第18話 第三章 オムライス

 快適であるという感覚は、快適である時に気が付くことはないのだというのは、誰かに言いたい発見である。私の中の思考ジャック犯はあれから一度も出てきていない。つまり、久しぶりの休暇を楽しめているのだ。「休暇の目的は休むことにある」という持論を持つ私は休暇に出かける事はほとんどない。買い物や振り込みですら億劫に感じてしまうのだが、今日は大切な予定があるので、朝からそそくさと家事を終わらせ出かける準備をすでに終えていた。太陽は完全に雲がかかっており、どんよりとした天気だ。出かけるには最高の日差しである。私の肌は不気味なほど白く、太陽との相性が最悪で日差しで焦げる。日に焼けるのではなく、皮膚がただれていくのだ。太陽はおっかねぇんです。いわゆる紫外線アレルギーというやつなのだが、極端に日に弱いため、天気の良い日は長袖必須なのだ。健康そうな褐色肌には憧れるがもう運命だと思ってあきらめている。友人から「マジ吸血鬼じゃん」といわれ、だったらお前はガチャピンじゃねえかといって喧嘩したのはいい思い出である。

 わざわざ電車に乗って隣町にやってきたのは、オーキドから教えてもらったオムライス屋さんに来たかったからだ。ちなみにメロンの果肉は入っていない。どうやらチキンライスを形作る際に使用するラグビーボール状の金型の事を通称「メロン」と呼ぶらしい。確かに、あの時オーキドは「メロンを使用した美味しいオムライス屋さん」としか言っておらず、メロンの果肉を具として使用しているとは言っていない。しかし、一般的にメロンとは果物の事でありそんなの言われてもわからない。シャゾーと聞いて「写像」と変換するのが困難な事と同じなのだ。このことを私は命が尽きるまで許すことはないだろう。

 ただ、オーキド曰くそのオムライス屋は「チキンライスの上にビッグハンバーグ、そして卵を乗せた上からさらに二色のシチューをぶっかける」という、スマホの世界でしか見ないタイプの料理を扱う店であった為、やっぱり許す事にした。私は寛容なのだよ。

 そんなことを考えていたら目的地に到着してしまった。入り口のベルは軽い鈴の音がなるだけのささやかなもので、好感が持てた。店内の席数は多くなく、おひとりさまの私はカウンターに通された。テーブルには高級そうな白いランチョンマットが敷かれており、席に着くのを躊躇してしまった。もし私が茶色いシチューを一滴でもこぼしたら、打ち首にされるのではないだろうか。内心ビクビクしながらもオーキドおすすめ「二種のソースのハンバーグオムライス」を注文する。店員が「少し量が多いのですが大丈夫ですか?」と聞いてきた。なめんな。私は笑顔で「平気です」とあしらう。

 そして出てきたのが全体的にピンク色をした料理だった。チキンライスの上にビッグハンバーグ、その上にオムレツが乗せられており、テーブルの上でカットしてくれる。その上からホワイトシチューとビーフシチューを左右に分かれるようにかけ、どうぞお召し上がりくださいと席を離れた。ここまでは文句なしに、評判通りの料理だった。ただしそのお皿はピンク色でハートの形をしておったのだよ。同じ柄のハート形のスプーンが二本入っているカトラリーにはご丁寧に『大切な人とシェアするオムライス』とメッセージカードも入っていた。ここは地獄かな? おひとり様レベルを極めた私でも、シェア前程の料理を喜ぶほど人間を捨ててない。オーキド、次合う時は法廷だぜ。

 もうこうなったら食べるしかない。恋人どころかと友人さえいない、真の陰の者である私は、意を決しスプーンをすすめる。当初予定していたワクワクやドキドキも憎悪と復讐心が上書きしてきたため、あれほど前日から楽しみにしていたのに、味など微塵も感じることはできなかった。


『お困りのようですね』


 聞き覚えのある声は、確実に私の頭の中から聞こえてきた。それがルマンド氏であると認識できた時点で、私はスプーンを置いた。



「——それは災難でしたね」


 私の話を辛抱強く聞いていたオーキドは、深く同情してくれた。その災難の原因の半分以上は貴様なのにね。そう思いつつも私は弱々しく「はい‥‥‥」とうつむく。本来システム内でしか機能しないはずのルマンド氏が私の中で生まれ、慌ててオーキドに時間を作ってもらい、大学へ赴き事の説明をした。果たしてそんなことが起こりえるのだろうか。


「この場合起こりえるかどうかで言うと、『ありえる』と答えることはできます。『ギフテッドシステム内のルマンド氏』と今回あなたの『脳内でつぶやいたルマンド氏』は基本的に別物です。ギフテッドシステムに刺激を受けてあなたの思考ジャック犯が意志を持ち、『イマジナリーフレンドになった』というのが、最も有力な可能性でしょう」

「これって、悪化してませんか?」

「悪化かどうかは、まだ判断できかねます。元々治療を受けてから数日以内にはあなたのおっしゃる思考ジャック犯は再度発症するであろうとは予測していました。その意味では予想の範囲内です。もし、コミュニケーションが取れるのならばむしろこの思考ジャックをコントロールすることが出来るのかもしれませんからね」


 確かに、そもそも今までの私は思考ジャックを認識すらできていないため、時間が飛ばされたような感覚しかなかった。その意味では前進したと言えよう。


「本日は実験室とデバイスの使用できますので、治療していきましょうか」

「そう‥‥‥ですね。そうします」


 そのつもりで来たわけではないが、足を運んだついでだ。面倒ごとを片付けてしまえば快適な休暇が私には待っているのだ。休日仕様の服装ではあったが、心は仕事モードに切り替える。やってやりますか!


「どうしますか? 先にお食事にしますか?」

「は? 食事ですか?」

「はい。オムライス食べそこなったでしょう。まだ時間がありますし、ここの学食も安くておいしいですよ」


 ‥‥‥オムライスは食べたが? なんなら完食したが? 確かにルマンド氏が話しかけてきたので動揺したので一度スプーンは置いたが、食べ物に罪はないと思いなおし、食べきった。シェア前提のオムライスは今私の胃袋の中で波打っている。


「食事は大丈夫です」


 きっぱりと言ったつもりなのだが「確かに食欲でないですよね」などと勘違いしていた。とりあえず勘違いは放置しておこう。準備もあるという事なので、30分後に実験室で現地集合と言うことになった。私のような不審人物が大学のキャンパス内をうろうろすると警備員にしょっ引かれてしまうだろうし、素直に実験室前の待合ソファーで缶のコーンスープをすする。これからデジタルに囲まれるのにスマホを触る気分にもなれず、ただ時間が過ぎるのをぼーっと待っていた。オーキドは15分ほどで来たが、デバイスの立ち上げやらなんやらで結局私がマシンの中に入るのはちょうど30分が経過してからだった。


『もうひとつのリアルへようこそ』


 久しぶりに私は360度星空の宇宙空間に包まれる。

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