第19話 フォックス姉妹の交霊術

「こんにちは。今回もナビゲートさせて頂きます」


 ルマンド氏は前回と同様に星の体を引き継いでおり、ふわふわと青白く浮かんでいる。


「よろしく、ルマンド氏。今回もテーマは選ばせてもらえるのかな?」


 前回はいきなりお題を振られてしまったから「おばけの正体がしりたーい」という大層ふざけたテーマを選択してしまった。あの過ちを繰り返さないためにも、今回は結構いいテーマを考えてきたのだ。自信‥‥‥アリです。


「申し訳ございませんが、別のテーマを選ぶことはできません」

「‥‥‥おん?」

「ワタシの存在はあなたの脳情報を読み取って生成されています。前回あなたは、『オカルトと科学を本質的に隔てるものはない』と感じましたね?」

「まあ‥‥‥そうだね」


 私はオカルトも科学も結局は人間の『誤った推論』をもとにしているだけで、真偽を隔てるものは存在しないのではないかと考え始めていた。しかし、現実にオカルトとは科学は明らかに別物であり、むしろお互いを打ち消しあうほどの反対の性質さえ持っている。結局オカルトとは何なのかがより分からなくなってしまった。


「前回のテーマを中途半端にしてしまう事は好奇心にネガティブな影響をもたらします。よって今回も前回と同様のテーマですすめてまいります」


 『お化けとは何か』のステージ2といったところか。

 周りの壁が光の粒子となり、視界を一瞬白く染めた。次の瞬間には、ゴシック調の建物が目の前にあった。映画『アダムス・ファミリー』で出てきたような、やや古びた洋館が今回の舞台なのだろう。お化けの出るような雰囲気がある建物ではあるが、別に雨の降りしきる森の中彷徨って到着したという、お膳立てはなく、普通の町の一角にその建物はあった。田舎である事は間違いないだろうが、近隣にも似たような建物は多くあり人が住んでいるのであろうことは容易に想像できた。


「ここは1849年のアメリカ。ハイズビルの村です。ここで起こった事件を見てみましょう」


 人魂のように浮かぶルマンド氏に導かれ、屋敷のドアをノックしてする。少し待ってみたが何も反応が無いのでそのまま屋敷に入る。こういう場合観音開きの重厚な扉を思い浮かべるが、一般的な家庭と同様の片側開きのドアだ。こういう過剰にオカルトに寄せていない部分が逆に現実感があり、気味の悪さが助長されている。


「‥‥‥おじゃましまーす」


 人の気配は奥の方から感じるのだが、返事はない。他人の家に勝手に入るうしろめたさからか、肩をひそめゆっくりと室内へ侵入していく。気分は天下の大泥棒だ。気配のする方へササっと移動し、それらしい奥の部屋の扉を開ける。私の読み通りさほど広くないその部屋には数人の人間がいた。


 四角いテーブルには4人の人間が座っており、ハンチング帽をかぶった記者のような人間がメモを持ちさらにそれを取り囲んでいる。


「Hey! What are you doing?」


 私は人間が得意ではないが、NPCにはめっぽう強い! 目の前にいる記者風のおっさんの肩をトントンと叩くと、今扱える数少ない英語の中でも自信のあるワードを叩きこんでみた。


へんじがない。

ただのモブのようだ。


Sh〇tだぜ。


「ここにいる人物を紹介しましょう」


 モブは反応してくれなかったが、気を利かせてくれたルマンド氏が解説を始める。


「まず二人の若い女性は霊媒師と呼ばれる職業に就いたフォックス姉妹で、姉のマーガレットと妹のケイトです」

「この子たちが? 子供じゃない」

「そうですね。この時点でマーガレットが11歳。ケイトは9歳です。彼女らは交霊術を行い、死者とコンタクトをとることができるとされています。こちらのご年配の女性は近所に住むレッドフィールド夫人、向かいに座っている恰幅の良い男性は近所の有力者ドゥスラー氏です。周りにいる人は、記者が一人と、あとは近所の見学者です」


 賢馬ハンスの時も思ったのだけれど、この時代の人たちはおそらくみんな暇を持て余していたんだろうなと思った。こういうイベントにはなぜか必ず『近所の人』 というギャラリーが付いて回る。

 それにしても、交霊術か。私はテーブルに目を向ける。フォックス姉妹と呼ばれた二人の子供は、顔かたちは整っているのだろうが、まるで判を押されたように表情の無い同じ顔が並ぶ。交霊術師の顔を今までの人生で見たことはなかったが、彼女たちはイメージ通りのダークな雰囲気を身にまとっていた。高性能VRの中にいる今、私はものすごい至近距離で2.5次元の舞台を見ている状態と同じなのである。そんなメタ的存在な私とルマンド氏も日本陰の者代表として存在感をアピールしていきたい。


「では早速交霊術とやらをはじめてもらおうじゃないか」


 テーブルについている中で唯一の男性である、町の有力者ドゥスラー氏が話を始めた。彼の高圧的な態度から交霊術に猜疑的であることは分かった。ちなみに賢馬ハンスの時と同じく字幕で見ております。その気になれば吹き替えも楽しめるのかもしれない。


「まあ、そんな風におっしゃらないで、ドゥスラーさん。それを今から証明しようという話じゃありませんか。ねえ、フォックスさん」


 そういったのはレッドフィールド夫人と呼ばれた年輩の女性だ。上品で人のよさそうな、悪く言うのならば騙されやすそうな人物ではある。


「ああ、わかってるさ。レッドフィールド夫人がそこまでいうのだ。もしこれが事実だとしたら大ごとだからね」

「さ、フォックスさん。お願いします」


 夫人に促されたフォックス姉妹は一言も発せず、こくりとうなずくと互いにテーブルの上で手をつなぎ、目を閉じた。部屋はランプの明かりがちらつく。この当時まだ電灯は発明されていなかったのだろうか。外の風で窓ががたつき、わずかに入ってくる風がランプの炎を時折大きく揺らし、まるで登場人物の影が踊っているかのように見える。

 5分経ったあたりだろうか。


パキ


「‥‥‥来ました」


 フォックス姉妹の一人が突如口を開く。


「おお、これがフォックス姉妹が引き起こすことの出来るラップ現象か」


 ドゥスラー氏はやや早く口で反応する。わかるわかる。ビビってる時ってつい早口になっちゃうよね。

 ラップ現象自体は聞いたことがある。死者の霊魂によって引き起こされる音や振動の事だと記憶している。先ほどのパキとなった音がそれなのだろう。同時にフォックス姉妹がなぜテーブルの上で手をつないでいるのかも合点がいった。トリックでないことを証明するためなのだろう。


「では霊よ。Yesなら1回。Noなら2回鳴らしてください」


パキ


 今度は間を置かず、音が鳴った。確かに鳴った。

 え? 交霊が成功してるの? まじで?


「ルマンド氏。これさ、この前のUMAの時みたいに誇張してる?」

「いいえ。忠実に当時の状況を再現しています」


 レッドフィールド夫人やドゥスラー氏は次々に質問を続けていく。その都度同じような音が何度も何度もなるのだが、どこから聞こえているのか全く分からない。テーブル周辺である事は確かなのだが、おかしな真似をしている人は誰もいなかった。姿が見えないメタ的な存在である事を良いことにテーブルの下ものぞいてみたのだが、参加者の誰一人として、ほんのわずかでも動く人はいなかった。それでも音は パキ となり続けているのである。

 

「ダメだ! わかんないや」


 探すのにつかれ、やや汗ばんできたあたりで完全にあきらめた私は、窓側に置かれていた小さめのソファーにドカッと沈み込んだ。家鳴り。風の音。足踏みや、特殊な装置。そのいずれかではないかと思いしばらく部屋を調べてみたが、何も発見する事は出来なかった。私が部屋をうろうろしている間に、交霊術は佳境に入っているようだった。今度はアルファベットを順に読み上げ、霊と意思疎通しようとしているようだった。


「出来たぞ!」

 

 声をあげたのはドゥスラー氏だ。さっきから場に似つかわしくない大きな声をあげている。完成したのは、霊からの手紙であった。彼女らはアルファベットを読み上げていき、音が鳴った文字をメモするという方法で霊とコンタクトをとっていた。私が右往左往している間に霊からのメッセージを紙にまとめ上げることに成功していたのだ。


「私が読み上げますわ」


 名乗り出たのはレッドフィールド夫人であった。まるで怖い話の始まりのような、ささやくような低い声で読み上げていった。


「私はチャールズ。行商人だ。5年前にこの家に宿泊していた時主人であるジョン・ベルに500ドルを奪われ——」


 レッドフィールド夫人は口を手で覆い、息を飲み言葉に詰まる。ゆっくり呼吸をして続きを読み始めた。


「——殺された。殺されたのは火曜日の深夜12時で、この家の東の寝室に滞在していた時、肉きり包丁で喉を切られた。そしてそのまま地下室に埋められたのだ」


 周りの観衆もそろえたように、顔を青くしていた。ドゥスラー氏ももはや言葉はなく、目を見開いている。フォックス姉妹だけが始まりと何ら変わらず能面のような無表情でその場になじんでいなかった。


 どうやらこの屋敷は元々行方不明者が出るいわくつきの屋敷であったそうだ。そのため、フォックス姉妹の交霊術が本当であれば真偽が判明出来るのではないかというドゥスラー氏の思惑があったようだ。真実であれば難事件の解決となるだろうし、嘘であれば交霊術とこの怪しげな姉妹を否定できる。きっとどちらに転んでも彼にとって悪い話ではなかったのだろう。口々に周りの男たちは「やはり噂は本当だった」などと話し始め、騒ぎは大きくなっていった。私はというと、周りに騒ぐ人がいればいるほど引いてしまうタイプであったため、フォックス姉妹に負けじと無表情だ。もしかしたら彼女たちも同じ気持ちなのかもしれない。そうこうしているうちに解散の流れとなり、この日の交霊術は終了となった。

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