎ去ってしまった。何度もやめようとしたわ。だって人を騙すのは悪いことですもの。関節を鳴らすことはできても本当に死者の言葉を言えるわけではないし、きっといつかバレてひどい目にあってしまう。

 ‥‥‥でも、『お姉ちゃん』に私とケイトは脅され続けた。これで金を稼がないと家を追い出すって。もしやめたら悪い大人に売り飛ばして同じ金を稼いで来いとも言われたわ。私も怖かったけど、ケイトはその時まだ9歳でただただ脅えていたし従うしかなかった。

 私たちの名前は誇張なしにアメリカ中に広まったのではないかしら。どうやって数えたかはわからないけれど、私が16歳の時には支持者が200万人いると父が教えてくれた。私たちの為に「霊媒師」という職業までできたわ。ほんと、笑っちゃう。

 そのまま私たちはどんどん年を重ねていったけれど、交霊に呼ばれてこの他愛もないいたずらでとても大きなお金が動いた。ただ、それが私とケイトにまわってくることはなかった。なぜなら私たちがパフォーマンスで稼いだお金はすべて両親と『お姉ちゃん』に奪われてしまうからだ。私とケイトはいつも貧しかった。両親がディナーで出かけている時に私とケイトは固くなったパンをかじっている時なんてしょっちゅうだった。

 だからもう全て終わらせようと決めたの。バッファロー大学の研究チームが私たちを調査したあの内容は全て本当。関節をただ鳴らしていただけなの。この機会に私とケイトはあいつらとは縁を切るわ。もうすでに『交霊術のトリックを実演する依頼』をいくつも受けている。今度こそ私はケイトと幸せに暮らすの』


「……」


 なんともやるせない。この時代にネグレクトという概念があったのかは知らないが、子供を犠牲にして得る富に一体どれだけの価値があるのだろう。時代が悪いのか、両親が悪いのか、彼女たちが弱かったのか。そのどれでもないのかもしれないし、全て当てはまるのかもしれない。悲劇のきっかけは貧困とほんのわずかな悪意であったとしても、それは雪だるま式にふくらんでいく。願わくはその後の彼女たちの人生が幸福である事を願うばかりだ。

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